NEWSニュース

2018/10/17 | KAJIMOTO音楽日記

●ゲニューシャスのリサイタルまであと1週間!――演奏曲のデシャトニコフ「ブコヴィーナの歌」の紹介&ゲニューシャスのメッセージ




ロシアのサラブレッド・ピアニストで、ショパン・コンクールとチャイコフスキー・コンクールでいずれも2位となった俊英ルーカス・ゲニューシャスがまもなく来日、24日(木)に紀尾井ホールでリサイタルを開きます。

前半のショパンのマズルカやソナタ第3番、後半冒頭のチャイコフスキー「ドゥムカ」に続いて弾かれるのは、現代ロシアの作曲家レオニード・デシャトニコフ「24の前奏曲(ブコヴィーナの歌)」から12曲
この曲集、興味ありませんか?

その12曲の内訳と、作曲者本人からの楽曲紹介は以下の通りです。


デシャトニコフ          Leonid Desyatnikov (1955- )
24の前奏曲(ブコヴィーナの歌)から 12曲 [日本初演]

第1番 ハ長調 「大草原に吹く風」
第4番 ホ短調 「おお、ペトリウォーチカ、あまりに短い一夜」 
第10番 嬰ハ短調 「燕が飛んできた」
第11番 ロ長調 「カッコウが角の家で鳴いた」 
第12番 嬰ト短調 「母が知ってさえいたら」
第14番 変ホ短調 「ポプラが野から野へと生い茂った」
第15番 変ニ長調 「私は6つのトウモロコシの種を蒔く」 
第16番 ロ短調 「赤いガマズミの木に白い花が咲いた」
第17番 変イ長調 「おお、これは誰の婚礼?」
第18番 ヘ短調 「赤いガマズミの木、緑の葉々」
第21番 ハ短調 「私はもう美人じゃないそうな」 
第23番 へ長調 「惨めな歌い手よ、探し物は何?」


「24の前奏曲(ブコヴィーナの歌)」について

レオニード・デシャトニコフ


数年前、私は委嘱による作曲を少し休んで、自分とピアニストのアレクセイ・ゴリボリのために何か書くことにした。私はウクライナ生まれで、ハリコフで過ごした子供時代とその当時私の周囲で鳴り響いていた音楽を思い出した。私が吸い込んだ音楽は、炊事場の片隅で飲んだミルクの匂いがする音楽、とでも言えるものだった。なんとかそのメロディを復活させたい、とにかくそのメロディに触れたいと思った。恐らく、新しい道や新しい岸辺を探したいのではなく、人生の何かの瞬間に、馴染みのある慣れている物事と関わりたいと思う、あの気持ちかもしれない。
15歳頃にウクライナ民謡の編曲をやったのを覚えている。譜面は随分と以前に紛失してしまったが、その断片は私の記憶の中に残った。2005年、歌劇《ローゼンタールの子供たち》の仕事をした時、私は子供時代に持っていたソ連製のウクライナ民謡選集まで発見し、その中から一つの旋律を引用した。ブコヴィーナ地方はカルパチア山脈の荒涼たる、しかし風光明媚な場所で、歴史的に常にウクライナ・ルーマニア間の国境に位置し、従って、かなり色彩豊かな音楽文化を有していた。これはウクライナ音楽ではあるが、外から伝搬した痕跡がはっきり認められる。例えば増二度音程を含む旋律は明らかに西欧起源で、ルーマニア、モルドヴァ、バルカン諸国の影響である。中にはチロル地方のヨーデル風の旋律もある。これらが渾然と混ざり合ったものもあり、私は子供時代に確かに聞いたのだが、今となっては確かめることは不可能である。これらの歌はずっと以前に忘れられ、紙面にしか残っていない。YouTubeにも無い。
こうした素材をもとに、24の前奏曲は24の調性で書かれている。名人芸的な高度な技巧は織り込まず、音楽形式的にはショスタコーヴィチのop.34の《前奏曲》を目指し、部分的にはショパンの《前奏曲》も意識している。私にとって原曲民謡の歌詞はさほど重要ではなく、その詩型からはかなり距離を置いている。私にとって(今回のプログラムの第1曲の被献呈者であるシューベルトにとっても同様であるように)、歌は創作の最初の衝動を与えてくれただけである。つまり、私は原曲の歌をあたかも課題の条件として取り入れたに過ぎない。それは引用ではなくて、旋律素材・リズムスケッチをもとに私が作曲したのであって、事実上、新ウィーン楽派の作曲家たちのセリー技法に似ている。



1曲1曲、それぞれに面白いタイトルがつき、その作曲の経緯も興味深いですね。

最後に、ゲニューシャス自身からの動画メッセージを!




【チケットのお申込みはこちらまで】
 

PAGEUP