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小菅優 ピアノ・リサイタル プログラム解説 Vol.2 小菅優 ピアノ・リサイタル プログラム解説 Vol.2

©Marco Borggreve

武満徹とドビュッシー

『「雨の木(レイン・ツリー)」というのは、夜中に驟雨(しゅうう)があると、
翌日は昼過ぎまでその茂りの全体から滴をしたたらせて、雨を降らせるようだから。
他の木はすぐ乾いてしまうのに、指の腹くらいの小さな葉をびっしりつけているので、
その葉に水滴をためこんでいられるのよ。頭のいい木でしょう。』

大江健三郎『頭のいい「雨の木(レイン・ツリー)」』より

武満徹(1930-1996)は水や雨をテーマにする一連の作品を書いていますが、この「雨の樹 素描」は、大江健三郎の短編小説『頭のいい「雨の木(レイン・ツリー)」』に登場する上記の一節に触発され、「内的に捉え、音楽的プランに置き換えた」作品です。単なる描写ではなく、この雨の樹は宇宙を循環する水のメタファーとされます。武満ならではの音楽の余白や間、ジャズを思わせるハーモニーや広大な神秘性から、まるで雨の一滴一滴が人間の歴史を語り、さらに人間が小さな存在に感じるような宇宙から、魂の奥深くの見知らぬ世界までを循環しているように感じます。

ドビュッシーの音楽は、やはり色彩的で、彼の音楽の言葉はすべて眩惑的な光に包まれている。
だが彼の技法というものは、いつでも現実、つまり音と一致していた。
音というものを現実のかくれた源泉からつかみ出してくるのがドビュッシーです。

武満徹「レコード芸術」1960年1月

クロード・ドビュッシー(1862-1918)は19世紀から20世紀の境界にあって、最も重要なフランスの作曲家。そして彼は独自のハーモニーと音楽的語法で、印象派の画家や作家が追求した理想を音楽で描いた人です。フランス音楽の伝統をしっかり土台として持ちながら、ワーグナーやムソルグスキーなどの影響も受け、常に新境地を拓き続けました。そして彼の数多いピアノ曲の中でも集大成ともいえるのが、この前奏曲集です。第一巻(12曲)は、1909~1910年、第2巻(12曲)は1913年に書かれました。今回はFour Elementsプロジェクトで取り上げたものから、水、火や風の描写に五感が刺激される作品を選曲しました。

第1巻「野を渡る風」(第3番)は速い六連音符が駆け巡り、軽やかに風が野原を吹き抜ける様子が見えてきます。「西風の見たもの」(第7番)は、アンデルセンのメルヘン『楽園の庭』から着想を得ていると言われています。登場人物の一人「西風」はワイルドな性格ですが、兄弟の北風、南風、東風と違って、自分の経験を部分的にしか母親に報告しません。したがって、彼の「見たもの」はほとんど読者の想像力に任せられます。この音楽においては、恐ろしい、荒れ狂うような風景が想像できます。「沈める寺」(第10番)は、ブルターニュ地方の伝説をもとに書かれていて、「霧から徐々に表れる」と楽譜にあるように、海底に沈んだイスの街の寺院が姿をあらわし、聖歌や鐘の音がきこえてきたかと思えば、また沈んでしまう様子を神秘的に表しています。

そして第2巻「霧」(第1番)は無調に近く、霧に覆われてぼやけている奇妙な世界が異様な雰囲気を漂わせています。
「花火」は前奏曲集第2巻の最後の曲ですが、原題のFeux d’artifice(模造の火)からわかるように、花火はもともと人工的に発明された大砲からきています。7月14日の革命記念日に打ち上げられた花火がピアノのあらゆる音色で煌びやかに再現されますが、最後にフランス国歌の「ラ・マルセイエーズ」のメロディが、遠くから、暗い影のようなバスのトレモロの響きに隠れつつ現れるのです。皮肉にも翌年から始まる第1次世界大戦を暗示するかのように、戦争との関連性が感じられる一瞬です。

プログラム解説 Vol.1

小菅優 ピアノ・リサイタル
1月21日(金)19:00 開演(18:30 開場)東京オペラシティコンサートホール
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