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指揮者マイケル・ティルソン・トーマスさんの訃報に寄せて 指揮者マイケル・ティルソン・トーマスさんの訃報に寄せて

©ArtStreiber

 アメリカを代表し、世界でも屈指の指揮者の一人であったマイケル・ティルソン・トーマスさんが4/22、膠芽腫(悪性の脳腫瘍)のため、サンフランシスコの自宅で逝去されました。81歳でした。

 ティルソン・トーマスさんは1944年ロサンゼルス生まれ。ボストン交響楽団の副指揮者やロサンゼルス・フィルハーモニックの首席客演指揮者などを経て、1988年から95年にはロンドン交響楽団の首席指揮者を務め、1995年からは25年の長きにわたってサンフランシスコ交響楽団の音楽監督を務めました。
 来日も多く、1990年からパシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌(PMF)の芸術監督を10年務め、公演はもちろん、若い音楽家たちの教育にも熱心だったこともあり、わが国でもファンの多いマエストロでした。特にストラヴィンスキーなどモダンでリズムの勝った楽曲や、ガーシュウィンの音楽の弾き振りなど、見事な印象を残したのではないでしょうか。

 KAJIMOTOでは主に1990年代にティルソン・トーマスさんと数多くの仕事を一緒にしました。例えば1995年の「ピエール・ブーレーズ・フェスティバルin東京」で、ティルソン・トーマスさんはブーレーズと共にロンドン響を率い、このオーケストラのパワフルでブリリアントな技量を活かして、シュニトケの合奏協奏曲やマーラーの「交響曲第6番」を鮮烈に指揮しました。
 また何といっても、彼にとって最後にして最高の成就となったサンフランシスコ交響楽団との協働。ベートーヴェンやブラームス、シベリウスなどのレパートリーでも、ちょっと他の指揮者とは違ったシャープで知的な面を見せてくれましたが、やはりこのコンビといえばマーラーの演奏だったでしょう。1998年に現地サンフランシスコの本拠、デイヴィス・コンサートホールで行われた「マーラー・フェスティバル」では、同郷のバーンスタインと通じるような、それでいて客観的知性と配慮が際立つような「交響曲第5番」の見事な演奏もさることながら、マーラーに関わるシンポジウムを行い、当時のマーラー研究の第一人者、ド・ラグランジュ博士との対談や、スティーヴ・ライヒらによるセッション演奏などを交え、一人の作曲家を巡るフェスを多面的に開催。プロデューサーとしての非常に大きな才能も披露していました。こうしてよく知られるようにティルソン・トーマスさんは、ほかにもアイヴズやケージ、アダムズらの米国を代表する先鋭的な作曲家たちの音楽を積極的に取り上げていましたし、演奏会のプログラムをルーティンにせず、聴衆にとって刺激あるものにすることを大切にしていたように思います。そしてまた、ユジャ・ワンら若い新しい演奏家たちとも親しく交流し、共演することで次代へ続くものを大切にしていたことは、印象深いものがあります。

 音楽の多面性を教え、たくさんのことを伝えてくれたマイケル・ティルソン・トーマスさんに、心からの哀悼と感謝の意を表すとともに、ご冥福をお祈りいたします。

KAJIMOTO

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