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没後25年を思う ──蔵出し連載「武満徹と〇〇〇の間」+ 雑感色々(その4) 没後25年を思う ──蔵出し連載「武満徹と〇〇〇の間」+ 雑感色々(その4)

(2010年 ロンドン交響楽団 プログラム冊子に掲載)
「武満徹とロンドン交響楽団の間」

 武満徹(1930-96)の生誕80年を記念するコーナー「武満徹と〇〇〇の間」。今回は、ロンドン交響楽団(LSO)が武満に作品を委嘱・初演したフェスティバルでのエピソードをご紹介したい。

 1991年9月から約4か月間にわたって、イギリス各地で日本文化を総合的に紹介する「ジャパン・フェスティバル」が開催された。日本の様々な文化を、展示(絵画や写真、伝統工芸など)、音楽(伝統芸能から演劇、ダンスも含む)、映画、スポーツの4部門に分類し、200か所以上の会場で紹介する「外国文化のイヴェントとしては、イギリス史上最大の規模」のものだった。そのなかで、日本を代表する作曲家として選ばれ、LSOとその本拠地であるバービカンセンターからの委嘱を受けたのが、武満だった。
 しかし武満の任務は、LSOのために新作を作曲するだけではなかった。10月10日から13日の4日間にわたるプログラムのすべてを組むことが、武満に委ねられたのである。そして一連の公演は「the Takemitsu signature」(直訳すれば“武満の署名”)と名付けられた。

 武満は強い個性を持った人だったが(顔も個性的だ)、独善的なところがない人だった。日本でもプロデューサーとして現代音楽祭「今日の音楽 Music Today」や「サントリー国際作曲家シリーズ」などを手がけたが、そこにはいつも過去と現在、そして若い世代を考えた未来の視点があり、国籍にとらわれずに国内外の作曲家の才能を評価し紹介する機会が設けられていた。バービカンセンターでの企画「takemitsu sigunature」も、武満自選による、武満作品だけのコンサートにする可能性もあったはずだが、武満は、前の世代、同世代、次世代の作曲家の作品を織り交ぜたプログラムを組んだ。そして会場に武満自身が現れ、開演前にイギリスの若手作曲家と対談したり、当時まだ36歳の作曲家・細川俊夫を交えてイギリスの作曲家と音楽について語る時間を設けたりした。そのほか、武満が音楽を手がけた映画を上映し、映像から日本を伝えた(大島渚、勅使河原宏、柳町光男、今村昌平、黒澤明監督作品)。こうしたコンサートと映画による2つの中心プログラムに加えて、ホールのホワイエでは山下洋輔ニュートリオによる無料コンサートが行われた。ジャズを愛してやまなかった武満らしい企画である。

 武満の新作は、その頃のLSO首席指揮者だったマイケル・ティルソン=トーマスによる、ストラヴィンスキー《3楽章のシンフォニー》とドビュッシー《遊戯》《海》の間に挟まれるかたちで、最終日に発表された。
《夢の引用── Say sea, take me!》と名付けられたこの曲は、2台のピアノとオーケストラのための作品で、ドビュッシーの《海》のモチーフが何度か“引用”される。フランスの作曲家へのオマージュのような作品である。短い旋律をピアノが奏で、余韻を響かせて曲は静かに終わる。あたかも現在鳴り響いている音が、静かな沈黙の支配する未来であり過去でもある“永遠”に帰っていくかのようである。この繊細な曲の独奏は、ポール・クロスリーとピーター・ゼルキンという武満に深い理解を示しているピアニストが務め、成功のうちにフェスティバルは幕を閉じた。

 それから6年後、武満が亡くなった翌年の1997年に、ロンドンで「タケミツ・ソサエティ」が愛好家によって設立された。会員は一般人。ソサエティと呼ばれる、人々が共通の趣味のもとに集まり議論する文化がもともとイギリスにはあるとはいえ、現在でもその活動が続いていることに、この国で武満が残したものの大きさを感じずにはいられない。

小野 光子(音楽学)


 《夢の引用》…
この曲がまた美しいのです!1991年に書かれた曲ですから、武満さんにとっては“晩年期”の作にあたります。ドビュッシー《海》の断片が引用されるのは4か所ですかね?それが流れのなかに自然に存在していて、本当に美しい。あと武満さん自身の《ファミリー・トゥリー》のモチーフも何か所か顔を出します。
前回以前にもたびたび触れましたが、初期の頃の厳しくストイックな作風(ストラヴィンスキーもそう言っていた)から、後年の豊穣甘美への道のりや如何に。

そうでしたか、《夢の引用》はイギリスでの「ジャパン・フェスティバル」での委嘱だったのですねえ。プログラム冊子でこの小野さんの連載をしていたとき、実を言えば、まだこの曲を私は聴いたことがなかったのでした(汗)。
もちろんその後すぐ、CDを聴きました(初演した2人のピアノと、これまた亡くなった武満さんの盟友の作曲家、オリヴァー・ナッセンの指揮するロンドン・シンフォニエッタ)。しかし実演を聴いたのは2017年の東京オペラシティ コンサートホール。武満徹没後20年コンサートにおいてです。ピアノを弾くはずだったピーター・ゼルキンは病で残念ながら来日できませんでしたが、高橋悠治さんが代役で、指揮はやはりナッセン。(オーケストラは東京フィル)
今でも、聴けて良かった…と思うひと時です。

翻って1991年のイギリス初演。これは武満さんによるプログラミングのはずですが、ロンドン響のこの公演のプログラム構成がまたいいですね。ストラヴィンスキーとドビュッシーと武満。
ところで自分はかねがね思うのですが…(これは私個人の意見で、反対の方もいて当然と思います)…有名著名、誰もが知っている作曲家の作品ですべてそろえる「オール〇〇プログラム」というのは良いと思うまでも、そうは頻繁に演奏されない作曲家の特集をする際、その人の作品だけを並べたプロを組む、というのはあまり感心できないのです。ましてやコンテンポラリーだけ、新作を発表する場合などは尚更に。
というのは、「頻繁に演奏されない」分、やはり一度聴いただけでは、その作曲家ないし楽曲の構造、特性、魅力などは捉えにくいと思うので。(もちろん演奏面の要素にもよりますが…。)
時代のこと、作風の類似やコントラストなどを考えて、ある種の適切な文脈を作るように、他の作曲家の作品を一緒に織り交ぜた方が、比較することからむしろフィーチャーしたいことがわかりやすくあぶり出され、浮き彫りになってくる気がします。

もちろんケース・バイ・ケース。その作曲家や作品の特質にもよるでしょうけれど。

その点、この初演でのプログラムは素晴らしかったのではないでしょうか。どれもがお互いの曲を引き立てあって、武満さんの新作の魅力もより聴衆にわかってもらえたのではなかろうか、と感じる次第です。もちろん、こうしたスタイル、音色の異なった楽曲たちに易々と対応できるロンドン響の技量ならでは、ということはあるでしょう。

(そういえば思い出しました。このプロを指揮したティルソン=トーマスが後年、サンフランシスコ響との活動において、何かのインタビューで答えていました。

「たとえばベートーヴェンなどの古典を今、聴衆へ本当にアクチュアルに提示するためには、そのプログラミングに慎重な工夫が必要だ。」と)

《夢の引用》の初演者のひとり、ピアニストのピーター・ゼルキン

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