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イングリット・ヘブラーの訃報に寄せて イングリット・ヘブラーの訃報に寄せて

かつて「モーツァルトの女王」とも称されたオーストリアのピアニスト、イングリット・ヘブラーさんが5月14日に亡くなられました。93歳でした。

1929年にポーランド人の両親のもと、ウィーンに生まれたヘブラーさんは、モーツァルトの故郷でもあるザルツブルクで学んだ後、ジュネーヴではニキタ・マガロフ、パリではマルグリット・ロンという両大家のもとで研鑽を積み、1954年にはミュンヘン国際コンクールとジュネーヴ国際シューベルト・コンクールで優勝しました。そして1957年にはロンドンのコーエン財団からベートーヴェン・メダルを、1971年にはウィーンのモーツァルト協会から、80年にはザルツブルクのモーツァルテウム財団から、それぞれモーツァルト・メダルを受賞しています。また1986年にはウィーン市から功労賞メダルを授与されるなど、こうしたヘブラーさんの出自や受賞歴から見ても、いかに彼女がモーツァルトからベートーヴェン、シューベルトに至るウィーン古典派のピアノ演奏で高く評価され、その受容に貢献したかが窺えます。

初来日は1966年。以降KAJIMOTO(当時は梶本音楽事務所)ではヘブラーさんの招聘を定期的に数多く行ってきました。そして2003年が最後の来日となりました。
演奏曲目はハイドンやベートーヴェン、ショパン、シューマン、ドビュッシー、ラヴェルなどを織り交ぜることはあっても、一貫してモーツァルトやシューベルトが中心でした。ヘブラーさんは己の古典的な音楽の方向性や身体的特質などを知り抜き、見極めていたのだと思います。徹底してそれらのレパートリーを深く掘り下げ、磨きぬいていきました。

かつて音楽評論家の故・吉田秀和さんが「この人のモーツァルトを聴くと、しばしば巧緻繊細を極めたレースの飾りものなどを思わせたものだ。それは優しい魅力で私たちの目を喜ばせるのだが、そこには少しの不注意、なおざりのない仕上げの正確さがあり、それに気づくたびに、こういう仕事ぶりを裏で支えている職人的良心の厳しさに敬意を覚えずにはいられなかった」という旨の文章を残しておられますが、ヘブラーさんはまさしく自分に厳しく、その厳しさはある種、私たちスタッフに対してもありました。いかにもヨーロッパ風な貴婦人的佇まいを彼女に感じ、あたたかく朗らかな会話をしつつも、招聘しコンサートを開催する準備について私たちはよく緊張していたものです。ヘブラーさんの真珠を転がし連ねたような美しいモーツァルト演奏は、その厳しさの上に成り立ち、しかしながらそれが至純の自由を、豊かさを生んでいたのです。2度にわたりヘブラーさんが録音したモーツァルトのピアノ・ソナタ全集にも、それがはっきりと感じられます。
そんな音楽を、これまで日本のたくさんのファンは長年愛し続け、ヘブラーさんもまたこの国に来るのがとても楽しそうでした。

美しく豊かな音楽を私たちに与えてくれ、その演奏を支える厳しさをも教えてくれたイングリット・ヘブラーさんに深く感謝の意を表し、そのご冥福を心からお祈り致します。

KAJIMOTO

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