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ラルス・フォークトの訃報に寄せて ラルス・フォークトの訃報に寄せて

©Giorgia Bertazzi

ドイツの中堅世代を代表するピアニストであり、指揮者のラルス・フォークトさんが、9月5日、母国の自宅で逝去されました。51歳でした。
ご家族に見守られての旅立ちだったそうです。

フォークトさんは癌を患っており、しかし闘病をしながらあくまで前向きな演奏活動を続け、来る10月の来日のことも希望を捨てずにいました。
それだけに残念でなりません。

フォークトさんは1970年、ドイツのデューレン生まれ。1990年にはリーズ国際コンクールで2位となり、そのときの審査員の一人、サイモン・ラトルが「彼が1位であるべきだ」と主張。その後、そのラトル指揮バーミンガム市交響楽団とともに録音したベートーヴェン「ピアノ協奏曲第1番・第2番」のCDを旧EMIからリリースし、その演奏の質はもちろん、グレン・グールドによるカデンツァを弾いた斬新さが評判となりました。

以来、欧米を中心に活発な演奏活動を続け、共演した一流の指揮者やオーケストラは枚挙に暇がありません。2003/04年シーズンにはベルリン・フィル初のレジデント・ピアニストとなりました。そして2015年からは指揮者としてロイヤル・ノーザン・シンフォニアの、2020年からはパリ室内管弦楽団の音楽監督も務めていました。

初来日は1998年。N響との共演やソロ・リサイタルを行いました。2000年の来日では、先に触れたベートーヴェン「ピアノ協奏曲第1番」を日本フィルとともに演奏したのですが、それはドイツのピアニストたちの伝統を汲んだ堅固でロジカルなものであるとともに、きわめて快活であり、新しい世界を切り拓かんとする先鋭な音と感性にあふれていたこと、忘れがたいものでした。
精神的な部分での伝統を大事にすることと新しさを両立する姿勢は、フォークトさんにとって音楽家として、これまでずっと一貫したものであったと思います。同時代の現代曲への取り組みしかり。1998年に自ら創設した、ケルン郊外のハイムバッハにある水力発電所(!?)で始めた「シュパヌンゲン」音楽祭での、盟友であるヴァイオリニスト、クリスティアン・テツラフたちとの室内楽などの活動もそうだったでしょう。
(シュパヌンゲンでは、コンサートだけでなく、夜にはワインを飲みながら錚々たる仲間のアーティストたちと芸術論を交わしたり、かたやゴシップ話で盛り上がったり、終いには酔っぱらいながら皆で卓球に興じる、などという愉しい?日々を送っていたそうです)

そんなアクティブな活躍が自身にフィードバックし、フォークトさんが弾くモーツァルトのシンプルなソナタやシューベルトの晩年のソナタには、漲る生命感とともにあれだけの先鋭的な光が宿り、パーヴォ・ヤルヴィやダニエル・ハーディングの指揮のもとで演奏したブラームスのピアノ協奏曲に豊かな陰影が加わることになったのかもしれません。

2016年に東京・トッパンホールでテツラフ兄妹らと共演した室内楽のフェスティバルでも、最後の来日となった2018年のラ・フォル・ジュルネTOKYOでのロイヤル・ノーザン・シンフォニアの弾き振りも…それらの演奏には、すべてフォークトさんのアクティブでポジティブな生き方、人間性が現れていました。

よく食べ、いつも楽しく雄弁に喋っていた元気印のフォークトさん。病気さえしなければ、まさにこれからが更なる本領発揮ではなかったか、とその逝去を惜しまずにはいられません。

ラルス、ありがとう。
今まで素晴らしい音楽を私たちに届けてくれたラルス・フォークトさんに深い感謝を。そしてそのご冥福を心からお祈りいたします。

KAJIMOTO

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