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2011/08/19 | KAJIMOTO音楽日記

●ピーター・ゼルキン「A to Z」パート5:スーパー室内楽集団「タッシ」の誕生

皆様、猛暑が続いておりますがこの8月、いかがお過ごしでしょうか?
今月末の一大イベントといえば、そう、ピーター・ゼルキンのリサイタルin東京です。数ヶ月前に張り切ってこの連載を立ち上げ、彼の来日を心待ちにしていた私共も、サイトウ・キネン・フェスティバル松本が開幕した今月8日から、いっそう興奮しております。 「ピーターのこと、あまり知らないな~」という方々に、"ピーター通"になっていただこうという想いからスタートした連載「A to Z」。本日は彼が演奏活動を再開したのちに結成した、スーパー・アンサンブル集団〈タッシ〉にスポットライトを当てたいと思います。〈タッシ〉抜きではピーターのこれまでを語れません。
(引き続き、ゼルキンの全てを知る方々には耳タコの話題が続きますが、もっと多くの方々に彼を知ってもらい、聴きに来ていただきたい一心をどうかご理解くださいませ!)

***

<What is「タッシ」?>
前回の「A to Z」では、世界各地を放浪し、メキシコ移住をきっかけに完全に演奏活動を休止したヒッピー=ゼルキンと、彼の活動再開のきっかけについて触れましたが、〈タッシ〉とは、その後の1973年に結成された室内楽グループです。
メンバーは、ヴァイオリンのアイダ・カヴァフィアン、チェロのフレッド・シェリー、クラリネットのリチャード・ストルツマン、そしてピアノのピーターの計4名。
あれ?この変わった楽器編成ってもしかして・・・?と気づき始めた方、そうです!実はこの四重奏団、オリヴィエ・メシアンが第二次世界大戦中にドイツの極寒の収容所で書きあげた「世の終わりのための四重奏曲」を追究&演奏するために集まったグループなのでした。
彼らは、作曲者メシアンからの直々の演奏指導も受けています。
〈タッシ〉はその後、十八番の20世紀の音楽はもちろんのこと、クラシック、ジャズ、ロックなどジャンルの枠を越えた様々な音楽を演奏し、さらには即興演奏でも聴衆を魅了していくことになります。
(蛇足ですが、ピーターは若いころ、自分の部屋にポスターを貼るほどのビートルズ・ファンで、ロックのエレキ・ピアノも大好きだったとか。)

<語源>
〈タッシTASHI〉とは、チベット語で「幸福」を意味します。
実はゼルキンの愛犬の名前も〈タッシ〉です。

<個性あふれる「タッシ」のメンバーたち>
★アイダ・カヴァフィアンIda Kavafian(ヴァイオリン)
アメリカ人の両親のもと、トルコに生まれ、ジュリアード音楽院で学びました。ピーターとは、ニューヨークでの自らのソロ・デビューでピアノ伴奏を任せた仲でもあります。90年代にはかのボザール・トリオと共演を重ねました。2つの個性的な音楽祭「Bravo! Vail Valley Music Festival」と「Music from Angel Fire」の創設者です。

★フレッド・シェリー Fred Sherry(チェロ)
ジュリアード音楽院出身のチェリストで、「タッシ」のほか、現代音楽演奏グループ「スペキュラム・ムジカエ」の創設者のひとりでもあります。室内楽のほかソリストとしても大活躍し、ロサンジェルス・フィルやスイス・ロマンド管、ボストン響と共演しています。

★リチャード・ストルツマンRichard Stoltzman(クラリネット)
言うまでもなく、クラシックはもとより多ジャンルで活躍する世界屈指の大クラリネット奏者です。キース・ジャレットやチック・コリア、ゲイリー・バートンらジャズ畑のスターたちとも共演を重ねています。1983年にリチャード・グードとの共演による「ブラームス:クラリネット・ソナタ」、1996年にエマニュエル・アックス/ヨーヨー・マとの共演による「ブラームス:クラリネット三重奏曲」で、グラミー賞も受賞。
武満徹は彼のために「ファンタズマ/カントス」(1991年)を作曲しました(ちなみにこの曲はストルツマン&尾高忠明指揮BBCウェールズ響により初演されています。)




写真1:「タッシ」(提供:ソニー・ミュージックエンタテインメント)


<同時代の音楽 ~武満徹~>
ピーターと作曲家の武満徹は大の親友でした。
昨年のサイトウ・キネン・フェスティバル松本のプログラムにも、武満徹生誕80年にピーターから「トオル、あなたと知り合って私の人生はまったく変わりました」とメッセージが寄せられていますが、この2人が初めて会ったのは1969年。トロント響で武満の「アステリズム」が初演された時のことです。その初演を聴きに行ったピーターに、演奏を指揮した小澤征爾が武満を紹介してくれたのです。

その後、〈タッシ〉の精神、そして何より彼らの独創的なプログラミングとエキサイティングな演奏に武満は魅せられます。彼が1975年に発表した傑作「カトレーン」は、四重奏(ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、クラリネット)と管弦楽のための作品ですが、この"四重奏団"として想定されたグループは勿論、〈タッシ〉でした。
「カトレーン」は、〈タッシ〉と小澤征爾らにより東京で世界初演されました。
のちの1977年、武満は室内楽版の編曲「カトレーンII」を完成させ、これもまた〈タッシ〉によりボストンで初演、そしてさらに武満の「ウォーターウェイズ」を初演しているのも〈タッシ〉のメンバーたちです。

なお、ピーターは武満のピアノ・ソロ曲、「閉じた眼Ⅱ」を1989年にニューヨークで初演しています。


<結成35年の節目!>
こうして1970年代、〈タッシ〉は武満徹という大作曲家のインスピレーションを刺激し、またその破格で高レベルの演奏で世界の音楽界を震撼させたわけですが、その後の約30年間、ピーターをはじめメンバーたちが多忙を極めたことも影響して、これまた活動をストップします。
このスーパー室内楽集団が結成35年を記念して突如復活し、ツアーを行ったのが2008年でした。
ニューヨーク・タイムズ紙は、「70年代の四重奏団、メシアンを記念し再結成」と題し、ニューヨークで行われた彼らの歴史的公演を以下のように報道しています(以下、抜粋訳)。


ホールは人で溢れていた。〈タッシ〉がラプソディックかつ神秘的で威厳のあるメシアンの「世の終わりのための四重奏曲」(以下、「世の終わり」)を披露し終えると、聴衆はクラシック音楽における熱狂と興奮の絶頂を意味するスタンディング・オベーションで彼らを称えた。

[〈タッシ〉のトレードマークだった] アフリカ風のシャツ、長髪ポニーテール、ラブ・ビーズ(反戦、愛、平和を象徴するビーズのネックレス)はすでに過去のものとなった。[復活公演が行われた] 日曜、3人はスタイリッシュなスーツに身を包み、カヴァフィアンはコンサート・ドレスを身に着けていた。

〈タッシ〉がニューヨークで初公演を行ってから、ちょうど35年が経った。あの歴史的公演には、今年100歳を迎えるヴァイオリニストで指揮者のアレクサンダー・シュナイダーも居合わせた。

今年はまた、メシアン生誕100周年にも当たる。〈タッシ〉はこれを祝い、「世の終わり」を核とするツアーを行うため再結成された。彼らはこの四重奏曲を70年代に100回以上演奏し、1975年にレコーディングもしている。

復活公演は、チャールズ・ウォリネンが〈タッシ〉の再結成にむけて昨年に作曲した作品で幕開けした。

つづいて〈タッシ〉は、武満徹の「カトレーンII」を披露した。これは彼らのために1977年に書かれた作品である。この作品には「世の終わり」のテーマを模倣したモチーフが現われる。武満はメシアンの音楽の宇宙的な雰囲気、そして新たな旋法が生み出す和声の響きの世界を捉えつつも、その音楽言語をより12音技法の美学へと傾けている。

〈タッシ〉は「世の終わり」を、かつてないほどの若々しい大胆さでもって演奏した。第6楽章「7つのトランペットのための狂乱の踊り」では奏者たちがほぼ6分間、扱いにくくリズム的に不規則で、頑なに切迫した旋律線をユニゾンでなぞっていった。一方で瞑想的な楽章もスリリングで、ヴァイオリンとピアノのための終楽章「イエスの不滅性への賛歌」からは、ぞっとするような静けさと熱のこもったサウンドが聴こえてきた。

〈タッシ〉が今後アンサンブルとして活動を続けていくかは未定である。それは神のみぞ知る。




写真2:2008年、約30年ぶりに集結した「タッシ」(Michelle V. Agins/The New York Timesウェブサイトより引用)


***

ピーターの青春の代名詞でもある〈タッシ〉の誕生と復活のお話、お楽しみいただけましたでしょうか?

ピーターの8月31日のリサイタル、もう間近です。引き続き当ブログでは、ピーターから寄せられたベートーヴェン「ディアベッリ変奏曲への思い」(インタビュー嫌いのピーターからコメントが!?これは貴重です)、来日情報、サイトウ・キネン・フェスティバル松本での彼の様子などを報告してまいりますので、どうぞご期待ください!



【ピーター・ゼルキン 全国公演スケジュール】 (プロフィール

■2011年8月24日(水) 19:15 長野・松本/長野県松本文化会館 [プログラムB]
~武満徹メモリアルコンサート~
【問】サイトウ・キネン・フェスティバル松本実行委員会 0263-39-0001

■2011年8月26日(金) 19:00 長野・松本/長野県松本文化会館 [プログラムC]
【問】サイトウ・キネン・フェスティバル松本実行委員会 0263-39-0001 (発売中)

■2011年8月28日(日) 18:00 長野・松本/長野県松本文化会館 [プログラムC]
【問】サイトウ・キネン・フェスティバル松本実行委員会 0263-39-0001 (発売中)

■2011年8月31日(水) 19:00 東京/東京オペラシティ コンサートホール [プログラムA]
【問】カジモト・イープラス 0570-06-9960

[プログラムA]
武満徹: フォー・アウェイ
ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 op.110
  ***
ベートーヴェン: ディアベッリの主題による33の変奏曲 op.120

【プログラムB】
武満徹: 遮られない休息
武満徹: フォー・アウェイ
武満徹: 雨の樹素描
武満徹: 閉じた眼-瀧口修造の追憶に-
武満徹: 閉じた眼II
  ***
ベートーヴェン: ディアベッリの主題による33の変奏曲 op.120

【プログラムC】
バルトーク: ピアノ協奏曲第3番 Sz.119
共演:ディエゴ・マテウス指揮/サイトウ・キネン・オーケストラ



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