NEWSニュース

2017/02/24 | KAJIMOTO音楽日記

●アンドラーシュ・シフ、来日を前に4人の作曲家の晩年を語る Vol.1 ―― モーツァルト、シューベルト


現代最高のピアニストのひとり、アンドラーシュ・シフが来日して「The Last Sonatas」を開催するまで、いよいよあと3週間。

それに先立ち、昨秋に行われたインタビューを3回に分けて公開致します。
(インタビュー全文は、公演会場で販売されるプログラムにも掲載致します)

シフによるハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトの晩年のソナタを聴いていただく前に読んでいただければ、きっと楽しみが倍増すると思いますので、ぜひ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

―― 近年あなたはハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトの晩年のソナタを取り上げたリサイタルを開催していますが、作曲家の「晩年」というものについて語っていただけますか?

シフ(以下S): これは相対的な概念です。この4人の作曲家のピアノ・ソナタについて言えば、モーツァルトとハイドンに感じるのは「成熟」、ベートーヴェンとシューベルトに感じるのは、まさに人生の終わりに近づいている「晩年」という感覚です。

―― シューベルトとショパンについて考えるとき、私がいつも戸惑うのは、シューベルトは31歳、ショパンは39歳という若さでこの世を去ったにもかかわらず、彼らの後期の作品に「晩年」を感じさせる風格があることです。

S: 彼らは若くしてこの世を去りましたが、様々な経験を重ね、きわめて密度の濃い人生を送りました。普通の人間とは違うのです。モーツァルトの最後の交響曲とオペラにも晩年の風格が感じられます。悲劇的な音楽に死の影が漂っていますが、彼はまだ34、5歳だったのです。
 モーツァルトほど大きな才能を持った作曲家はいないでしょう。彼は一生を通して素晴らしい作品を書き続け、1782年にJ.S.バッハの作品に触れて研究するようになってからは、対位法的な書法で作曲するようになり、さらに豊かで成熟した音楽を生み出しました。まさに偉大な音楽です。最後の《ピアノ・ソナタ ニ長調 K.576》は、様々な声部が絶妙に重なり合い、すべての音符に意味があります。
 当時バッハを演奏する人はいませんでした。しかし、モーツァルトはバッハの偉大さ、非凡さに気づき、彼の作品を手本にしてさらなる高みを目指しました。もしもモーツァルトにそのような探究心と自己研鑽の意欲がなければ、《ミサ曲ハ短調》のような作品を書くことはできなかったでしょう。まして《魔笛》や《交響曲第41番「ジュピター」》の第4楽章のフーガについては、言うに及びません。あぁ、なんと偉大な音楽でしょう。


―― モーツァルト、ベートーヴェン、ショパンの作品は、晩年になってますます対位法的になっています。しかし、シューベルトはそうではありません。彼も亡くなる直前に対位法を学ぼうとしていたようですが。

S: シューベルトにとって対位法を学ぶことは容易ではなく、刻苦奮闘してやっと習得しましたが、フーガには頭を悩ませたようです。そして彼は《ピアノ・ソナタ イ長調 D959》の中に対位法を使った素晴らしいフレーズを書きました。この曲は《ピアノ・ソナタ 変ロ長調 D960》より偉大な作品だと思います。

―― 実は私も変ロ長調のソナタよりイ長調のソナタの方が好きなのです。でも、変ロ長調のソナタは「シューベルトの最後の言葉」で、深い意味を持つ作品だと考えられていますよね。

S: それは誤解なのです。シューベルトは人生の最後に3つのソナタを書きましたが、順序をつけていません。楽譜商がハ短調、イ長調、変ロ長調という順番で発表したのです。私はこのソナタ3部作は同時に書かれた作品だと考えています。もしも順序をつける必要があるなら、最初のハ短調に呼応して最後は輝きに満ちたイ長調で終わった方が、シューベルト最後の創作にふさわしいと思います。

―― シューベルトは晩年のピアノ・ソナタで何を語りたかったのでしょうか? これは「遺言」だったのでしょうか? それとも「希望」だったのでしょうか?

S: 両方でしょう。変ロ長調のソナタの第2楽章は寂寞とした死灰のようです。しかし、死灰の中から新たな魂が生まれ、第3楽章では永遠に不滅の精神世界を謳い上げています。イ長調のソナタもそうです。それがシューベルトの音楽の奇跡なのです。イ長調のソナタ(D959)が変ロ長調(D960)のソナタより優れていると思うのは、3つの美しく精彩を放つ楽章を経て、さらに第4楽章で人間のあらゆる感情を生き生きと描き出しているからです。最初は素朴な民謡のようなメロディーで始まり、オーケストラを思わせる輝かしく壮大な讃歌に発展していきます。作品の構造的にも、情感という意味でも、まさに神の技としか言いようがありません。
 この晩年のソナタ3部作は偉大な創作です。ハ短調のソナタ(D958)の仄暗く恐ろしい雰囲気は、一度聴いただけで誰もが忘れることはできないでしょう。人間の心の奥底に潜む暗い影を描き出していると思います。この3部作以外に、ト長調のソナタ(D894)も素晴らしいと思います。この作品も、得難い傑作ですね。


(2016年10月 台湾にて)


聞き手・文: 焦元溥(著述家・研究家/音楽ジャーナリスト)
訳: 森岡 葉


【チケットのお申込みはこちらまで】
 

PAGEUP