NEWSニュース

2015/02/16 | KAJIMOTO音楽日記

●インタビュー―― アンデルシェフスキと、東京の初夏の午後Vol.4 「新たなる境地」





《休業期間を明けて、新たなる心境へ》

 ピョートル・アンデルシェフスキは1年半の休業期間を明けて、2012年11月、ブロムシュテット指揮バンベルク交響楽団との共演で演奏活動を再開した。ドイツでのコンサートに続き、日本ツアーに同行して、6日東京、7日松戸、11日兵庫で、モーツァルトのト長調協奏曲K.453を演奏した。
  2年前から具体的に決めていた今回のブレイクを、アンデルシェフスキはなんのプロジェクトももたずに、まったくの白紙として生きることにしていた。そして、彼はそのプランを実行し、京都の禅寺で瞑想の修業も行うなど、自由や空白と向き合う時間を過ごした。その結果について一昨年の秋にたずねると、「休んだことがうまくいったのかどうかわからない」と答えた。
 「大半はピアノにはまったく触れなかった。朝目覚めて、人生において 初めて計画や目標なくすごした。もちろん自由にすることはたやすいことではなく、いったいなにをしたいのか、自分のしたいことが義務感なしに存在するのか 考えることもあった。ただ少なくとも、以前よりもこの瞬間をずっと楽しむことができた、私がここに存在するというだけの理由しかなくとも。いまという時間を、そのままに触れ、そしてこの瞬間を味わうことができるようになった思う」。
 現在という時間を味わい、その時間を精いっぱい受けとめることは、音楽に臨むときにも生きてくるとは思いませんか?
「そうだといいと思うけれど、いまはわからない。それを答えるには、まだ早い気がする。ただ、人生をシンプルに楽しみ、この瞬間になんであれ経験することを味うようにはなった」。
 というのが2012年秋の話。それからさらに時が経ち、そのブレイク明けから2年弱がめぐって、アンデルシェフスキはどう心境の変化を実感しているのだろう?
                    
―― 休業期間が明けて、もう2年近くになろうとするところですが、あれ以降なにか変化のようなものを感じていますか?

「最初の頃は、すごく困難で、すごく強烈だった」

―― ピアノを演奏するように自分に強いなければならなかったわけですね?

「そう。いまはどうにか前より強くなったと言えると思う」

―― どういう意味で?  タフになったとか……揺るぎなくなったということ?

「いや、揺るぎなくなったということではなくて……、だが、うーん、どのように強くなったと感じるかって? 私はただ…たぶんちょっとだけシリアスでなくなったような気がする、言葉の最良の意味でね」

―― それは、つまり……

「物事をこれまでよりシリアスではなく感じるようになった」

―― そのことで、あなたは自由になった?

「ええ…それにもっとありがたみがわかるようになったのかも知れない、自分がしたいことをしているのはとてもラッキーなことだって。ちがうかな? ある意味ではそうだ」

―― プロジェクトということではなくて、自然な気持ちや愛着で答えてほしいのですが、次にはどんな作品がレパートリーに入ってきそうですか?

「ああ、それはとても自然発生的なものだ。とても自発的で、予期できない。そして、新しい作品を学ぶのに私はとても時間がかかる……ゆっくりと学ぶから、自分の多くをもっていかれる。いま私にとって最新の作品は「イギリス組曲」第1番ということになるけれど、それはほんとうに私の全身全霊のエナジーを注ぎ込まなくてはならなかった。私の全存在がこの作品に注ぎ込まれたんだ。私にとって作品が自分自身になるとは、それほどにシリアスな問題なんだよ」

―― あなた自身を侵略するわけですね?

「そう。侵略してくる」

―― 侵略があるならば、なんらかの癒しが一方で必要でしょう……その間で、うまくバランスをとらなくてはいけない……

「そう。自分自身を侵略されるままにする必要があるわけで、それはとにかく暴力的なことだから……」

―― だけど、バッハの音楽に強いエゴを見出すのは難しいですよね?

「ああ、難しいね」

―― つまり、ベートーヴェンではそうした他者の侵入は合理的に思えるけれど、バッハの場合だと宇宙に侵略されるわけだから、まったく事情は異なるでしょう?

「ええ……」

―― ある意味、世界のすべてという話だから……

「そう、だから、自分がなにに侵略されるかを、バッハでは選ぶことができる」

―― シューマンについては、シューマンはシューマン自身に他ならない、けれどバッハにおいてはいったい誰がバッハなのでしょう? 彼自身をつかみとることは非常に難しいのでは。

「なるほど……。私がこうした葛藤を抱かない作曲家はモーツァルトだけだな」

―― つまり、どういう?

「モーツァルトは唯一の作曲家だと思う、つまるところ意味をなす・・・・・・(笑)」

―― シューマンは違う?

「違うよ!」

―― しかし、シューマンのいくつかの作品は……

「シューマンのいくつかの作品はそうだけど、でもモーツァルトのようではない。モーツァルトはちゃんと意味をなす、この言葉のあらゆる意味でね」

―― モーツァルト作品の多義性についてはどう思います?

「ああ、多義性でいっぱいだ。モーツァルトでは多義性、それから不条理の感覚がすべてだ。しかし、道理に合わない感覚だけでなく、同時に、最高次の理想主義がある。だから、その意味では私が知るもっとも葛藤の強い闘争的な作曲家でもある」

―― 劇場的で、オペラ的で。

「そう、それも」

―― だから、モーツァルトではあなたはたくさんの役割を演じることになる。

「うん、そうだね」

―― ということは、俳優みたいな感じもあります? 演出家、俳優、どんなふうに自分自身を感じるのか。台本はあります。では、モーツァルトの音楽を演奏するときに、どんなことを感じますか?

「うーん…どう言ったらいいか。俳優、演出家、すべてについて語ることはできるけれど、私が思うに重要なのは、すべてが一体となって意味をなすということ。喜劇や悲劇、極度の悲しみや溢れる喜びがあり、究極的にはこうしたすべてがある種のハーモニーをもつ。だから、不条理であり、また理想主義的であると言ったんだよ」

―― それにしても、極端に過ぎませんか?

「非常に極端だと思うよ、けれど彼はそれをなんとか受容している」

―― それがあなたの言うフレームというもの?

「そう……モーツァルトは奇跡のようなものだと思う」

―― モーツァルトは小さな子どもの頃からあなたの親しい友だちでした?

「ええ」

―― その関係や理解は、ずっと変わらずにあるもの?

「変わってきたよ、決まってもっと深くなる。だけど、どうして私たちはモーツァルトの話をしてるんだろう (笑)」

―― ああ、モーツァルトのことは、いまは忘れましょう(笑)。


《この十数年の変化をめぐって》

―― パルティータ集のCDがここにあれますが、10年ほど前の彼、ピョートル・アンデルシェフスキについてどう思いますか?

「髪型が違う(笑)」

―― ですね。

「このアルバムを録音したときのことをはっきり思い出すなら、スイスで3月に録音されたもので・・・・・・」

―― 2001年の3月?

「そう。私はひどく病んでいて、咽喉炎を患っていた。それから、いろいろ面で大きく変わってきたけれど、このCDについて考えると自分はあまり変化していないと思うな」

―― 過去の自分の録音を聴いたりするのですか?

「いや」

―― 決して聴かない?

「いや、決してってわけじゃない。でも、ほんのたまにしか聴かないね。編集にすごく時間がかかった。編集というのは非常に長くて、何か月もかかる。だから、ポスト・プロダクションに関しては、いまではだいぶ腕が上がった。けれど、このアルバムはもうずっと聴いていないから、どんな音がするのかもわからない」

―― 良い出来だと思いますよ。

「いいと思う? ほんとうに?」

―― 素晴らしいですよ。いまとは違う演奏ですが。

「じゃあ、こんど聴いてみるべきだな」

―― それに、カーネギーホールの「パルティータ」第2番はやはり凄いですよ。

「ほんとうに? パルティータのアルバムは長く聴いていないけれど、イギリス組曲の新しいCDはだいぶ違ったものになると思うよ。きみがそんなにも入れ込むことにはならないかも知れない(笑)。だけど、パルティータという作品は非常に異なっていて、ずっとゴシック的で、もっと怒りがある」

―― 興味深いですね。それで、10年前のご自身についてはどう思います?

「10 年前の自分をどう思うかって? まだとても若くて、もちろんとても若いってわけではなかったけれど、そう感じていてね……大きな変化だと思うのは、自分には時間があって、すべての未来 が自分の前にあると考えていた、すべてが開かれていて、まだたくさんの可能性があると感じていた。それから、自分がかなり若かった頃にはあらゆる可能性があったんだ、いまだって同じだ、と感じる瞬間がやってきて、それはたちまちに去ってしまう(笑)。だから、可能性なんて理論上のものでしかないのだけれど、でも……」

―― でも、あなたにはまだ膨大な可能性がある……

「ええ、でも当時よりは少ないよね」

―― ほんとうに? そうは思わないけどな。

「もちろんそうさ! 年をとったんだから」

―― それはそうだけど……

「だから、十年前の彼について言うなら、未来にもっと多くをみていたんじゃないかな。そして、今日では私はもっと現在にいるのだろう」

―― 過去ではなくね。

「過去なんて! 私は過去なんて好きじゃない。現在が好きだ、未来でもなく」

―― では、そのあなたの現在を聴きに、リサイタルでお会いしましょう。

「だね! ありがとう」


取材・文 青澤隆明
 


<公演情報>
ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル
2015年2月25日 (水) 19:00 開演
東京オペラシティ コンサートホール

(曲目)
J.S.バッハ: フランス風序曲 ロ短調 BWV831
J.S.バッハ: イギリス組曲第3番 ト短調 BWV808
シューマン: 精霊の主題による変奏曲
シューマン: 幻想曲 ハ長調 op.17

【チケットのお申し込み】


青澤隆明氏の著作
ちくま新書『現代のピアニスト30 アリアと変奏』発売中
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480067395/
 

PAGEUP