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2015/02/10 | KAJIMOTO音楽日記

●インタビュー―― アンデルシェフスキと、東京の初夏の午後Vol.2 「バッハを語る(2)」

ピョートル・アンデルシェフスキのJ.S.バッハは、これまでの来日でも何度も演奏されてきたが、いわゆる「イギリス組曲」に関しては、デビュー録音の第6番は多く採り上げられたほか、2011年5月、音楽活動休業前の所沢ミューズのオール・バッハ・リサイタルで、フランス組曲第5番、イギリス組曲第6番に先だって、イギリス 組曲の第5番がようやく披露された。
 バッハの組曲連作のなかでも、フランス組曲、パルティータに先立つ、比較的初期の作品であるだけに、アンデルシェフスキが先に語っていた自由の裁量も、さらに緩やかで広大な側面があるだろう。インタビュー時には、その「イギリス組曲集~第3 番、第1番、第5番」の編集作業にエネルギーと神経をすり減らしていたアンデルシェフスキだが、アルバムは海外が11月、日本発売が12月頭にリリースされ、次なる来日公演でも収録楽曲から演奏される。バッハをめぐる話は大海という心象から、自然と「イギリス組曲」のことへと進んでいった。

《バッハの自由という困難》

―― J.S.バッハの音楽についてとくに困難を覚えるのはどんなところですか、演奏する上で、また、考えるにあたって。

「私が思うには、自由ということが難物でね、その自由をどう扱うべきかが難しい。この音楽は弾き手に無尽蔵の可能性を与えてくれる、だがそれをどのように扱ったらよいものか……非常にオープンで、しかしそれを演奏するためには……」

―― ベートーヴェンは非常に確固たるものだけれど……

「そう、ベートーヴェンはその意味ではもう一方の極と言える。ベートーヴェンはおそらくいつだってパーソナルに語りかけるし、彼の音楽は彼個人に関するもので、モノローグ(独白)だから。バッハは決して自分自身について語らないし、彼はまるで声というか……」

―― 万物の声。

「そう、ほとんどすべての事物の声だ。そう、では、すべてのものをどう扱えばよいのか?  鍵盤、ピアノ、エゴや自分の感性で?  これが巨大な困難なんだ。こうしたすべてのものをどうやって取り扱ったらいい? このコスモス(宇宙)をどう扱ったものか、それはフレームに切りとることのできないものだし、しかし枠を定めないことには表現することができない。フレームがとれないならば、そこに言葉はないし、表現する手だてはない。コミュニケーションをとる術がない。だから、コミュニケーションをとるためには、それをフレーミングする必要があり、これがバッハでは実に困難なことだ。どうやって、自分なりのフレームを選び、どうやってこれを枠どったらいい? それが、私の言う自由の意味」。

―― 自由でもあり、ある意味では混乱でもある。

「そう。うーん、それはまた実に苦しいプロセスでもある。大海に出て、そこで自分用のスイミング・プールをつくらなきゃいけないって感じに近いね」と、アンデルシェフスキは ため息をつきながら、苦笑する。「そして、これはほんとうに不愉快なものだ。それでも、大海をあるがままにしているわけにはいかない、なぜならともかくも 私はこの音楽を演奏したいのだし、そのためには自分でエリアを定めなきゃならないわけだ……」

―― それから、地図をつくらないと。

「そう、地図だ! 地図を描かなきゃならないんだよ」

―― その地図だけれど、どんなふうに感じます? どんどん広くなっているものなのか、それともだんだん狭く絞り込まれてきているでしょうか。この10年ほどで、あなたのバッハ地図は広くなったのか狭くなったのか、明確になったのか、それともさらに漠たるものになったのか。

「うーん……さらに極端になったのではないかと思う。だから、より狭まったのではないかと。きみの質問に答えるならね……」

―― 狭まったというのは、つまりさらに厳格になったという意味? それとも?

「うーむ」

―― でも、昨晩あなたがアンコールに弾いたサラバンドは自由だったと思うけれど……

「OK…… 昨日のサラバンドは私もとても自由に感じたけど、でもあれはここ14年間弾き続けている作品だからね。ここでもまた君の質問が、バッハの作品を新しく学ぶ ことについてのものか、20年や15年間演奏してきたバッハの作品を弾くことについてかということで大きく事情は異なるよね。とはいえ、バッハの作品を新たに勉強するということに関しては、ますます難しくなってきているし、もっと狭まってきていると思うな、うん」


《イギリス組曲のCD録音をめぐって》



―― 近年は、新しいCD録音のために、バッハの「イギリス組曲」に取り組んでいますね。いままでにバッハ作品を含むものでは4枚のCDがありました。最初の CDでは「イギリス組曲」第6番、次に「フランス風序曲」と「フランス組曲」第5番、そしてパルティータの第1、3、6番がありましたし、さらに…

「カーネギーホールのライヴ録音で、パルティータ第2番もあるし」

―― ということで、次のCDがバッハ録音の5作目になります。このタイミングで、シューマンの後で、もう一度バッハに取り組み、「イギリス組曲」に焦点を当てるのはどのような選択からですか?

「それはプロジェクトであって、自発的な選択ではなかったと、正直に言わなくてはいけないね。すでに何年も何年もかけて考えてきた息の長いプロジェクトだよ。 そして、2つの組曲の準備ができていて、それは第3番と第5番だったが、アルバムにまとめる目的から3つめの組曲が必要で、ここ5年間私はどれにするか決めることができなかった。そして、ついに第1番に決めたわけだけど、これは最近5年間どういうふうにかたちにするか、どうフレームを与えるか、ずっと考え続けてきた作品だ。ということで、それはプロジェクトで、シューマンの後にこれをすべきだというようなものじゃない。何年もかけて熟してきたものなんだよ」

―― なにかしら自分自身の内的な意志から、なにかしら思いや感情の外からやってきたものだという・・・・・・。

「ややそうだね」

―― でも、2007年だったと思いますが、東京でのリサイタル・プログラムをイギリス組曲」第4番から第6番に変更したことがありましたよね。

「そんなことあった? 覚えてないな」

―― ええ、当初は「イギリス組曲」第4番をプログラムに組んでいました……。

「第4番? ほんとうに? 思い出せない。ずいぶんと昔のことだからね」

―― シューマンの「フモレスケ」を弾いたときですよ……。だから、第4番という選択肢もあったのかと思って。

「当時はそうだったのでしょう」

―― 結果として、アルバムを通じて、ギャラントリー(当世風舞曲)は3つとも違う曲調が並びましたね、ブーレー、ガヴォット、そしてパスピエと。

「ええ」

―― とてもヴァラエティがある。多様なスタイルの音楽が連なることになりますが、第1番、3番、5番、この3曲での統一観をあなたはどのように導くのでしょう?

「どんなふうに達成するかって? そんなことができるかどうかまだわからないよ。複雑なプロジェクトなんだ。それはほんとうに、言ってみれば、私にとっては知的に高度な要求をされるプロジェクトで、どんなものが仕上がるのかまだ自分にもわからない。まだ編集作業も終えていないしね。だが、それぞれの作品が、ひとつずつ別々のプロジェクトになり得るようなものだと感じる」

―― なるほどね。

「だから、この3つの組曲は私にはとても大きい。一曲ですでに大ごとだよ」

―― とても要求が大きいのでしょう。

「ああ、たぶんそうです」

―― それで、こうした状況は、パルティータに取り組むときとはだいぶ違うものですか? イギリス組曲において、特別に難しいのはどんなところでしょう。

「イギリス組曲で特に難しいのは、バッハのかなり初期の作品であることで、それほど多くのことが書き表されているとは、私にはどうも思えない。パルティータでずっと精確になっているとは思わないけれど、彼がずっと多くのことを書き記してはいる。私たちが話してきた自由に関しては、イギリス組曲のほうがもっと極端だと言える。私にとっては、もっとも極限的な作品だね」

―― 自由という意味において?

「自由ということ、それから理解可能なコミュニケーションのかたちへと整理していくことにおいて」
(続く)


取材・文 青澤隆明



<公演情報>
ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル
2015年2月25日 (水) 19:00 開演
東京オペラシティ コンサートホール

(曲目)
J.S.バッハ: フランス風序曲 ロ短調 BWV831
J.S.バッハ: イギリス組曲第3番 ト短調 BWV808
シューマン: 精霊の主題による変奏曲
シューマン: 幻想曲 ハ長調 op.17

【チケットのお申し込み】


青澤隆明氏の著作
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