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2012/09/24 |

●「ピアソラ没後20年・フランセ生誕100年とブーランジェの弟子たち」~鈴木大介との対話 (1):ブーランジェという視点~

今年12月、鈴木大介が「アストル・ピアソラ没後20年 ジャン・フランセ生誕100年とナディア・ブーランジェの弟子たち」と題したギター・リサイタルを開きます。
これに先駆け、当ブログでは鈴木をゲストに迎えて、5回にわたる対話形式の連載をおおくりすることになりました!
第一回目の本日のお題はずばり、作曲家ピアソラ&フランセの共通の師匠、“ナディア・ブーランジェ”(フランス/1887~1979)です。

*鈴木のリサイタル曲目(12/6)*(公演詳細
◆ジャン・フランセ: パッサカイユ
◆エグベルト・ジスモンチ: セントラル・ギター
◆ジャン・フランセ: セレナード より
◆エリオット・カーター: SHARD
◆アストル・ピアソラ:
  アディオス・ノニーノへのイントロダクション
  平原のタンゴ
  ブエノスアイレスの秋
  バンドネオンとギターのための協奏曲から
  ブエノスアイレスの冬
  ロマンティックなタンゴ
  伊達男のタンゴ
  ブエノスアイレスの春


***


<名音楽教師ブーランジェ>


―まずは、この長いリサイタル・タイトルについてご説明ください…(笑)

[鈴木(以下、鈴)] 昨年にピアソラが生誕90年を迎え、今年が没後20年という節目。そしてフランセは今年が生誕100年。記念イヤーでもない限り、なかなか録音・演奏できない大好きな作曲家を集めてみたら、その共通点が「ナディア・ブーランジェの弟子である」ということでした。そこでリサイタルでは、同じく彼女の弟子であったジスモンチとカーターの作品も取り上げることにしました。

―ブーランジェは20世紀に活躍したマルチな音楽家で、フランスのエコール・ノルマルやパリ音楽院、アメリカ音楽院などで教えた名教師でしたね

[鈴] そうです。そして彼女はピアソラにとっては、作曲家としての人生を方向付けてくれた恩人です。




 

<ピアソラの人生を変えたブーランジェ>


―どうして“恩人”なのですか?

[鈴] 前置きが長くなりますが・・・まずは大まかに、タンゴについてお話しますね。アルゼンチンタンゴは19世紀おわりに発生したのですが、これは主に酒場で演奏されていた音楽なんです。港町ブエノスアイレスの船乗りたちが陸に戻ってきて、バーでお酒を飲みながら音楽舞踊を楽しむ様子を想像してください。もともとウルグアイのカンドンベ、アルゼンチンのミロンガ等のリズムが合わさって生まれた音楽であると言われていて、初期のタンゴはフルートとギターで演奏されていました――のちに、ギターの代わりにバンドネオンが用いられるようになったわけです。とにもかくにも、ピアソラが子供だった頃は、タンゴは酒やバクチや競馬のようなものと結び付けられ、品の悪い音楽だとさげすまれていました。その中で、ピアソラは何か新しい、構築されたレヴェルの高いタンゴをやろうとしたのですが、「あんなものタンゴではない」と批判する人もいました。こうして行き詰まりを感じたピアソラが向かったのが、フランスです。

―ピアソラはアルゼンチンではヒナステラに作曲を学んでいたのですよね?

[鈴] そう。とても優秀で、何かの作曲賞をもらい、留学資金が手に入ったんです。だからピアソラは、“自分はクラシックの作曲家になろう”と思って、フランスに行きました。

―そしてブーランジェに師事したんですね

[鈴] ブーランジェを訪ねたピアソラは、自分が作曲した作品を聴いてもらった――いわゆるクラシックの作品です。でも何となくしっくりこなかったブーランジェは、“貴方らしさが見えない、貴方ってどんな人なの?”というようなことをピアソラに訊いたらしい。そこで初めてピアソラは、“実は自分はタンゴの演奏家で、バンドネオンを弾いているんです、云々”と明かした。それで、“ちなみに故郷のアルゼンチンではこういう曲を弾いています”と、その場で演奏してみせたそうです。これを聴いてブーランジェは、“これこそ貴方にふさわしい音楽だから、タンゴを常に忘れないように!”とピアソラを諭した。これに勇気づけられ、タンゴの無限の可能性にはっきりと気づけたピアソラは、作曲する時にも自分の音楽的ルーツであるタンゴを積極的に取り入れるようになったと言います。



モンサンジョン著『ナディア・ブーランジェとの対話』とともに

 

<パリという土地>


―そもそもピアソラはなぜ留学地にパリを選んだのでしょう?

[鈴] ピアソラのパリ留学は1950年代ですが、すでに10年~20年代のパリのサロンではアルゼンチンタンゴのダンスの大ブームが起きています。このパリでの流行を受けて、本国アルゼンチンでのタンゴの評価が高まったと言われているほどです。フランスではピアソラのタンゴは結構人気があったので、その印税がたくさん懐に入ったことで自信を取り戻したことも、背景にあるのかもしれない。世界大戦を経た時期であることを考えると、自然にパリという選択肢が浮かび上がった可能性も高いでしょうし、彼の母語スペイン語とフランス語が似ているという利便も考えられます。ピアソラのパリでのレコーディングも、タンゴとしてオーセンティックであるかどうかはよく議論されるところですが、音楽的にはとても面白いですよ。

―ピアソラがブーランジェと出会った頃のパリって、豪華ですよね。プーランクがまだ生きている。

[鈴] ブーランジェについての本を読んでいると、ストラヴィンスキーとの交流のエピソードも頻繁に出てきますしね。

―ストラヴィンスキーといえば、ブーランジェは指揮者としても有能で、「ダンバートン・オークス」を初演指揮しています。作曲家との関係でいえば、ブーランジェはフォーレに作曲を学んでいますし、マドレーヌ寺院ではフォーレの補佐としてオルガニストを務めていた。本当に多才な音楽家です。

[鈴] ソルフェージュも教えて、ピアノも教えて・・・まさにフランス語でいう、ミュジシャン・コンプレ(直訳すると“完全なる音楽家”。マルチな音楽家の意)ですね。


◆次回の連載~ブーランジェの教え方~につづく。

 

***


<鈴木大介 ギター・リサイタル 2012>
~アストル・ピアソラ没後20年 ジャン・フランセ生誕100年とナディア・ブーランジェの弟子たち~
日時 2012年12月6日 (木) 19:00 開演
会場 サントリーホール ブルーローズ
出演 ギター: 鈴木 大介
料金 全自由席¥4,000

[プログラム]
ドメニコ・スカルラッティ: ソナタ集
ジャン・フランセ: パッサカイユ
エグベルト・ジスモンチ: セントラル・ギター
ジャン・フランセ: セレナード より~愛の歌/エピグラム/リリパット王国のファンファーレ
エリオット・カーター: SHARD
アストル・ピアソラ作品集
アディオス・ノニーノへのイントロダクション
    平原のタンゴ
    ブエノスアイレスの秋
    バンドネオンとギターのための協奏曲から ~イントロダクションの断章
    ブエノスアイレスの冬
    ロマンティックなタンゴ
    伊達男のタンゴ
    ブエノスアイレスの春

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