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2011/07/26 | KAJIMOTO音楽日記

●ピーター・ゼルキン「A to Z」パート4:ピーター=ヒッピー?

8月に東京でのリサイタルと「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」への参加を予定しているピーター・ゼルキンの来日が、刻々と迫っています。
この「A to Z」は、「ピーターのこと、あまり知らないな~」という方々に、"ピーター通"になっていただこうという連載です(ついに第4回目!)
***

前回は"ピーター誕生"と題して、幼い頃のピーターの音楽環境、そして彼が受けたピアノ教育を中心に話をすすめましたが、本日の主役は、その後"ヒッピー"となった青年ピーター。

ということで突然ですが、まずはヒッピーの定義をおさらい(?)してみます。

<ヒッピー hippie>
既存の制度・慣習・価値観を拒否して脱社会的行動をとる人びと。また、その運動。長髪や奇抜な服装が特徴。1960年代後半、アメリカの若者の間に生まれ、世界に広がる。
(出典―岩波書店:広辞苑)

ヒッピーは元々、ベトナム戦争(1960年~75年)に対する反対運動をきっかけに、自然、平和、愛を重視する若者たちの間で始まったムーヴメントです。
「hippie」の語源は、ジャズ(とりわけビーバップ)の熱烈な支持者を意味する「hipster」というコトバ(もともとは音楽に関係があったのですね!)。1940年代のアメリカで、当時のジャズマンの服装や言葉遣い、くつろいだ態度や皮肉なユーモア、物質的にシンプルに生きたいという願望、性に対するオープンな考え方等々に賛同した人々を「hipster」と呼んだのです。
ビートルズのメンバーが60年代にヒッピーと交流を持ったり、インドの器楽や思想から多大な影響を受けたりしたことは有名ですね。

閑話休題。

12歳で舞台デビューし、19歳でグラミー最優秀新人賞を獲得したサラブレッド、ピーターでしたが、
大ヴァイオリニストのアドルフ・ブッシュを祖父に、大ピアニストのルドルフ・ゼルキンを父に持つ彼は、私たちの想像を超えるプレッシャー、あるいは反抗心を抱いていたのかもしれません。
何を弾いてどう成功しても、比べられるのは必ず"偉大なる"父や祖父。彼らが名声を築いてきた、例えばベートーヴェンのソナタなどを自分が弾くことにどんな意味があるのか・・・こんな思いが、ただでさえ多感で繊細なピーターの中でうずまき、逡巡し、さぞや悩み苦しんだことでしょう。

「自分の存在意義は何なのか?」

そんな頃です。彼を取り巻くこの頃のアメリカは、建国以来最もはやいスピードで経済的な繁栄を続けていました。そして、ベトナム戦争や高度資本主義経済、アメリカ式合理主義への疑問、既成の文化への反抗心がアメリカの若者たちの間で芽生えていきます。内にも外にも葛藤を抱えるピーターもまた、"ヒッピー"となっていきました。




写真1:むかって一番右がピーター(提供:ソニー・ミュージックエンタテインメント)




写真2:(提供:ソニー・ミュージックエンタテインメント)


20歳代になったばかりのピーターはついに1968年に演奏活動を止め、インドやチベット、メキシコ、ネパール、タイ、イラン、モロッコなどを放浪します。そして71年には妻と子供とともにメキシコへ移住してしまったのです。

のちにピーターはこう振り返っています。

ぼくはほとんど強制されてコンサートで弾いていたんだ。レパートリーのほとんどはクラシックのスタンダード・ナンバーで、新しい音楽はあまりやらなかった。といっても、そんな曲ばかりだったと不平を言っているわけじゃない。ただ、その当時は自分自身の立場の表明ということがなかっただけなんだ。家庭の状況、マネージャーがあるということ、演奏への招待がある、などといった事情からたくさんの演奏が強制されるだけで、音楽というものがいったい自分にどれだけの意味を持っているかを考える場所には、ぜんぜん居なかったわけだ。それがまさに自分のやりたいことなんだ、と自分自身で決定する以前に、そういった状態に落ち込んでしまっていたんだ。
(出典―武田明倫「<タッシ>のこと」『PETER SERKIN PLAYS MESSIAEN』, ソニー・ミュージックエンタテインメント)

メキシコで家族と共にピアノとは全く無縁の生活を送っていたピーターは、ある日曜の朝に、偶然ラジオで流れていたJ.S.バッハの音楽を耳にし、音楽活動を再開することを決意します。ピーター自身、「[そのとき] 私が音楽をすべきだということが明確になった」(Frank Conroy: Dogs Bark, but the Caravan Rolls On, 2002)と述べています。

音楽というものがいったい自分にどれだけの意味を持っているかを考える場所」に至った復活後のピーターは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、小澤征爾、ブーレーズ、アバド、バレンボイム、エッシェンバッハ、レヴァインら当代随一との指揮者との名演を重ねます。そして武満徹やオリヴァー・ナッセン、ピーター・リーバーソンなど同時代の作曲家たちから全幅の信頼を寄せられて、彼らの作品の初演を精力的に務めることになります。
また、かつて10代に録音した「ゴルトベルク変奏曲」の再録音なども、特筆に価する活動です。

次回は、~ピーター・ゼルキン「A to Z」パート5:"ピーターと「タッシ」"と題し、彼が設立したスーパー・アンサンブル集団にスポットライトを当てたいと思います。お楽しみに。



【ピーター・ゼルキン ピアノ・リサイタル】
8月31日(水)7時 東京オペラシティ コンサートホール
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ピーター・ゼルキン プロフィール


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