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2017/10/27 | KAJIMOTO音楽日記

●ガッティ&ロイヤル・コンセルトヘボウ管 来日を前にVol.2 ―― ガッティに聞く!(1)「コンセルトヘボウ管との出会い・出発」


世界最高のオーケストラのひとつ、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の来日まであと1か月を切りました。楽しみですね。
前回は当コンビの、本拠地アムステルダムにおけるシーズン・オープニング公演のレポートをお届けしましたが、今度はその新首席指揮者ダニエレ・ガッティのインタビューを!
長く、じっくりと語っていますので、2回に分けてお送りします。

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――マエストロは昨秋、世界最高峰のオーケストラであるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(RCO)の首席指揮者に就任なさいました。まずは、そのいきさつや当時の心境についてお話しいただけますか。

2004年の初共演以来、毎シーズン欠かさずRCOから招かれていました。2013年には夏期の音楽祭ツアーを共にするなど、アムステルダム以外の地でも共演し、その後、アムステルダムでの《ファルスタッフ》の上演を共に成功させることが出来ました。
つまり私も楽団員たちも、定期演奏会、ツアー、オペラ上演を通じて、互いの相性を隈なくチェックする機会を得たわけです。私がRCOから首席指揮者に指名されたのは、《ファルスタッフ》上演から3か月後の2015年10月のことでした。
もちろん私は、二つ返事でお引き受けしました。あなたがおっしゃる通り、世界最高峰の楽団、それも「世界三大オーケストラ」に数えられる名門ですからね。ただし、そのような評価は客観的な指標として意味があるとはいえ、さほど重要ではありません。音楽の場合、指揮者の評価は受け手側の個人的な好みや、その人が提供できるレパートリーに大きく左右されますから、テニスのように、誰が1番で、誰が2番で3番なのか、明確にランクづけすることは出来ません。むしろ首席指揮者就任の打診を受けた際に私が考慮したのは、それによって自分がどのような環境に身を置くことになるのかという点です。自らのキャリアに照らした就任のタイミングについても、強く意識しました。



――タイミングも重要であったということでしょうか?

指揮者として成長していくには、強い運も求められます。そのときどきに絶妙なタイミングで、良きパートナー、つまり相性の良いオーケストラと出会わなければならないと言う意味で。指揮者は若い頃から、オーケストラのシェフを務めるべきです。なぜならキャリアの最初期から、自分にふさわしいオーケストラをあてがわれ、指揮者としての力量を発揮していくことが必須であるからです。ただし、あまりに若いうちにRCOのような名門の舵取りを任されて、万が一、馬が合わない時には、それだけダメージも大きくなってしまいます。ある意味でそれは、オーケストラにも悪影響を及ぼすでしょう。これはポジティヴな意味で申し上げるのですが、若い指揮者は、自身のレパートリーを確立し、今後のキャリアを準備するために、オーケストラを「利用」しなければなりません。当然RCOは、そのような目的をもつ若いシェフを欲してはいません。彼らは、すでにキャリアとレパートリーを確立した指揮者をパートナーとして迎え、共に音楽を作りあげていくことを望んでいます。私の場合は54歳でRCOの首席指揮者に任命されましたが、その時点で35年の指揮者人生を歩んでいました。ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、ローマ・サンタ・チェチーリア国立管弦楽団、フランス国立管弦楽団のシェフを歴任していましたし、ボローニャ市立劇場を10年間、チューリヒ歌劇場を3年間率いました。こう振り返ってみると、私はとても幸運であったと思います。30歳代、40代、50代に、優れたオーケストラを任せてもらえたのですから。


――もしも現在マエストロが25歳で、RCOを率いることになったら……

もちろん、それはあり得ることです。25歳の指揮者がRCOやベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を振って、大成功を収めることもあるでしょう。ただし、より重要なのは、次の公演でも同じ成功を導くことが出来るのか、同じ演奏水準を保てるのかどうか、という点です。また、RCOのような名門を率いる場合には、音楽の才能に恵まれているだけでは不十分でしょう。目の前には、人事をはじめ、音楽以外の課題が山積みになっていますから、ストレスやプレッシャーに押し潰されない強さが不可欠です。そして同じ過ちをおかすにしても、54歳と25歳では生じる結果が異なります。そういう意味では、25歳のうちに色々と間違えておくのが理想的ですね(笑)


――初めてRCOを指揮したのが2004年。ということは、楽団とは長きにわたってパートナーシップを育んできたわけですが、そもそも初めて共演した際には、どのような印象を抱きましたか?

初共演については鮮明に覚えています。当時、私は42歳。指揮したのは通常のオーケストラ公演でしたが、私はあえてオペラ作品の抜粋を集めてプログラムを組みました。《神々の黄昏》の抜粋、《ばらの騎士》組曲、《サロメ》から「7つのヴェールの踊り」、そして《パルジファル》から「聖金曜日の奇跡」。RCOとの初めての演奏会で、純粋な管弦楽曲を振ることは避けたのです。
結果として楽団に好印象を与えることができたことを鑑みると、(彼らにとって)非日常的なオペラ・プログラムを選んだことは、正しい決断であったと思います。この「初顔合わせ」以来、じつは7年ものあいだ、私から楽団に「マーラーを振りたい」と提案したことは一度もありませんでした。ついにある時、楽団から「ぜひマーラーを振って欲しい」という言葉を引き出すことが出来たのです。



――マエストロの忍耐が報われたということですね!

その通り、粘り勝ちです。私はつねづね、「今 すぐにRCOとマーラーを演奏しようと焦る必要はない。でも、いつかきっと……」と考えていました。そしてある日、そのチャンスがやって来たのです。当時、楽団が2010/11年シーズンのマーラー・プロジェクトを準備中で、さまざまな指揮者がマーラーの交響曲を1曲ずつ振る企画が練られていました。私もそのひとりとして、第5番の指揮を依頼されました。相手はマーラーと縁の深いRCOですから、自分から「マーラーを振りたい」と言って許可をもらうよりも、向こうから「マーラーを振ってもらいたい」と打診される方が一段と誇らしいでしょう?(笑)


(2017年9月 アムステルダムにて)

質問作成: KAJIMOTO東京・編集室
取材・文: KAJIMOTOパリ・オフィス
訳: 西 久美子


*当インタビューの完全版は、公演会場で販売されるプログラム冊子に掲載されます。


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