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2011/06/30 | KAJIMOTO音楽日記

●同時代、その名演に立ち会える幸せ ~ピーター・ゼルキン「A to Z」パート1:ピーターの父ルドルフ・ゼルキン

ピーター・ゼルキンが東京オペラシティでのリサイタルと「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」への参加のために8月、来日します。ピーターは2003年の来日の際にも、今回と同じベートーヴェンの「ディアベッリ変奏曲」を軸とするリサイタルを開き、

■「ディアベリ変奏曲」もまた彼の得意とする曲だが、ヴィヴィッドな生命力と今日性にみちた激しい演奏。極上の抒情もあり、通り一遍に弾かれる部分はまったくない。変化に富んだ語り口のなかに玩具箱のような宇宙があり見事だった。(青澤唯夫:「音楽現代」2003年12月号抜粋)
■第32変奏のフーガでダイナミックスの頂点を築く音楽作りは、オーソドックスなやり方ではあっても、そこへ行くまでの強靭な持続力に追いつけない聞き手がいたかもしれない。滅多に聞けない名演奏だった。(高久暁:「音楽の友」2003年12月号抜粋)

と高い評価を得ています。
しかしながら、彼の生演奏をまだお聴きになったことがない方(特に若い音楽ファンの方々)も多々いらっしゃるのではないでしょうか?

長年のクラシック音楽ファンの方々には、"耳タコ"の内容になってしまいますが(どうかお許しください!)、
本コーナーでは「ピーター・ゼルキンかー、あまり知らないな~」という方々に "ピーター通"になっていただくべく、彼の「A to Z」をお贈りしていきたいと思います!

***

第1回の本日のテーマは、ピーターの家系について。
彼がそのDNAを受け継いだルドルフ・ゼルキンをご紹介します。

<父:ルドルフ・ゼルキン(1903~1991)>

ピーターの父ルドルフは、20世紀を代表する大ピアニスト。先輩のバックハウスやケンプ、同年代のアラウらとともにベートーヴェンを筆頭とするドイツ=オーストリア系音楽の大家として、現在も多くの演奏家に慕われています。
(なんと、若き頃にはアルノルト・シェーンベルクに作曲を師事しています。)

まずはルドルフ&ピーター親子の仲の良い連弾の様子を動画でどうぞ↓
http://www.youtube.com/watch?v=wlD9haP7g0g

ボヘミア(現・チェコ)のユダヤ系の家庭に生まれ、弱冠12歳でウィーン交響楽団と共演してデビュー後、ヨーロッパ各地で演奏を行っていたルドルフ・ゼルキン。1930年代には、のちに義父となる巨匠アドルフ・ブッシュ(⇒つまりピーターの祖父です。次回の連載をお楽しみに!)の強い後押しで、ヴァイオリン&ピアノのデュオや、ブッシュ弦楽四重奏団との室内楽によって一躍世に出ることとなります。

この頃の話ですが、その組み合わせでの室内楽の演奏後、ブッシュたちにアンコールを弾くよう舞台に押し出された若きゼルキン、J.S.バッハの「ゴルトベルク変奏曲」の冒頭のアリアを弾いたのですが、音楽に没頭しきった彼はなんと全曲(50分くらい?)を弾いてしまった、というエピソードがあまりにも有名です。

そして、ヨーロッパが第二次世界大戦という暗黒の時代を迎えると、シェーンベルクやブロッホ、ブルーノ・ワルターといったユダヤ系の天才音楽家たちは、ナチスから逃れるためにアメリカへ渡ります。ルドルフもその一人。家族とともに大西洋を渡り、1939年にアメリカでの新生活をスタートさせました。

ルドルフは、後に息子ピーターが入学する事になるカーティス音楽院(フィラデルフィア)で教鞭をとり、1968年から77年までは同校の学長を務めたわけですが、
1951年にはマールボロ音楽院、ならびにマールボロ音楽祭を創設。この音楽院と音楽祭が、のちにアメリカ音楽界を牽引する存在になるのです。
ちなみに、マールボロ音楽祭はルドルフの死後、アンドラーシュ・シフや内田光子、リチャード・グードら、彼が信頼してこの音楽祭で一緒に活動した後輩たちが後を託されました。この顔ぶれを見ても、彼らが慕い尊敬するルドルフ・ゼルキンというピアニストがどのような巨匠だったか垣間見えるというものです。




写真1:ルドルフ・ゼルキンの1988年東京リサイタルのチラシ。ルドルフが来日直前に雪の上で転倒し、公演は怪我のためキャンセルとなりました。。。


ルドルフは晩年まで、澄みきった眼差しで音楽を見つめ、重厚で真面目、頑固一徹な厳しい音楽を追求する一方(ベートーヴェンやブラームスなど)、時に天上で戯れるような、童心に返ったように純粋で無邪気な演奏をしたり(モーツァルトなど)、またはレーガーやヒンデミットなどの音楽を積極的にコンサートに取り入れるなど、20世紀半ば当時としては先進的な存在でもありました。

そんな虚飾なき精神美にあふれた演奏は、今でも多くのCDやDVDで聴くことができます。
有名な名盤としては、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲全集」(小澤征爾指揮ボストン響、クーベリック指揮バイエルン放送響)、ブラームス「ピアノ協奏曲全集」(セル指揮クリーヴランド管)、ベートーヴェン「最後の3つのソナタ」(ウィーンでのライヴ)などが挙げられるでしょうか。

村上春樹さんも、「意味がなければスイングはない」で一章をさいて、ルービンシュタインとまったく対照的な存在である、真面目で誠実な音楽家ゼルキンのことを取り上げていましたね。

先にあげた小澤征爾さんといえば、彼のドキュメンタリー・フィルム「OZAWA」の中で、ルドルフがタングルウッド音楽祭で小澤&ボストン響とベートーヴェンの第2協奏曲を弾いているシーンがあります。

見てくれはしわの多いお爺さんなのに、凄いエネルギーを迸らせた、"音楽を無我夢中で真剣にやる生き物"による名演、といった趣なのですが、小澤さんが終演後に楽屋で「先生、アナタのその凄いエネルギーは一体どこにあるの?」と笑いながら、ルドルフの上着の前を広げてのぞいている様子は見ていて実に愉しいです。そのエネルギーもさることながら、若き名指揮者と接する老巨匠のオープンな姿勢も。

・・・と、話は尽きません。。。長文にお付き合いいただき、有難うございます。

次回は、ピーター・ゼルキン「A to Z」パート2:ピーターの祖父アドルフ・ブッシュ をお送りします。お楽しみに!



【ピーター・ゼルキン ピアノ・リサイタル】
8月31日(水)7時 東京オペラシティ コンサートホール
詳細とチケットのお申し込み
ピーター・ゼルキン プロフィール


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