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2019/11/20 | KAJIMOTO音楽日記

●11/29 小菅優 Four Elements Vol.3 「Wind」 演奏曲目を予習しよう!―― プログラムノートをアップしました。


世界を構成する「四元素」をめぐる小菅優のリサイタル・シリーズ「Four Elements」。

折り返しを過ぎ、第3回を迎える今回のテーマは“風”。
小菅本人が執筆したプログラムノートを当サイトにもアップしますので、コンサート前の予習にご一読ただき、その音楽、その演奏をより深く楽しんでいただけると幸いです。
(PDF版はこちら)




 

 


「風が奮い起こす!生きなければ!」 ポール・ヴァレリー「海辺の墓地」より

「Four Elements」シリーズ、今回のテーマは「風」です。
旧約聖書の創世紀では、最初の人間アダムの誕生についてこう書かれています:「主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」人間の生命について、聖書に限らず伝説や神話の中でも、魂や霊のような目に見えないものの存在がよく出てきます。古ギリシャ語のプネウマ(pneuma)は、「空気、風、息」という語源を持っていますが、のちに「存在の原理」という意味を与えられました。そして「精神」を表すラテン語のspiritus(英語のspirit, フランス語のespritのもとになる言葉)も同じ語源を持っています。

息、風、大気、魂、命・・・今回の公演では、目に見えないものに焦点をあて、さわやかな風の描写をはじめ、ミステリアスで内面的な作品を中心に人間の心の奥深くまで探っていきたいと思います。


「フランス音楽とは、明快、シンプルで自然な技法。
そして何よりも喜びをもたらすのだ。クープランとラモー、
彼らは真のフランス人である。」
ドビュッシー1904年4月2日La Revue bleueより



まずは、風そのものを感じる音楽でスタートします。
最初に演奏する4曲は、いずれもフランスのバロック時代のクラヴサン(16~18世紀に流行した鍵盤楽器)のための作品です。当時王室で人気を誇っていたクラヴサン曲集は、最初舞曲が主流だったものの、身近な日常生活の風景や自然の描写を表したタイトル付きのものが多くなりました。

ダカン、クープラン、ラモーは共に優れたオルガン奏者でしたが、それぞれ異なったキャリアを持っていました。

まずこの中で一番若いルイ・クロード・ダカン(1694-1772)は、教養のあるユダヤ系の一家出身で、幼少時から信じられないほどの天才ぶりを見せ、6歳で国王ルイ一四世の前で演奏、8歳でオーケストラを伴う大合唱曲を指揮、12歳でプティ・サン・アントワン教会のオルガニストになりました。1727年にはラモーと競ってサン・ポール教会の仕事を自分のものにして、その後コルドリエ修道院のオルガニストだった頃、このクラヴサン曲集を書き上げました。「かっこう」はよく子供が演奏する作品ですが、私も初めて演奏したのは幼いときでした。ロンド形式のこの曲のテーマは、風が舞うような十六分音符のフィギュアをバックに、「かっこう、かっこう!」という鳴き声が常に聞こえてきます。「荒れ狂う風」は、ダカンのヴィルトゥオーゾとしての活躍がわかるように、スケールやアルペジオが鍵盤の上から下まで「狂った」ように駆け巡ります。

バッハのように音楽家をたくさん世に送り出した家系では最大の作曲家で、「大クープラン」として知られるフランソワ・クープラン(1668-1733)は、ルイ十四世、十五世に仕えたオルガニストであるほか、王室でクラヴサンを教えていました。「小さな風車」では、風の力で押されて回転する風車の動きが再現され、そこには平和な日常が目に浮かびます。

ジャン・フィリップ・ラモー(1683-1764)は、ミラノへの旅行ののち、アヴィニョン、クレルモン・フェラン、ディジョン、リヨンなどでオルガニストを歴任し、1722年から亡くなるまでパリで過ごしました。人生の前半では主にクラヴサン曲集、後半はオペラが多く、「優雅なインドの国々」や、「ダルダニュス」などの名作を残しました。
「鳥のさえずり」は一見、鳥の群れが森の中で一斉に鳴いている光景のようですが、私はこの4つの中で一番ドラマチックな作品だと思います。ホ短調という切ない調性の中、テーマをつなぐ美しい間奏と鳴り響く鼓動、そしてト長調の中間部の咄嗟の休符、そしてホ短調への自然な移行は儚い思い出を振り返るようで、この短い繊細な曲でもって、あたかもオペラのようにあらゆる感情を振り起させるラモーの才能に感銘を受けずにはいられません。

実在する鳥から、翼をもつ架空の生き物へと風の旅は移っていきます。
カラヴィンカ(日本語の音写は「迦陵頻伽」)は、仏教の阿弥陀経において、極楽に住むとされる人間の顔、鳥の体をもつ特別な鳥で、美しい声を持っています。
西村朗氏(1953- )の説明には、「カラヴィンカは、その美しい声によって仏陀の言葉を歌い、人々の魂を救済する。この曲は、カラヴィンカのイメージによって発想されたものであり、カラヴィンカの住む極楽のイメージは、京都の東寺に伝わる「胎蔵界マンダラ」から得ている。そのマンダラ宇宙は、母の胎内のようであり、様々な色彩の光や霊妙かつ官能的な香気にあふれている。そしてそこには、桃色の初々しい肌を持つ童児のような大日如来を中心に、やわらかで艶やかな御体の仏たちが集まっている。神秘的で豊満なエロティシズムに満たされた極楽宇宙である。カラヴィンカはそこに舞い、苦の現世に生きるわれわれに歌いかける。」と書いてあります。
この作品は2006年のザルツブルク音楽祭でのデビューリサイタルのために書いてくださった作品で、その後世界各地で何度も演奏させていただきました。抒情的で美しく、徐々に激しく燃えるようにクライマックスに向かい、倍音の美しい響きはまるで別世界に連れていかれるようです。

次に演奏するベートーヴェン(1770-1827)ソナタ作品31-2「テンペスト(嵐)」のタイトルの由来は、秘書シンドラーに、この作品をどう理解していいか、と訊かれたベートーヴェンが「シェイクスピアの嵐を読んで」と答えたという言い伝えにあります。直接劇のあらすじに沿っているわけではありませんが、劇の精神(復習、償い、赦し)や幻想性、そして劇的な感情は、このソナタから想像できると思います。

彼はこの作品を書いた1801~02年には難聴が悪化して自殺を考えた末、「ハイリゲンシュタットの遺書」を書くほど窮地に立っていました。しかし、芸術を残すという使命に奮い立ったベートーヴェンはその後更に意欲的な作品を書き、この作品31は今までの形式的な枠を超越した、斬新な作品です。

ドミナント(通常曲の始まりに用いられるスケールの主音から5度上がった重要な和声)の幻想的なレチタティーヴォから始まる第1楽章は、出来事を遠くから見つめる神々のコメント(提示部、展開部、再現部各始まりのレチタティーヴォ)、と、争う人間たちの嵐の模様によって、劇のようにできています。フォルテの低音で弾かれる断固と受け入れない側と、ピアノで繰り広げられる赦しを乞うような声の激しい対話のテーマは、展開部でも再現されますが、再現部ではスタッカートの和音とアルペジオの移行に代わり、よりドラマチックな展開をもたらします。
対照的に第2楽章は抒情的な落ち着いた対話です。太鼓のような左手のモチーフに支えられ、和声が展開され、第2テーマでは美しいメロディが歌われます。
第3楽章は、八分の三拍子という珍しい拍子で、常に蹄の音が聞こえ(左手のベース)、過去を振り返りながら逃亡しているような悲劇的な楽章です。最後に一度こちらに戻ってくるようで、またもや遠くに消えていってしまうようなエンディングは、まるで劇に登場する妖精のエアリエルが空気へと戻るようです・・・

プロスペローに救出され彼に仕えるエアリエルは、名前が示しているように「エア」つまり空気の精ですが、風をはじめ、四元素全部を扱える妖精です。プロスぺローは最後にエアリエルを自由にするときに、「元素(Elements)に戻って自由になれ!」と言います。

 

 


後半は印象派と、印象派の影響を受けながらも独自の世界を生み出した作曲家にスポットライトを当てます。
フランスの作曲家フローラン・シュミット(1870-1958)は、ドビュッシー(1862年生)とラヴェル(1875年生)の誕生した年の間に、ドイツとの国境に近いブラモンで生まれました。ラヴェルと同じ時期にパリのコンセルヴァトワールでフォーレに学び、ローマ賞(若い芸術家に奨学金が授与されるフランスの賞)を受賞。ラヴェル、ストラヴィンスキーやファリャとともに、パリの音楽家、作家、芸術家のグループLes Apachesの設立メンバーでもあり、そこで刺激を受けながら活動し、晩年は若い音楽家のサポートにも大きく携わり、その中にはメシアンをはじめ、日本人の作曲家矢代秋雄がいます。印象派の影響を受けながらも、彼の作品は形式がはっきりしていて細部まで明確であり、同時に官能的な色彩感も持ち合わせています。今回弾く「シルフィード(風の精)」は、1898~1911年に手掛けた組曲「薄明」作品56の3楽章で、風の精が軽々と舞う様子が落ち着きのない16分音符の動きで表現されています。

クロード・ドビュッシー(1862~1918)は19世紀から20世紀の境において最も重要なフランスの作曲家で、独自のハーモニーと音楽的語法で印象派の画家や作家が追求した理想を音楽で描いた作曲家です。そしてフランス音楽の伝統をしっかり土台として持ちながら、ワーグナーやムソルグスキーなどの影響も受け、常に新境地を拓き続けました。オペラ、管弦楽曲、室内楽、歌曲、様々なジャンルで作品を残していますが、数多いピアノ曲の中の集大成ともいえるのが、この前奏曲集です。第1巻(12曲)は、1909~1910年、第2巻(12曲)は1913年に書かれ、その中から「風」のテーマにまつわる作品を選曲しました。第1巻の2番と10番はドビュッシー自身が1910年5月5日に初演したとき抜粋された4曲の中にも含まれていました。
「帆」(第1巻第2番)を意味するVoilesは、ヴェールという意味もあり、出だしの長3度のモチーフには、「厳格なリズムでなく愛撫するように」と書いてあります。風にはためく帆と、ヴェールのように優しく撫でる風を両方の意味を示しているようです。対照的に「野を渡る風」(第3番)は速い六連音符が駆け巡り、軽やかに風が野原を吹き抜ける様子が想像できます。「音と香りは夕暮れの大気に舞う」(第4番)は、ボードレールの詩集「悪の華」より「夕べのしらべ」からの一行で、昨年Four Elements「火」で演奏した晩年の「燃える炭火に照らされた夕べ」(同じ詩集の「バルコニー」より一句)は、この前奏曲のテーマを振り返っています。メランコリックなワルツ調の色気のある曲です。激しく荒れ吹く西風が想像できる「西風の見たもの」(第7番)は、アンデルセンのメルヘン「楽園の庭」から着想を得ていると言われています。登場人物の一人「西風」は、ワイルドな性格ですが、兄弟の北風、南風、東風と違って、自分の経験を部分的にしか母親に報告しません。したがって、読者の想像力に彼の「見たもの」はほとんど任せられます。音楽では、恐ろしい、荒れ狂うような風景が想像できます。「沈める寺」(第10番)は、ブルターニュ地方の伝説をもとに書かれていて、「霧から徐々に表れる」と楽譜にあるように、海底に沈んだイスの街の寺院が姿をあらわし、聖歌や鐘の音がきこえてきたかと思えば、また沈んでしまう様子を神秘的に表しています。
そして第2巻「霧」(第1番)は無調に近く、霧に覆われてぼやけている奇妙な世界が異様な雰囲気を漂わせています。
「不可侵の美とは何か?


指の筋肉だけからだけではなく、心の熱を通ってきた軌跡をどの音からも期待したい。」
(ヤナーチェク、1924年3月18日ベルリンターゲブラットより)


チェコの国民楽派の作曲家として知られるレオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)は、プラハやドイツのライプツィヒで勉強し、民族音楽、そしてスラブ民族の原点のロシア音楽と、ロシア語を研究し、「イェヌーファ」、「利口な女狐の物語」などの素晴らしいオペラを残しました。
ヤナーチェクは「イェヌーファ」を書いている途中、病弱の21歳の娘を亡くしてしまいます。そして「イェヌーファ」の上演を、生まれ故郷のブルノでは承諾されるものの、プラハへの進出は閉ざされてしまいました。その後「運命」という新しいオペラに専念しますが、このオペラの上演も断られてしまい、ブルノに引きこもります。その時に書かれた作品がこの「霧の中で」で、彼のとても個人的な世界がそこにはあります。印象派の表す描写的な霧を表しているわけではなく、58歳(1912年作曲)のヤナーチェクの心の霧なのではないでしょうか。

この作品は4つの曲に分かれていますが、一つのソナタのような繋がりがあります。ドビュッシーなどの印象派の影響は否定できませんが、オペラ的なヤナーチェク独自の激しい感情が滲み出ています。常に断片的で終わりのないメロディや、小節を崩すような不規則なリズムが、「霧」のヴェールのように全体を覆う「色彩」を浮き上がらせています。第1番はメランコリックなメロディがこの曲全体の雰囲気を表していて、中間部では流れるようなフィギュアとともにコラールが歌われます。第2番は問いかけるような和音のモチーフが、嵐のような速いパッセージによって中断されます。第3番は童謡のようなメロディが空気の中に消えていくようで、途中dolente=悲しいコラールが民族的なリズムの中で訴えてきます。第4番ではレチタティーヴォのようなモチーフが常に繰り返されます。その間には、過去を振り返るような残酷な悲鳴、そして険しい道のりを歩くようなパッセージがクライマックスへと向かっていきます。その滝のような残酷なモチーフとともに、第3番のコラールがふたたび繰り返され、そして最後は(断固としたフォルテで)最初のモチーフに戻るのです。この終わりには、どんなことがあってももがき続け、しかしまた立ち上がる人間の強さを感じます。


病との闘いの中、芸術という使命のためにまた生きる力を見出したベートーヴェン、そして挫折を重ね、死の悲しみを乗り越え、独自のスタイルを見つけ闘いつづけたヤナーチェク。冒頭のヴァレリーの詩のように、奮い起こす見えない力によって、私達は「生きなければ」と毎日人生と向かいあっています。どんな葛藤があるにせよ、命を授かったことは素晴らしいことではないでしょうか。人間の力によって残された作品の、それぞれの魂を感じるような風を巻き起こしたいと思います。



小菅優ピアノ・リサイタル
Four Elements Vol.3 Wind

2019年11月29日 (金) 19:00 開演 (18:30 開場)
東京オペラシティ コンサートホール
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