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2011/11/12 | KAJIMOTO音楽日記

●P.ヤルヴィ&パリ管、来日直前特別編その3―― 音楽都市「パリ」と今回のプログラム(後編)

パーヴォ・ヤルヴィ&パリ管来日まで1週間を切り、今度は20世紀プロ(メシアン、ラヴェル、ストラヴィンスキー)の方の話を。

いや、パリという街は・・・行ったことはないのですが(汗)・・・話を聞いてもテレビで見ても本で読んでも、こうして音楽について触れていても、いつも自由で新しい風の吹いている街だなー、と思わずにはいられません。今パリに住んでいる日本の有名人、例えば中山美穂さんや雨宮塔子さんのエッセイを読んでいても、それをとっても強く感じることが多く、パリに憧れる人が多いのもよくわかります。





さて、パリ管の前身=パリ音楽院演奏家協会管弦楽団(だけではないですが)が築いてきた「新しい創造」の伝統は、19世紀から20世紀に入っても途切れず、パリはますます先進的な音楽都市になっていきます。19世紀終わりにはフォーレがパリ音楽院の学長を務め、若き音楽家の卵の中には、創造精神を刺激されて伝統から大きく自由に逸脱していくドビュッシーやラヴェルの姿もありました。20世紀に入るとメシアンも登場します。美術においては印象派の絵画が大きく広まっていった頃です。
そうして20世紀初頭、パリの芸術の先進性はあることでまた一段とステップ・アップ、またしても「キセキの時代」を迎えます。天才興行師ディアギレフ率いるバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)の登場です!

「誰も見たことのない新しいバレエを創る」
鼻息の荒いこのカリスマ大プロデューサーによって、様々な分野から偉才がこの活動に参加します。音楽家ならストラヴィンスキーをはじめ、ドビュッシー(「牧神の午後への前奏曲」「遊戯」)、ラヴェル(「ダフニスとクロエ」)、サティ、プーランク、ミヨー、ファリャら、舞台美術にはコクトー、ピカソ、ユトリロ、マティス、他にもココ・シャネルの名まで!(そういえば先日「シャネルとストラヴィンスキー」という映画が話題になりましたが、まさにこの時代のもの)
パリは文化の一大ターミナル・エリアと化していました。

ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」が誕生したのはまさにこの真っ只中。ディアギレフは、特にこのロシア出身の天才コスモポリタン作曲家に白羽の矢を立てていたのです。

***

ところで話は変わりますが、「ペトルーシュカ」・・・「春の祭典」や「火の鳥」もそうですが、これらの曲の演奏には大きくいって2つの両極スタイルがあると思います。
一つはストラヴィンスキーの幾何学的なドライな音構造やリズムを、正確な秩序と精密な音・音楽作りで透明なモザイク画のように描いていく演奏。
(例: ブーレーズやサロネン、ケント・ナガノらの指揮)
もう一つは、彼のルーツであるロシアの情緒、大地の匂いなどを前面に押し出す濃厚な演奏。(例: ロシア人の故・スヴェトラーノフやゲルギエフらの指揮。先日、テミルカーノフ&サンクトペテルブルク・フィルが来日した折、「春の祭典」をこうしたスタイルの演奏で聴きてを圧倒したようですね)
度合いがどうであれ、大体の演奏はこの両極を結ぶ弧の中にあるのだろうと思います。

そして多分、この両極が完全に両立されればさぞや素晴らしいものになるのではないかとイメージしてしまうわけですが
(初演したモントゥの指揮するパリ・シャトレ座のオーケストラはどうだったのでしょうね。パリ管の血にはその先輩たちのDNAも入っているハズです)、
さて、パーヴォ・ヤルヴィならどうでしょう?
これまでのドイツ・カンマーフィルとの、ベートーヴェン演奏における音のテクスチュアのシェイプぶりとか、反面他のオーケストラとロマン派作品でのドラマティックで豊かに描写した演奏ぶりなどを思い起こすと、これはきっと「両立」した演奏が出来るのでは!?といやが上にも期待してしまうのですが、皆様はどう思われますか?

パーヴォは先日アップしたインタビューの中で「ペトルーシュカ」について、
「自分は駆け出しの頃、バレエの指揮を多くしてきて、ピットで『ペトルーシュカ』を何度も振ったおかげで、この曲を"新しい音楽"というアカデミックな視点だけで捉えることができない。完全に劇音楽、視覚的な音楽として目に浮かぶ」
と語っていましたが、さて。

***

「ペトルーシュカ」について長くなってしまいましたが、パリも1930年代になるとディアギレフ&バレエ・リュスの影響下からやや離れる中、ラヴェルももう晩年―― とはいっても55歳ですが、彼は62歳で亡くなったので――「ピアノ協奏曲」を作曲します。 近代フランスの精緻なテクスチュアと古典的な"かたち"の精神を前提に、「ジャズ」など、ラヴェルのもつ膨大なひき出しから選りすぐられた音を使いこなされた名品が、1931年に完成します。

そして、そのわずか1年前に、若きメシアン(22歳)が彼の生涯を貫くキリスト教への信仰を存分に注ぎ込んだ――そして独自のまばゆい極彩色のオーケストレーションが熱く輝く「忘れられた捧げもの」が完成しています。
この「忘れられた捧げもの」。チョン・ミュンフンが若い頃からよく日本でも指揮していたので結構有名になったのではないかと思いますが、
悲痛な悲しみ → 凶暴な絶望 → 祈りと愛 といった静-動-静のわかりやすいシンメトリックな曲で、後の「トゥランガリラ交響曲」や、晩年の「彼方の閃光」などと一緒で、誰が聴いてもすぐに「メシアンだ!」とわかる響きが、ここで既に聴くことができます。
きっと、光彩あふれるパリ管サウンドによって、「これこそメシアンだ!」と、さらに聴きてを説得してくれるのではないか、とすごく期待するところです。

作曲の順は逆なれど、
こうして奇跡的な一時代―― 20世紀初頭パリが生んだ3曲の名品を、ぜひパーヴォ・ヤルヴィ率いるパリ管で愉しんでいただければ大変嬉しいです。


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