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2018/10/26 | KAJIMOTO音楽日記

●NDRエルプフィル来日前に ―― 戦後の理想と夢をのせたオーケストラ創設のこと


NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団の来日公演があと1週間と迫ってきましたが、11/2(金)に出演予定だったエレーヌ・グリモーが来日不可能となり、ソリスト変更となったことは、本当に申し訳ありません。
しかし、ウィーンの名匠として名高いルドルフ・ブッフビンダーが代役としてベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を弾いてくれることとなり、ぜひウィーンを代表する名手+北ドイツのオーケストラの雄の共演をお楽しみいただければ幸いです。





さて、NDRエルプフィル(以下NDR)・・・旧称ハンブルク北ドイツ放送響・・・1945年の創設時は北西ドイツ放送響という名称でした・・・の成り立ちをおさらいしていますと、改めてその結成には夢と理想があったのだなあ、と半ば感動しておりました。第二次世界大戦後、ぼろぼろに疲弊しきったドイツの復興の最中、まさに夢と理想をもって前進しようとした人々がいたのです。

1987年のNDR初来日時(指揮者はなんとシャルル・デュトワと朝比奈隆!)の公演プログラムに掲載された、藤田由之さんの文章を読んでみますと、こうあります。

「イギリス占領軍政府の管理下にあったハンブルクの放送局は、1945年の初夏に、早くもそこに専属のオーケストラを創設することを企て、ただちにその準備に入った。学芸部に所属するふたりのイギリス人将校は、それを託すべき音楽家として、当時エルプマルシェの小村の農家に身を寄せていたハンス・シュミット=イッセルシュテットに白羽の矢をたて、彼のもとを訪れた。かれらは、すでにこの名指揮者のことについてかなりよく知っていたが、さらに詳細にいろいろ訊ねた上で、このオーケストラの結成に力をつくし、その首席指揮者となることを彼に要請したのであった。シュミット=イッセルシュテットは、戦前から各地にあった放送管弦楽団のようなものではなく、ロンドンのBBCやニューヨークのNBC、そしてパリのフランス国立放送のオーケストラなどに匹敵するものを想定しているなら、という前提のもとにそれを受諾した。担当の将校たちも、かれらの意図が一流の交響楽団を創設することにあり、かつてのドイツの放送管弦楽団とはその背負う使命からすでに異なるものであることを強調したといわれている。
シュミット=イッセルシュテットとかれらは、早速、夏のさなかにドイツ軍の残余の部隊が拘束されている封鎖地区を車でまわり、兵士たちの間に回覧文をまわして、かつてシンフォニー・オーケストラや歌劇場の楽団で活躍していた優秀な団員たちに呼びかけた。シュミット=イッセルシュテットは、この新たな企てを、みずから“わが夢のオーケストラ”と呼んでいたが、厳正なオーディションによってそれを現実化するための基準について、創設後10年を経た1955年に、次のように回想している。すなわち、弦楽器については、ベルリン・フィルとウィーン・フィルをプラスしたものを想定し、管楽器については、(あまり非現実的な理想とならないように)アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団とボストン交響楽団の水準をもうひとつ高めたものを考えていたというのがそれである。ひきあいに出された楽団がどうだったかは別として、彼のこうした理想が、現実のオーケストラの上に結実したことは、その後のかれらの活動のすべてがそれを物語っているといってよいであろう」


ここには当初、ベルリン・フィルの元コンサートマスターだったエーリッヒ・レーンや、首席チェリストだったアルトゥール・トレスターも在籍していました。

こうした成り立ちから始まった、現NDRエルプフィルは、強靭で重厚な響き、ソロ奏者たちの妙技、そして進取の気質を備えた、今を代表するオーケストラとなったのです。
どうぞ、そんな名楽団による、次期首席指揮者アラン・ギルバートとの今回の来日公演にご期待ください!


*なお、同団が京都公演を行う京都コンサートホールのWebサイトでも、今回のツアーについて充実した企画連載をしておりますが、その中で、NDRエルプフィルのメンバーの一人、ヴァイオリニストの石川素美さんのインタビュー記事が掲載されておりますので、ぜひお読みください。
http://blog.kyotoconcerthall.org/archives/864


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