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2014/04/22 | KAJIMOTO音楽日記

●6月来日!ネゼ=セガン&フィラデルフィア管を巡る対談

続々とお伝えしております、6月に来日するヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団来日公演関係のニュース、
今回は、「やっぱりオーケストラ」と称し、以前公演会場等で配布をしておりました対談記事を改めてwebにアップ致します。

音楽評論家の奥田佳道氏と柴田克彦氏が、弊社スタッフを交え、
フィラデルフィア管弦楽団の伝統のこと、飛ぶ鳥を落とす勢いで指揮界を驀進するネゼ=セガンのこと、そして今回の公演の聴きどころなど、存分に語っていただきました。

では!

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柴田(聞き手、以下「柴」): まず、2012年にフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督に就任したヤニック・ネゼ=セガンの話から始めたいと思います。奥田さんが初めて彼の指揮を聴かれたのは?



奥田(語り手、以下「奥」): 2008年夏のザルツブルク音楽祭でのグノー《ロメオとジュリエット》です。ただ正直に告白すると、主役のネトレプコ(マチャイゼが代役となった)とヴィラゾンに惹かれて行ったら、指揮がネゼ=セガンだったという(笑)。オーケストラは、ザルツブルクのモーツァルテウム管弦楽団。そのとき彼を初めて聴いて感心しました。若干ローカルなイメージのあるモーツァルテウム管が、色彩豊かな音色を奏でていましたし、楽員たちが指揮者を見ながらにっこりする瞬間がこれほど多いオペラ上演も珍しい。モーツァルテウム管がこんなに上手いのか!?とも思いました。

: 他に印象的だった演奏は?

: 2011年ミラノ・スカラ座の同じプロダクション、それから2013年のロッテルダム・フィルの来日公演も印象深かったですね。この楽団が指揮者との相乗効果で盛り上がっているのを実感しました。あとは同楽団とのチャイコフスキー「悲愴」他のCD(ユニバーサル)。これはヴァイオリンのバティアシュヴィリが弾く歌曲での彼のピアノがまた素晴らしい。柴田さんは?

: 私は彼が2008年にロッテルダム・フィルと来日した際も聴いているのですが、2013年の公演ではシューマン「ゲノヴェーヴァ」序曲の一体感のある響きを耳にした瞬間に、大きな進化を感じました。ただ私は、METの映像で観たガランチャ主演の《カルメン》のインパクトが最も強烈です。歌も凄かったけれど、音楽全体がとても躍動的で、熱く訴えかける密度の濃い演奏でした。

: いま言われた“躍動感”が、彼のキーワード。《ロメオとジュリエット》の数々の舞曲でも、溌剌というだけでない、ロマンティックな躍動感が表出されていました。《カルメン》の妖艶な躍動感も然り。彼は若いのによくやるといったレベルを超えた、雰囲気作りの上手さをもっていると思います。ですから私は、オペラ指揮者ネゼ=セガンの印象の方がはるかに強い。オペラに新しい感覚の人が出てきたのを感じます。

: 日本ではこうした気鋭指揮者のオペラは若干盲点になっていますよね。

: アンドリス・ネルソンスや、いまバイロイトで《ニーベルングの指環》を振っているキリル・ペトレンコなど、1昔のカペルマイスター気質とは異なる感覚をもった30代のオペラ指揮者勢の中に、フランス語圏(カナダ)のネゼ=セガンがいる。その彼がフィラデルフィア管の音楽監督になったことで、シンフォニックな部分の構築とオペラ的なドラマの作り方がどんな風に融合されるのかというのが、今回の楽しみですね。

: 今回の話が出たところで、フィラデルフィア管についても語って頂きましょう。

: 私が初めて生で聴いたのは1981年、オーマンディ指揮するチャイコフスキーの交響曲第5番等のプログラムでした。ただ当時は10代で、とにかく憧れのサウンドを体験し、後に本拠地アカデミー・オブ・ミュージックに行って、この響かないホールだからこそ輝かしい音が生まれたのだと感じました。逆説的ですけど。



: 私は、1978年のオーマンディとの来日公演を聴きましたが、NHKホールの3階頂上付近の席だったので、豪華なミニラジオのようでしたね(笑)。むしろその後ムーティ指揮で聴いた「火の鳥」組曲で、一瞬音が消えて弱音から立ち上がる最終場面の凄みに感嘆しました。あとエッシェンバッハがフィラデルフィア・サウンドを蘇らせ、デュトワが煌めきを復活させたといった印象ももっています。





: 2001年に近代的なキンメル・パフォーミング・アーツ・センターに移ったのも大きな転換期だと思います。それとデュトワはフィラデルフィア管の夏のサラトガ音楽祭の音楽監督が長く、彼のような近代フランス音楽のパレットの職人との相性はいい。ただ日本にはそうした情報が入らない時期があったのも事実で、我々は彼らの姿を正確に把握していないのではないかと思うのです。それに日本では、アメリカのオケに対して偏った刷り込みがありますよね。



: 何しろボストン響などの“ヨーロッパの香りを残す”というのが褒め言葉ですからね。フィラデルフィア管を褒めるにしても、2“ゴージャスなフィラデルフィア・サウンド”の一点だけで、音楽表現はほとんど斟酌されていない。

: ボストン響とクリーヴランド管だけが、日本の“ヨーロッパ信仰”の中で救われていて、シカゴ響やフィラデルフィア管などは、熱烈なファンがいる一方で、結構な数のファンがその個性や魅力に気がつかなかった歴史もあるでしょう。ですから真の個性に正面から向き合って来なかった、ともいえるかもしれません。いま我々は、真にオープンな感覚で向き合わなければいけない、今回は虚心坦懐にライヴに接したいと、自戒を込めて申し上げたい。

: 今回のプログラムに関してはいかがでしょう?まずはチャイコフスキー・プロから。

: 先に挙げた「悲愴」のCDのライナーノーツで、ネゼ=セガンは「音楽との出会いが『悲愴』だった。少年のときこれをメータ指揮のモントリオール響で聴き、その後オーマンディ指揮のフィラデルフィア管のCDを買ってもらった」と語っていますので、思い入れも強い。CDを聴くと「悲愴」の全楽章をアタッカで続けて演奏し、ドラマの展開を鮮やかに浮き彫りにしています。スタイリッシュな部分もあるし、華麗というよりも流麗。今回も、ロシアの指揮者とは違った、音の粒子がキラキラと飛翔するような音楽、詩情溢れるチャイコフスキーを期待したいですね。

: 「悲愴」のCDは、最後のコントラバスの動きがはっきり聴こえるのが印象的。そうした細かな部分が、フィラデルフィア管ならばより明確に表現されるでしょう。そこも楽しみにしたい。

: ソリストの諏訪内さんはとにかくいま非常にクオリティが高いので、ヴァイオリン協奏曲も必聴です。何れにしてもチャイコフスキーの方はもう勝負プログラムですよ。



: モーツァルト「ジュピター」と、マーラー「巨人」の方は?

: オペラ指揮者としての手腕がどう発揮されるかが聴きどころでしょう。例えばモーツァルトにしても彼が《ドン・ジョヴァンニ》のレコーディングなどで培ってきた、オペラを知る人のシンフォニーが期待できます。フィラデルフィア管でモーツァルトを演奏したら今までとイメージ違う……といったカラーが出れば、それこそ意図したものではないかと。またフィラデルフィア管のような一流オーケストラが彼を抜擢した背景には、真っ当なレパートリーをきちんと仕上げてくれるという期待感も当然あると思いますので、有名交響曲ではその完成度も注目点。それにマーラーは、ライヴにおけるネゼ=セガンの新境地を聴く興味もあります。

: 「悲愴」もそうですが、特にマーラーでは、フィラデルフィア管の有名奏者たちの名人芸を味わえますね。

: まずはサイトウ・キネン・オーケストラや水戸室内管に来ているクラリネットのリカルド・モラレスがいて、PMFの卒業生で日本でもおなじみのファゴットのダニエル・マツカワも、米国オケの日本人管楽器奏者の先駆けであるピッコロの時任さんもいる。管楽器にはスター・プレイヤーが揃っています。そうそう、コンサートマスターのデイヴィッド・キムも有名。対等の関係で臨むであろうネゼ=セガンと彼らの交歓も見どころです。

: 新コンビの日本初公演への期待は大きいですね。

: いま欧米のオーケストラが若手に重要なポジションを任せています。ネルソンスやソヒエフはじめ30代から40代前半の、昔なら若手と言われた指揮者の完成度は、我々が思う以上に高いのかもしれない。その意味で今回は、いまオーケストラ界で起こっていることをリアルタイムで体験する――これもひとつのキーワードにしたいですね。ネゼ=セガンとフィラデルフィア管がいかなる相乗効果を起こすのか? あの絢爛豪華な響きが、果たしていま新世代のもとでどうなっているのか? 非常に楽しみです。そしてまたネゼ=セガンは2014年で39歳。伸び盛りで評価の高い指揮者の30代の集大成を聴く意義も大きいと思います。

(2013年12月9日 代官山蔦屋にて)




<ネゼ=セガン指揮 フィラデルフィア管弦楽団 2014年ツアー>

6月2日 (月) 19:00 開演 サントリーホール(詳細)
  チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35(ヴァイオリン: 諏訪内晶子)
  チャイコフスキー: 交響曲第6番 ロ短調 op.74 「悲愴」

6月3日 (火) 19:00 開演 サントリーホール(詳細)
  モーツァルト: 交響曲第41番 ハ長調 K.551 「ジュピター」
  マーラー: 交響曲第1番 ニ長調 「巨人」

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