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2014/03/17 | KAJIMOTO音楽日記

●3/16アンドラーシュ・シフ「東北に捧げるコンサート」を聴いて

昨日3月16日サントリーホール。「東北に捧げるコンサート」と題してアンドラーシュ・シフのピアノ・リサイタルが行われました。シフのこの日の出演料とプログラム売上は全額寄付、ということ以上に、まずベートーヴェンが最晩年に到達した「祈り」が充ちる楽曲―― op.126の「6つのバガテル」、op.111の「ソナタ第32番」(最後のソナタ)、そしてop.120の「ディアベッリの主題による変奏曲」を一回のコンサートで弾く・・・というところに、何よりもマエストロ・シフがこのコンサートにかける並々ならぬ決意と姿勢が現れていました。



さて、このコンサートにシフが選んだピアノは、サントリーホールにあるベーゼンドルファー。ここの大ホールでは滅多に使われることはないのですが、前日の入念なピアノ選びで、自分がこれらの曲をこのホールで弾くにはこのベーゼンドルファーが相応しいと判断したとのこと。そして昨日聴かれた方にはおわかりのように、素晴らしく純粋で、それこそ至純で驚くべき多彩な音色が響くこととなりました。これはシフのピアニズムはもちろんのこと、1日でこの楽器をここまで高めた調律師のロッコ・チケッラ氏にもぜひ大きな拍手を贈っていただければ。
(チケッラ氏は1999年以来、シフの来日公演にはいつも同行しています。文字通り寝食を忘れて、口数少なくピアノに没頭する素晴らしい職人さんです。イタリア人の音色に関しての鋭敏さにはいつも脱帽します)

いちスタッフの文章力では、とても昨日のシフの演奏を言葉にすることなどできないのですが、たとえば前半の「ソナタ第32番」の第2楽章。変奏が進んでいくにつれ、音域が高い方へと移っていき、三連符が次第に細かいトリルとなってさらに高みへと・・・。音が物理的に高くなっていくとともに、天国に向かっていくようなこの終局が、シフのほとんど神々しいくらいのピアニズムによって、本当に天上の音楽となって会場中が祈りの光に包まれる・・・
といったような形容は、昨晩いらっしゃったお客様にもご納得いただけるのではないでしょうか?

そして後半の「ディアベッリ変奏曲」。これもそんじょそこらのピアニストが弾いたら訳のわからない曲にしか聞こえなくなる、といった可能性もある超大曲です。弾くピアニストを選ぶ曲です。なにせテーマと33の変奏で50分もかかるのですから!
しかしシフのこの上ないピアニズムと知性は、この長大な難曲を“あっという間”に感じさせるくらい、面白く多彩な、音の面はもちろん、人の感情のあらゆる喜怒哀楽を描いてのけました。「統一」と「多彩」という2つの相反する要素を完全に一つのものとして両立させる、というのは言葉で言うほど簡単ではありません。

シフの演奏というのは、実は細かいところで耳慣れない変わった(?)ことをしていることが結構多いのですね。でも、それがとってつけたものではまったくなく、自発的に自身の深いところから湧き出してくるからなのか、彼の音楽への真剣でヒューマンな姿勢がそうさせるのかはわかりませんが、結果、とても自然に響く。正統的なものとして。さらに言えば、親しみやすい明朗なものとして。決して求道的な姿勢が聴く人を選び、排する雰囲気にはならない・・・これがとても魅力的で、偉大なことだなあ、と思います。

「ディアベッリ変奏曲」に戻りますが、この曲はかねがね、あの簡素なテーマ(ところで「ソナタ第32番」の第2楽章のテーマと音型が同じです。ド-ソ、レ-ソ・・・)が発展・変容して、歓喜、悲しみ、諧謔、苦悩などを経て、最後には静かな平安へと導かれる・・・というこの音楽のありようが、人の「人生」そのものじゃないか、と思えるのですが、昨日のシフの演奏ほど、そう思えたことはなかったです。皆さんはどう思われましたでしょうか?もちろんシフの音楽家としての最高の力量と全人格が尽くされてのこと。最後のハ長調の和音(第3音であるミの音が最高音にあるというのが印象的です。完結したけど完全に終わりではなく、どこか開かれている、といった・・・)が長く、永遠に思われるほど長く引き伸ばされた中、本当に強い祈りを感じずにはいられません。
そして、あの日を思い、さすがに涙を抑えることができませんでした。

アンコールには、J.S.バッハ「ゴルトベルク変奏曲」のアリアと、ベートーヴェンの「ソナタ第30番」op.109(なんと全曲!!)が弾かれました。もちろんお分かりの通り、音楽的にも精神的にも意味のある選曲です。そしてこの2つのアンコールの間に、シフはスピーチをしました。
以下、その主旨です。(実際のスピーチとは、使った言葉、順序が違っていますが、お許しください)

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「3年前、遠くヨーロッパで、大きなショックとともに東日本大震災のニュースを聞きました。そしてその後、日本の方々が力を合わせて困難を乗り越えている姿を、尊敬とともに見てきました。世界に向けて素晴らしい模範を見せて下さったと思います。

失ったものは残念ですが、取り戻すことはできません。しかしながら思いを馳せることはできます。もちろん政治や経済が『復興』に尽力していると思いますが、最も重要なのは、人々による思い、思いやりだと思うのです。新しい生命、希望が生まれる未来があります。私たちはギブアップしてはならないと思います。

『ゴルトベルク変奏曲』のアリアをアンコールで弾いたのは、バッハの模範なしに、ベートーヴェンが『ディアベッリ変奏曲』を書くことはあり得なかったからです。そしてベートーヴェンは、この頃作曲した『ミサ・ソレムニス』において“心から出、心に入らんことを”と書きました。
さあ、最後にベートーヴェンに戻りましょう。今度は同様に『ミサ・ソレムニス』と密接に関連がある『第30番op.109』を弾きます」


***

このシフによる「東北に捧げるコンサート」。これだけたくさんの方に来ていただき、“祈りの音楽”を皆さまと分かち合えたこと、本当に感謝しております。
たくさんのブログやツィートなどを拝見しておりましても、「生涯忘れ得ぬコンサートとなった」という言葉がキーワードのように目に止まりました。どうかこの思いが東北に届きますように。


首都圏で聴けるアンドラーシュ・シフのコンサート、あとは3月19日(水)の東京オペラシティ公演のみ。今度はメンデルスゾーン&シューマンのロマン派プロです。
(21日の同プロ、神奈川県立音楽堂の公演は完売です)
ご期待下さい!


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