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2016/09/03 | ニュース

◆ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭2016の模様をレポート!Vol.1


南仏プロヴァンスの田舎町で開かれるヨーロッパ最大級のピアノ・フェスティバル「ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭」が今年も大盛況のうちに閉幕しました。現地を訪れた音楽ジャーナリストの林田直樹さんによるレポートをお楽しみください!


ルネ・マルタンの原点~ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭

南仏プロヴァンスの山岳地帯にある、リュベロン地方自然公園。ここは、世界中にプロヴァンス・ブームを巻き起こした英国の作家ピーター・メイルが愛した、夢のように美しい場所である。ぶどう畑やオリーブ畑、プラタナスの並木がどこまでも続き、5,6キロおきに中世の雰囲気を残す美しい村が点在する。その麓にある小さな村が、ラ・ロック・ダンテロンである。マルセイユの空港から内陸に向かって車で1時間ほどだ。

いまから36年前、ロシアの大ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルと、若きルネ・マルタン(のちにラ・フォル・ジュルネで日本と深いかかわりを持つことになる)が共になって、村人たちの全面的な協力のもと始められたラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭は、ピアノを愛する人にとって奇跡のような冒険的着想からスタートした。

森に囲まれた池の上でピアノ・リサイタルを開いてみたらどうなるか?

リヒテルは神秘主義者である。通常のリサイタルでも、客席の明かりは全部落として、ピアノの上にだけ小さな明かりを置く。闇の中で人々は息を凝らしながら演奏に聴き入る。大都市から大都市へ飛行機で向かうのが当たり前な時代、リヒテルは地方都市や田舎の村を好み、修道院や穀物蔵などで「ここで演奏会をやろう」と言い出すようなところがあった。そんなリヒテルからの影響があったからこそ、ルネも池の上でのピアノ・リサイタルという突飛な考えが浮かんだに違いない。そしてリヒテルも大いにそれを喜んだ。やってみようじゃないか!

ルネには確信があった。ここには音楽に必要なすべてが揃っている。静寂な森、草原からの風、鳥や動物や虫たち。そういった自然に囲まれながら、ベートーヴェンやショパンを生で聴けたら、どんなに素敵なことだろう。

ルネは行動力と情熱の人である。その根底には音楽への強烈な愛情がある。その熱意に動かされて、村の人々の全面的な信頼があった。ここには南仏の素晴らしいワインや山羊のチーズ、色とりどりの美味しい野菜もある。近くにはカミュやゴッホの愛した村もある。中世からの伝統を色濃く残した教会もある。この夢のような場所で、理想のピアノ音楽祭を実現すること。

「よし、ここでやろう!という閃きがあったんです」
とルネは語っていた。その理由のひとつが、壮大なプラナタスの並木に加え、樹齢百年以上はあろうかというセコイヤの巨樹群が池を取り囲んでいることであった。樹木のエネルギーが、音楽に力を与えてくれる。そんな神秘主義的な考え方を、あなたはどう思われるだろうか?

ルネは、ピアノ・メーカーの技術者たちの全面的な協力をも取り付けた。リヒテルを筆頭に、バレンボイムやアルゲリッチなど、偉大なピアニストたちが続々と集まってくるなら、スタインウェイもベヒシュタインも喜んで協力する。池の上だろうが何だろうが、完璧に調整されたピアノを用意する。リハーサルには12台のピアノを提供し、当日の朝何台でもステージに並べて、弾き比べたっていい。それを観客は自由に無料で見学することもできる。
いまやラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭は、世界中の名ピアニストたちが出演したがる、世界屈指のピアノの祭典となった。新たな若い才能の見本市ともなった。それはただステイタスだけが理由ではない。音楽と自然が共存する、あの稀に見るような雰囲気が大切なのだ。
ピアニストたちはみな、家族を連れてここにやってくる。ただ仕事をするためにホテルと演奏会場を往復する演奏家の日常とは違う、人生にとって大切な何物かが、ラ・ロック・ダンテロンにはあるからだ。

ラ・フォル・ジュルネでクラシック音楽の無限の豊かさが大衆にあふれんばかりに共有される空間の素晴らしさに共感したすべての人に知っていただきたいのは、その原点には、ラ・ロック・ダンテロンがあったということである。
大都市のコンサートホールから、音楽を自然の中へと連れ出して、青空の下で、夜空の星の下で、それを楽しむこと。池の上から水面を微妙に共振させながら広がっていくピアノの音響が、鳥や虫たちの声とともに森を満たしていく空間に身を置くこと。
あの幸福感と、ラ・フォル・ジュルネは、深いところで確かにつながっている。


林田直樹

 


 

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