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2017/07/24 | KAJIMOTO音楽日記

●ピーター・ゼルキン 「ゴルトベルク変奏曲」を弾く (インタビューVol.3)




ミェチスワフ・ホルショフスキとの《ゴルトベルク変奏曲》のレッスンは思い出深いものです。全曲を一気に聴いていただくことになり、私が最後のダ・カーポのアリアを弾き終えたとき、彼はしばしの沈黙ののちにこう述べました。「バッハはなんて心の広い人なのだろう!」

バッハの多くの鍵盤作品は、チェンバロ、クラヴィコード、オルガン、ピアノで演奏することができます。じっさい、バッハ自身も幾つかの自作をジルバーマン製作のフォルテピアノで弾きました。

ごくまれに、「チェンバロのような2段鍵盤のピアノがあったらいいのに」「ピアノにもオルガンのような足鍵盤がついていればいいのに」と、もどかしく思うことがあります。しかしピアニストも、それらをクリアに想像しながらバッハの作品を演奏することはできます。それはピアノという楽器が、合唱や木管楽器や弦楽四重奏やオーケストラの音色を、聴き手に想起させることができるのと同じことです。

リサイタルの前半に配した2曲は、いずれもモーツァルトの後期の作品であり、とりわけ深遠な、素晴らしい音楽です。すべての音が、途轍もない雄弁さと深い意味を湛えています。

今回のリサイタルで演奏するモーツァルトとバッハの作品のような、大胆で独創的な音楽は、演奏者に熟慮を求めます。ある意味では、私たち音楽家は自分だけの力で、これらの作品に真剣に対峙しなければなりません。しかし同時に、恩師たちの存在が無ければ、今の私はありません。そこにはピアノの師はもちろん、私に大きな影響を与えた多くの音楽家たちも含まれます。特にここで名前を挙げておきたいのは、パブロ・カザルス、マルセル・モイーズ、ミェチスワフ・ホルショフスキ、父ルドルフ、カール・ウルリッヒ・シュナーベル、アレクサンダー・シュナイダー、オットー・クレンペラーです。演奏家が個性を育まなければならないことは言うまでもありませんが、一方で私は、恩師たちや、これまでともに仕事をしたすぐれた現代作曲家たちから、「音楽的移植」とも呼べるような、ある種の「伝授」を受けたと実感しています。彼らと近しい関係になれたことは、幸運で光栄であったと思っています。霊感に富んだ傑作をこれほど寛大に残してくれた過去の偉大な作曲家たちへの畏敬の念も、決して忘れてはなりませんね。


(終)

(2017年6月 聞き手: KAJIMOTO)
 

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