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2016/09/16 | ニュース

◆ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭2016の模様をレポート!Vol.3(最終回)


音楽ジャーナリスト、林田直樹さんによる「ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭」の現地レポートも最終回。
今回の読みどころは、ぞくぞくとここに現れる名ピアニストたちと、いよいよ登場した井上道義&オーケストラ・アンサンブル金沢!

それではどうぞ!

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いまをときめくピアニストたちの熱い競演~ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭


ルネ・マルタンの名はラ・フォル・ジュルネによって日本ではもっぱら知られているが、36年続くラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭の全体を統括するプロデューサーとしての彼の顔は、いわば「世界最高の鍵盤楽器奏者の目利き」である。

ルネのアンテナは、ピアノ、チェンバロ、オルガンに至るまで、いまどんな奏者が一番面白いのか、生きの良い新人が飛び出してきているのか、注目を続けるに値する中堅やベテランは誰なのか、常に最新の情報をキャッチしている。古い権威や人気に惑わされず、少しずつのアップデートを怠らない。

ラ・ロック・ダンテロンに呼ばれるということは、ピアニストにとって最高のチャンスであり晴れ舞台を意味する。ここに出演することは一流の証明である。なぜ今年は呼ばれなかったのか、それを気にするピアニストも多いと聞く。

晴れ舞台といっても、カーネギーホールやサントリーホールのような優れたコンサートホールとは違い、野外開放型のリラックスした場所である。お客さんもリゾートを兼ねてのんびりと音楽を楽しむために集まってくるから、独特の親密な雰囲気がある。これまでも書いたように、神経質な緊張感とはおよそかけ離れた、自然の中で音楽を謳歌する場所なのだ。それはピアニストにも多くの満足感と芸術的なインスピレーションを与えてくれる。
大切なのは、ここが多くの人に愛され、36年も継続され、そしてパリなどの大都会からお目当てのピアニストを求めて、遠路はるばるやってくる人もいるという点だ。いまやラ・ロック・ダンテロンは、ルネ・マルタンという目利きの眼を通した、ヨーロッパ最大の鍵盤音楽の見本市でもある。

さて、今回の滞在では、以下の面々によるコンサートを聴いた。
ダヴィド・フレイ、フランソワ・デュモン、デニス・マツーエフ、ネルソン・ゲルナー、ガスパール・デュエンヌ、フランソワ・フレデリク・ギイ、ヤン・リシエツキ、デジェー・ラーンキ、ユーリ・マルティノフ、ダヴィッド・カドウシュ、ベンジャミン・グローヴナー、バリー・ダグラス、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、ベフゾト・アブドゥライモフ、オルガンのトーマス・オスピタル。
これでも1か月(7月22日~8月18日)にわたる音楽祭全体のうちのごくわずかで、私が聞けなかった沢山の公演の中には、幻の巨匠として名高いグレゴリー・ソコロフや、チェンバロの鬼才ジャン・ロンドーの名もあった。

それでも、これほど鍵盤楽器のコンサートばかりに集中したのは初めてで、聴き比べという点でも楽しかった。オーケストラとの協演もあり、ツアーで招聘されたオーケストラ・アンサンブル金沢、マルセイユ・フィル、そしてシンフォニア・ヴァルソヴィアが登場した。

まず最初に触れておきたいのは、井上道義の指揮するオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2公演について。
彼らがラ・ロック・ダンテロンに招聘されるのは2度目のことだが、このリラックスした音楽祭に、彼らの持ちこんできたシリアスで生真面目なアンサンブルはとてもいい相乗効果をもたらし、好感をもって受け止められていた。そんな彼らが、地元の空気に触れながら徐々に緊張がほどけていく様子は見ていて楽しかった。

2日間で演奏されたのは、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番K.466(ヤン・リシエツキのソロ)、同第14番K.449と第23番K.488(デジュー・ラーンキのソロ)に加え、ベートーヴェンの「エロイカ」とモーツァルトの「ハフナー」交響曲がメインという内容。

オーケストラにとって協奏曲というと、あくまでソリストに花を持たせて、オケは伴奏の“お仕事”、という例が少なくないが、OEKはマエストロ井上の棒のもと協奏曲でも本気度満点な演奏で、弦を中心としたアンサンブルの密度の濃さは際立っていた。室内オケとして長いキャリアを持つ彼らならではの強みだろう。
井上道義は、凝縮された無駄のない、それでいて音楽する喜びにあふれた献身的な演奏で、いまや本当にかけがえのないマエストロだと改めて感じた。ルネ・マルタンとの信頼関係も厚く、この良好な関係をさらにOEKが発展させていくことを願わずにはいられない。



井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢のコンサート2日目(8月4日)の終わりに突如雨が降り出したなか、アンコールで武満徹「ワルツ~他人の顔」が演奏された。席を立ったお客さんたちは雨がっぱを着たままステージの近くに避難し、濡れて立ち尽くしたまま、オーケストラを取り囲むように熱心に武満の音楽に聞き入っていた。今回の音楽祭でもハイライトともいえるエキサイティングな瞬間だった

協奏曲ではもうひとつ、とても面白い試みがあった。
「ニュイ・ド・ピアノ」(ピアノの夜)という8月6日のコンサートで、バリー・ダグラス指揮シンフォニア・ヴァルソヴィアを軸に、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番(ベンジャミン・グローヴナーのソロ)、第3番(バリー・ダグラスの弾き振り)、第4番(アブデル・ラーマン・エル=バシャのソロ)という3曲を続けて味わうというもの。

3人のピアニストで3曲のベートーヴェンの協奏曲。これは聴き比べとしても、ベートーヴェンの協奏曲にフォーカスするという意味でも、とても味わい深いコンサートだった。
まず驚いたのが、ベテラン・ピアニストとして知られるバリー・ダグラスが、いまや円熟の深みある境地で、男らしいダイナミックでスケールの大きな演奏が魅力的だったこと。彼は指揮者としてもなかなかのもので、最後に演奏された交響曲第2番も精力漲る迫真の音楽で、手に汗握るものがあった。ちなみにシンフォニア・ヴァルソヴィアとの組み合わせはルネのアイディアで、今回両者の初共演の相性は非常に良かったので、日本のラ・フォル・ジュルネでもぜひ実現したいとのことだった。
グローヴナーの細やかな技巧とみずみずしさは1番の曲想に合っていたし、エル=バシャの4番は精神的な高みを感じさせる、端正で質実な音楽作りが見事なものだった。エル=バシャは日本のラ・フォル・ジュルネでも常連組だが、黙々と仕事をするキャラが地味な分、かえって脚光を浴びにくいが、間違いなく本物の巨匠である。

リサイタルで印象的だった人を4人挙げておこう。

デニス・マツーエフ(7月31日)はロシアの巨人たちの系譜に連なる一人であり、満場の観客をうならせ、夢中にさせるヴィルトゥオーゾである。シューマンの「子供の情景」のような音の数の少ない作品でも、ラフマニノフの「音の絵」やソナタ第2番でも、その美音はただならぬものがあった。しかしアンコールでジャズのスタンダード・ナンバーの「A列車で行こう」を鬼気迫る即興演奏で弾いたのにはびっくりさせられた。

対照的にネルソン・ゲルナー(8月1日)は、繊細な音の詩人である。大向こうをうならせるようなエンターテイナーよりは、内省的な音楽をどこまでも誠実に追い求めていく。バッハの「イタリア協奏曲」に始まり、シューマンの「幻想曲ハ長調op.17」、そして後半のショパンは「舟歌」、「スケルツォ第3番」「ノクターンop.55(2曲)」「英雄ポロネーズ」。バランスのとれた、誇張のない、丹念な音楽作りは大いに好感が持てた。

フランソワ・フレデリク・ギィ(8月2日)は現代屈指のベートーヴェン弾きである。今回は「月光」「田園」「テンペスト」「熱情」を弾いたが、ライヴならではの勢いと壮大な嵐のような世界は、単に分析的に美しいといった次元をこえて、体験の領域にしかないものだ。ベートーヴェンの音楽にはある世界から別の世界へと移行する神秘の瞬間が存在するが、そうした神秘の響きをとらえるという点において、ギィの演奏は比類がない。

そして最後はベフゾト・アブドゥライモフ(8月7日)。1990年ウズベキスタンのタシケント生まれのこの若者は、驚異的に敏捷なリズム感とテクニックを持っていて、しかもそれが単なる巧いだけには終わらない。ベートーヴェンの「熱情」と、プロコフィエフの「第6ソナタ」がメインだったが、音楽全体が軋みを立てて揺れ、シンフォニックに展開するところが凄い。スケールの大きな音楽に非凡な可能性を感じた。

ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭は、プロヴァンスの自然と文化に触れつつ、ゆっくりとした時間の流れの中で、ワインとチーズを中心に最高の味覚の数々を気軽に味わい、鍵盤音楽の多様性を作品と演奏の両面にわたって満喫できる――この世の天国ともいえるような場所である。
もし可能なら、自然と食とピアノを愛する人すべてに、音楽のみならず歴史や文学や絵画にも関心ある人すべてに、ここを一度は訪れて欲しいと思う。




フランスで最も美しい村のひとつ、ルシヨンは、黄色顔料の原料となるオークルの丘の上に作られている。村全体が赤い色の建物でできている。オークルを採取した跡の絶壁からの眺めが見事である



人口わずか400人という小さな村ラコストには、モーツァルトと同時代に生きた異端の文学者・思想家、サド侯爵の城がある。ここはその屋上で、ファッション・デザイナーのピエール・カルダンが買い取っており、夏の間開催されるラコスト音楽祭の演奏会場ともなっている



11世紀に建てられた、ゴワロン聖アンヌ礼拝堂。ラ・ロック・ダンテロン近郊の山間部にひっそりと佇むこの無人の廃墟には「我々の自由のために闘い、ここで命を落とした人々のために、どうぞ敬意を捧げてください」と立札があった。第二次大戦中、レジスタンスの闘士たちがここに立てこもり、ナチスの犠牲となった。ここはルネ・マルタンが時折足を運んで物思いにふける静かな場所のひとつでもある。


林田直樹

 

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