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オーケストラ フランス国立リヨン管弦楽団L'Orchestre National de Lyon

PROFILE

 
音楽監督:レナード・スラットキン
 
 「絹の街」「美食の街」「古代ローマ遺跡の街」などの愛称で親しまれるフランスの文化都市リヨンが誇る、由緒あるオーケストラ。1905年にジョルジュ・マルタン・ウィトコウスキにより創設されたリヨネ・コンサート協会に端を発する。アンドレ・クリュイタンス、シャルル・ミュンシュ、ポール・パレー、ピエール・モントゥーによって輝かしい伝統が築かれた協会は、1969年、マルセル・ランドウスキとリヨン市の尽力によって、常設の「ローヌ=アルプ管弦楽団」に生まれ変わった。初代音楽監督はルイ・フレモー。以来、リヨン市の資金援助と運営のもとに活動を続け、1975年からはリヨン・オーディトリアム(2100席)を本拠としている。1983年にリヨン歌劇場管弦楽団が誕生したのを機に、名称を「フランス国立リヨン管弦楽団」(以下ONL)と改め、主に交響作品を演奏するようになった。現在、フランス文化省およびローヌ・アルプ地域圏からも支援を受けている
 
 1971年、セルジュ・ボドが音楽監督に就任し、1986年までの在任中に、ONLの存在はフランス国内に広く知れわたった。1987年から2000年まで音楽監督を務めたエマニュエル・クリヴィヌは、ONLの芸術的能力をさらに高め、国際的な評価を確立した。2000年から2004年には、デイヴィッド・ロバートソンが楽団の音楽監督とリヨン・オーディトリアムの芸術監督を兼任。ロバートソンは、適切なレパートリーはあらゆる様式の音楽により育まれるという方針のもとに現代音楽を積極的にプログラミングし、ONLの水準を一段と高めた。2000年から2011年には準・メルクルが音楽監督を任された。2011年9月にレナード・スラットキンが音楽監督に就任。
 
 リヨン外での音楽活動も活発で、1979年にはヨーロッパのオーケストラとして初めて中国を訪問。90年代にはクリヴィヌと共に3度の日本ツアーを成功させ、準・メルクルとは2007年に来日した。アメリカでも演奏を重ねており、2003年にはロバートソンの指揮でカーネギーホールにて公演している。BBCプロムス、オランジュ音楽祭、パリのシテ・ド・ラ・ミュジクに定期的に招かれ、パリのサル・プレイエルが再オープンしてからは、毎シーズン登場している。ウィーン、ミュンヘン、ケルン、ルツェルン、アムステルダムなどヨーロッパの主要音楽都市でも定期的に演奏。
 
 これまで、パブロ・カザルス、ヴィルヘルム・ケンプ、マルタ・アルゲリッチ、ジェシー・ノーマン、クリスチャン・ツィメルマン、ラドゥ・ルプー、ヨーヨー・マ、マキシム・ヴェンゲーロフ、エフゲニー・キーシン、ピエール=ロラン・エマール、ギル・シャハムらをソリストに迎え、ルチアーノ・ベリオやクシシトフ・ペンデレツキら偉大な作曲家が自作を指揮。ピエール・ブーレーズ、スティーヴ・ライヒ、マルク=アンドレ・ダルバヴィ、ティエリ・エスケシュらの作品のフランス初演・世界初演を任され、エスケシュは2007年から3シーズンにわたりレジデント・コンポーザーとして迎えられた。2013/14年シーズンにはゲスト・コンポーザーとしてカイヤ・サーリアホを招く。
 
 楽団の豊富なレパートリーは、数多い録音にも反映されている。2005年に準・メルクルを迎えて録音活動はさらに勢いを増し、7巻の『ドビュッシー全集』(ナクソス)やエスケシュの作品集(ユニバーサル)を発表。新音楽監督スラットキンのもとでは、ラヴェルとベルリオーズの全曲録音に挑んでいる(ナクソス)。
 
 リヨン、バーミンガム、フランクフルトの3都市は長年にわたり密な交流を続けており、ONL、バーミンガム市交響楽団、フランクフルト放送交響楽団の3オーケストラも友好関係を築いている。2004年秋から始まったこの試みは徐々に拡大し、フィンランド放送交響楽団とポーランド国立放送交響楽団もこれに加わった。これは文化や経済に長けた都市が結ばれた好例で、首都だけがつながりを持つのではなく様々な都市が個性を生かして交流すべきだというヨーロッパの方針に沿ったものである。

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