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指揮 アンドレアス・デルフスAndreas Delfs

PROFILE

アンドレアス・デルフスは世界中の主要歌劇場やオーケストラで定期的に演奏し、オペラと管弦楽の両方の分野で大きな成功を収めている。現在桂冠指揮者のタイトルを持つミルウォーキー交響楽団では12シーズンにわたって音楽監督を務め、その間に録音プロジェクトや新作の委嘱、世界初演、革新的な音楽教育プログラムなどが高く評価され、彼は同楽団が米国の一流オーケストラへと成長を遂げる立役者となった。
 
北米とヨーロッパで著名オーケストラの芸術監督を歴任。セント・ポール室内管弦楽団では音楽監督(2001-2004)に続いて芸術顧問(2004-2006)を務めた。ヨーロッパではドイツ・ハノーファーの音楽総監督(1995-2000)として、ハノーファー交響楽団並びに歌劇場で指揮。それ以前にはベルン歌劇場の音楽監督、ピッツバーグ交響楽団のレジデント指揮者(ロリン・マゼールが音楽監督であった時期)、スイス・ジュネス・オーケストラの音楽監督に若くして就任していた。
 
客演も数多く、最近のシーズンでは、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団、カルガリー管弦楽団、コペンハーゲン管弦楽団、ワシントン・ナショナル交響楽団、香港フィルハーモニー管弦楽団を指揮する。また、ロンドンのバービカン・ホールにおける《イライジャ》の演奏で、ブリテン・シンフォニアを振る予定である。さらに、オペラ・ライラ・オタワで《トゥーランドット》を、オペラ・ノースで《カルメン》を、それぞれ新演出で指揮した。
 
活動の中でも際立っているのが、現代音楽への継続的な取り組みである。現役の作曲家たちと深い関係を築いており、彼の深いインスピレーションを湧き立たせるもの中でも、特にジョン・コリリアーノ、フィリップ・グラス、ロベルト・シエラ、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェといった作曲家たちから大きな影響を受けている。同時に、エマニュエル・アックスやジョシュア・ベル、ヨー・ヨー・マ、ルネ・フレミングらの世界的ソリストたちからも、卓越した音楽作りのパートナーとして頻繁に共演を請われている。
 
録音活動も積極的に続けており、最近ではシエラの「Missa Latina」をミルウォーキー交響楽団の演奏でナクソス・レーベルに録音したのをはじめ、ジョン・オコーナーのピアノとロンドン交響楽団でベートーヴェンのピアノ協奏曲集をテラーク・レーベルに録音した。そのほかにも、ルネ・フレミングとロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団とともに宗教曲集をデッカに、フンパーディンクの《ヘンゼルとグレーテル》をミルウォーキー交響楽団とAvieに、モーツァルトの「レクイエム」を聖オラフ合唱団、セント・ポール室内管弦楽団と録音した。
 
これまでに、フランクフルト放送交響楽団、ロンドン・フィルハーモニック、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団、デンマーク国立交響楽団、ネザーランド・フィルハーモニー管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団、サンフランシスコ交響楽団、ロサンジェルス・フィルハーモニック、シドニー交響楽団、台北交響楽団など多くの著名オーケストラを指揮し、高い評価を得ている。
 
オペラでも数々の成功を収めており、特にニューヨーク・シティ・オペラへのデビューとなった《カルメン》と、シュトゥットガルト・ヴュルテンブルク州立歌劇場でのヘンツェの代表作《鹿の王》の完全版上演は絶賛を博した。アスペン音楽祭ではこれまで4作品を指揮しており、リゲティの《ル・グラン・マカーブル》のスイス初演では、作曲家本人から特別な称賛を受けた。
 
ドイツのフレンスブルク生まれ。5歳でピアノと音楽理論を学び始めた。ハンブルク音楽院でクリストフ・フォン・ドホナーニとアルド・チェッカートに師事し、20歳でハンブルク大学オーケストラの史上最年少音楽監督となり、またハンブルク国立歌劇場の音楽助手を務めた。その後ジュリアード音楽院に入学し、ジョージ・メスター、シクステン・エールリンクのもとで研鑽を積み、ブルーノ・ワルター記念奨学生に選ばれた。現在、ニューヨーク州イサカで妻のエイミーと4人の子供と共に暮らす。ドイツにも活動拠点を置いている。
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