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指揮 大植 英次OUE Eiji

PROFILE


大阪フィルハーモニー交響楽団桂冠指揮者、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー名誉指揮者。タングルウッド音楽祭でレナード・バーンスタインと出会い、以後助手を務める。これまでにバッファロー・フィル準指揮者、エリー・フィル音楽監督、ミネソタ管音楽監督、バルセロナ響音楽監督、ハノーファー北ドイツ放送フィル首席指揮者、大阪フィル音楽監督を務め、ハノーファー音楽大学の終身正教授も務めている。05年《トリスタンとイゾルデ》で日本人指揮者として初めてバイロイト音楽祭で指揮し、世界の注目を集めた。ミネソタ管とのCD はグラミー賞を受賞している。06年大阪芸術賞特別賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞受賞。07年大阪市市民表彰受彰。09年ニーダーザクセン州功労勲章・一等功労十字章受章。
 ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー(NDR Radiophilharmonie)首席指揮者を経て名誉指揮者、大阪フィルハーモニー交響楽団桂冠指揮者。
 1956年広島生まれ。桐朋学園で齋藤秀雄に指揮を師事。1978年、小澤征爾の招きによりアメリカ・タングルウッド・ミュージック・センターで学び、同年ニューイングランド音楽院指揮科に入学、ラリー・リヴィングストンに師事するとともに、クラウディオ・アバド、サー・コリンデイヴィス、クルト・マズアらのマスタークラスにも参加、アーティスト・ディプロマを獲得。タングルウッド音楽祭で恩師レナード・バーンスタインと出会い、以後世界各地の公演に同行。1980年タングルウッド音楽祭クーセヴィツキー賞、1981年ザルツブルク・モーツァルテウム指揮者コンクール第1位およびハンス・ハリング・ゴールドメダルを受賞するなど数々受賞している。
 1990年~1992年、札幌のパシフィック・ミュージック・フェスティバルのレジデント・コンダクター、バッファロー・フィルハーモニック準指揮者を経て、ペンシルヴァニア州エリー・フィルハーモニック音楽監督を務め、飛躍的にオーケストラの実力を向上させる一方、活発な地域活動を行い、エリーの街には「エイジ・オオウエ通り」が設けられ、彼の誕生日は市の休日に制定されている。
 1995年~2002年、ミネソタ管弦楽団音楽監督を務め、同オーケストラ初のヨーロッパ・ツアーと日本ツアーを行い驚異的な大成功を収めたほか、1997年~2003年ワイオミング州のグランド・ティートン音楽祭の音楽監督も務めた。1998年~2009年はハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニーの首席指揮者を務め、その貢献により名誉指揮者の称号を与えられた。 2000年よりハノーファー音楽大学の終身正教授も務めている。2003年朝比奈隆の後任として大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督、2006年9月バルセロナ交響楽団音楽監督に就任。
 2005年夏には、バイロイト音楽祭に出演、『トリスタンとイゾルテ』を指揮し、日本人としては初の大快挙となった。2006年から毎年大阪城西ノ丸庭園での「星空コンサート」、大阪御堂筋周辺のテンポやショールームなど十数か所で開催する大阪クラシック」のプロデュースなど、音楽普及への情熱を次々と実現させ、のべ8万人の聴衆を魅了している。
 その他、ニューヨーク・フィル、シカゴ響、フィラデルフィア管、ロサンジェルス・フィル、セントルイス響、ミュンヘン・フィル、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、ハンブルク北ドイツ放響、フランクフルト放響、ケルン放響、シュトゥットガルト放響、ローマ・サンタ・チェチーリア管、スウェーデン放響などに客演、いずれも高い評価を得ている。
 レコーディングは、米国リファレンス・レコードより、ミネソタ管との12枚のCDがリリースされ、1996年「ストラヴィンスキー:『火の鳥』」と1997年「展覧会の絵」が2年連続でグラミー賞ノミネート、2004年にはミネソタ在住の作曲家アージェントの作品集「グイーディの館」でグラミー賞を受賞した。NDRとは「ベートーヴェン:付随音楽『エグモント』」と「1812年~華麗なるオーケストラ名曲集」をユニバーサル・ミュージックよりリリース。 ドイツ・グラモフォンからは、ヒラリー・ハーン&スウェーデン放響との共演で協奏曲集がリリースされている。さらに大阪フィルとのライヴ録音シリーズ「エイジ オブ エイジ」がフォンテックより定期的にリリースされている。
 2006年度大阪芸術賞特別賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞受賞。2007年42回大阪市市民表彰を授彰。

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