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ピアノ ホルヘ・ルイス・プラッツJorge Luis Prats

PROFILE

 2007年5月にマイアミ国際ピアノ・フェスティバルで初のリサイタルを行なったのをきっかけに、プラッツのピアニストとしてのキャリアは飛躍的に開花した。アムステルダムのコンセルトヘボウで行われている有名な“マスター・ピアニスト”シリーズでは、彼のデビュー・リサイタルはスタンディングオベーションによって好評を得、以後、2010年に3度目となる同シリーズへの参加を果たしている。なお、3度参加したピアニストは、彼のほかにブレンデルとソコロフがいるだけで、これは素晴らしい名誉である。
 2010年5月にネルソン・フレイレの代役としてサル・プレイエルでリサイタルを行って聴衆から熱狂的な反響を得、同年9月にはトゥールーズのジャコバン・ピアノ・フェスティバルに参加し再び大成功を収めた。さらに、2011年秋には、リヨンのグラン・アンテルプレ、エクサンプロヴァンスのグラン・シアター、サル・プレイエルのピアノ4エトワール・シリーズへの再登場、そしてパーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団との共演でラフマニノフを演奏するなど、フランスのいくつものシリーズ企画の主催者に招待された。
 これまでに、ヨーロッパ、中南米、中国、日本、韓国などでツアーを行なっているほか、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、BBC交響楽団、ダラス交響楽団などのオーケストラと共演している。メキシコでは、メキシコ・シティ・フィルハーモニー管弦楽団、OFUNAM交響楽団(オルケスタ・フィラルモニカ・デ・ラ・ウナム)、ハラパ交響楽団と、また南米では、コロンビア交響楽団、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ、カラカス市立交響楽団と共演している。
 教育にも熱心で、ボゴタのコロンビア国立大学、ハバナの国立芸術学校、メキシコのアート・センター、スペインのコルドバ音楽院、トロント王立音楽院など、数々の著名な教育機関から教授として定期的に招かれているほか、1985年から2002年にかけては、キューバ国立交響楽団の芸術監督も務めていた。 
1956年キューバのカマグエイ生まれ。キューバ国立芸術学校でセサール・ペレス・センテナリオ、バーバラ・ディアス・アレア、マルゴット・ロハス、アルフレード・ディエスらに師事する。卒業後は奨学金を得てモスクワのチャイコフスキー音楽院に進み、そこでルドルフ・ケレルに学んだ。その後も、パリ音楽院とウィーン音楽芸術高等学院でパウル・バドゥラ=スコダとマグダ・タリアフェロらに師事した。21歳の時、パリのロン=ティボー国際コンクールに優勝し、同時にラヴェルとジョリヴェの作品の解釈が高く評価され特別賞も受賞した。
 レコーディングも数多く、ディスコグラフィには、スクリャービンの24の前奏曲、ベートーヴェンのピアノ協奏曲、グリーグ、ラフマニノフ、ショパン、そしてキューバの作曲家の作品などがある。ブロワード・センター・オブ・パフォーミングアーツで行われたマイアミ国際ピアノ音楽祭でのコンサートの模様は、VAIレーベルに収録されDVDでリリースされている。
 最近デッカ・レーベルと専属契約を交わし、その最初のCDは、2011年8月に発表されたグラナドスの組曲「ゴイェスカス」などを収録した『ライヴ・イン・サラゴサ』である。
 
(2012)

【批評】ヴェルビエ音楽祭2011
    BBCミュージック・マガジン誌 (by オリヴァー・コンディー、同誌編集者)
 
キューバの驚異、ホルヘ・ルイス・プラッツ:前代未聞のもっとも優れたピアニスト
 
 
 ホルヘ・ルイス・プラッツ。その名前を聞いてもおそらくほとんどの人にはピンとこないであろうが、昨日(土曜日)の55歳のキューバ人ピアニストのリサイタルは、私が今まで聴いた中でももっともスリリングで喜びに満ちた演奏のひとつだった。        
 そのコンサートは、ランチタイム後の時間帯にヴェルビエ教会で行われたのだが、観客は4分の3程度だった。しかし、その場にいた全員が、このリサイタルがその日一番のコンサートだと確信したことは間違いないだろう(本当にそのとおりだったのだから)。ヴェルビエの聴衆はあまりスタンディングオベーションをしない。しかしながら、プラッツの5曲目のアンコールが終わる頃には、ほぼ総立ちになっていた。プラッツもまた明らかに感動している様子だった。
 
 なぜここまで熱狂したのか?プラッツは、彼が奏でる音楽を深く追求し、その中に潜む人間性を見出すことのできるピアニストである。彼の人生経験そのものが、グラナドスの『ゴイェスカス』に彩りを与えているのである。(「グラナドスはリストよりもずっと難しいんだ」と後に彼は話してくれた。)「キューバでは、腰を使ってダンスするんです。」彼は笑いながら言い、この『ゴイェスカス』のようなスペイン音楽には、流れるようなリズム感が重要だと説明した。プラッツはキューバの国章について語った――それは、しなやかにたわみ風に揺れるロイヤル・パームの木。この木は、ラテン音楽の拍子が求める“自由”への強い叫びを心に呼び起こす力強いイメージである。プラッツの演奏には、この“自由”が表現されている。グラナドスが描いた若い恋人たちの愛が、彼らの気分によってたわみ揺らぐ様子や、最終楽章で死が二人を脅かす場面までもが、“自由”に表現されているのである。彼はまた、若い2人を見下ろす夜鳴きうぐいすについても語ってくれた――その場面にグラナドスが書き込んだピアニッシモは単なる音量の指示ではなく、彼の解釈だと、感情的な美しさへと向かう方向性であるべきだということなのだ。これはまさに解釈のマスタークラスであり、どんなジャンルの音楽にも共通して言えることであろう。「この音楽は、人間によって書かれたものだということを忘れてはいけないよ」と、一緒にビールを飲みながら彼は私に言った。心に留めておこう。
 
 プログラムのあと、プラッツはアンコールを何曲か弾き始めた。その中にはキューバ人作曲家、セルバンテスの技巧的で活気に満ちた素晴らしい作品『キューバ舞曲集』も含まれ、切望するようなロマンティシズムと、温かさとユーモアとが混在するこの曲を、彼は何度か演奏を中断してピアノの木の部分をタムタムを打ち鳴らすように叩いて表現した。キューバの音楽は、当然ながらプラッツが深く情熱を注ぐもののひとつである。それにもかかわらず、彼は母国について語ることに消極的だ――なぜなら、キューバの不景気は国の文化にも悪影響を及ぼしており、大学やオーケストラは、もはや機能していないか以前の面影を残していないからである。
 プラッツは、ほんの一握りの弦楽器から始めてキューバ国立交響楽団の設立を手伝ったことや、ハバナの大きな教会でオルガンを弾いた話をしてくれた。最近キューバに戻ることがあったそうだが、そのとき、プラッツを称える額が、彼がかつて若かりし頃に練習していたピアノの上に立てられているのを見つけたという。彼は今、マイアミ在住である。
 プラッツは類まれな音楽家である。ではなぜ、彼の名前を聞かないのか?彼はイギリスの有名なホールで演奏していないし、今回がヴェルビエ音楽祭への初登場だった。プラッツを見ていると、しょっちゅう演奏のために空を飛び回る人生よりも、音楽の生活を生きることの方が彼は幸せなのだろうという印象を受ける。無理もない。彼にとっては、料理することは音楽と同じくらい重要だし、言うまでもなく、キューバの葉巻も同様に…彼は人生を謳歌するのに忙しいのである。
 しかしながら、7月21日にイギリスのペットワース・フェスティバルで彼のコンサートが行われる。もしまだチケットが残っているなら、ぜひとも行ってプラッツの演奏を聴くことを私は強くお勧めする。このコンサートでも『ゴイェスカス』を演奏する予定である。この巨匠、他に類を見ないピアニストである。
 

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