ROYAL
CONCERTGEBOUW
ORCHESTRA
JAPAN TOUR 2025
来日公演レポート
偉大な伝統を踏襲し、そこに新たな時代を見据える革新性と個性を加味し、特有の音楽を世界に発信するマケラ&コンセルトヘボウ管の今年の来日公演の様子を紹介する。
TEXT BY YOSHIKO IKUMA
PHOTOGRAPHS BY TAICHI NISHIMAKI
いま、世界中のクラシックファンから熱い視線を集めているのが、フィンランド出身の指揮者クラウス・マケラ(29歳)である。ライジングスターの登場には心が高揚し、胸の鼓動が速くなるほどだが、先ごろロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とともに来日し、R.シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」、マーラーの交響曲第5番、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」、ブラームスのピアノ協奏曲第1番(ピアノはアレクサンドル・カントロフ)で同オーケストラとの強い絆を示し、圧倒的な名演を披露したマエストロ・マケラもそのひとり。彼は2027年9月には同オーケストラの首席指揮者に就任する予定である。
筆者が演奏を聴いた11月17日は、カントロフのブラームスとバルトークのプログラム。カントロフが事前のインタビューで「クラウスと私は同世代ゆえ非常に親密的な感覚を持ち合わせ、音楽に関しても深く理解し合える」と語っていたように、このブラームスのコンチェルトはすこぶるみずみずしく情熱的で、オーケストラとピアノがともに生命力あふれる勢いに満ちた演奏を展開した。作曲家の20代前半の作、指揮者もソリストも20代という、まさに若さみなぎる演奏がサントリーホールの隅々まで浸透し、ロイヤル・コンセルトヘボウ管の圧倒的な美しい響きは、世界最高峰の音響のひとつと称されるアムステルダムのコンセルトヘボウの上質な響きをそのまま東京に運んできたような錯覚すら感じさせた。

後半のバルトークは、コンセルトヘボウ管の弦楽器、木管楽器、金管楽器、打楽器など、各セクションの奏者がそれぞれ個性的な音を奏で、ときにソリストのように、またあるときは伴奏に徹し、全員が実に楽しそうに嬉々とした表情で演奏し、マケラのまるで踊り出しそうな躍動感に富む指揮姿も印象的で、聴き手の心身を覚醒させるような演奏だった。
マケラは記者会見でこう話している。
コンセルトヘボウ管との演奏は、常に新しい発見があります。このオーケストラは長い伝統と歴史を備えていますが、どの時代でも何を優先すべきかを理解し、有機的な演奏を心がけてきました。いま、私たちがもっとも大切に考えているのは、聴衆とのコミュニケーション、対話を優先することです。先日、私たちはアムステルダムとマーラーの深い絆を象徴する《マーラー・フェスティバル2025》においてマーラーの交響曲第8番《千人の交響曲》をライヴ収録しましたが、そのときはマーラーの孫のマリーナ・マーラーさん(1943~)が聴きに来てくれ、世代を超えたつながりを感じました。

さらに世界のクラシック音楽界においてフィンランドはなぜそんなに若手指揮者を多く輩出しているのかと聞かれると、こんな返事が戻ってきた。
私の恩師でもある、偉大な指揮者、作曲家、教育者のヨルマ・パヌラ(1930~)の存在があるからです。彼が多くの指揮者を育て、世に送り出しているのです。私たちは本当に幼いころからオーケストラの音楽に触れ、さまざまなことを学び、多くの経験を積んできます。私も指揮を始めたのは12歳でした。先生は、できる限り若いころから指揮の経験を積み、人をリードしていく方法を学び、自分がいいと思う音楽を指揮という形で発信していくことが重要だと教えてくれました。同じ北欧ですが、スウェーデン出身のマエストロ・ヘルベルト・ブロムシュテットが98歳でも現役ですばらしい音楽を奏で、どんなに多く演奏してきた作品でも常にスコアを見直し、勉強を続けている姿勢を私も見習い、生涯学びの精神を忘れたくないと考えています。

マケラは「ちょっと面白いデータがあるのですが」といい、こんな話をしてくれた。
フィンランドは人口が少なくて550万人ですが、サウナは350万あり、その1/3の指揮者がいるといわれているんですよ(笑)。私たちにとって、指揮者というのは特別な職業ではなく、ごくふつうの職業なのです。
その学びの精神に彩られたマケラ&コンセルトヘボウ管の演奏は、いずれの作品も序奏からフィナーレまで一瞬たりとも弛緩しない演奏で、聴き手も集中力を要求された。全編に緊迫感がみなぎり、目と耳が離せない演奏だが、彼らが長年にわたりコンセルトヘボウのホールのすばらしい音響のもとで演奏している響きは、緊張感や集中力のなかにも多種多様な感情が息づき、ヒューマンな温かさがにじむ。
以前、マケラにインタビューした際、彼はこんな息抜きの方法があると教えてくれた。
私は美術館で絵を鑑賞するのが趣味で、同じ絵でも毎回印象は異なる感じがするのです。楽譜を見るのと同様で、そこには常に新たな発見があります。いまはエル・グレコの絵に魅了されているんですよ。私は各地で指揮していますが、最近気づいたのは、いいオーケストラがある土地には必ずいい美術館があるということ。ですからリハーサルの合間を縫って、毎日のように美術館に足を運んでいます。一番リラックスできる瞬間なんですよ。
若芽が天空に飛翔していくような勢いに満ちたマケラの活躍。その音楽は私たちに何にも代えがたい至福の歓びを与えてくれ、人生の深い意義をも示唆する。