SPECIAL INTERVIEW

小菅優 樫本大進 クラウディオ・ボルケス
スペシャル・インタビュー

PHOTOGRAPHS BY MASATO NAKAMURA


夢を現実にしてくれた二人との、濃密で幸福なアンサンブル

TEXT BY MASATO NAKAMURA
PHOTOGRAPHS BY TAKEHIRO GOTO, MASATO NAKAMURA


まず、皆さんがどのように出会われたのか、聞かせていただけますか。

小菅:私が大進さんと知り合ったのは、ちょうど20年前になります。実はあの頃、私は母を亡くしたばかりで精神的にすごく辛い時期だったんです。でも、大進さんと一緒に室内楽を演奏したことが、大きな救いになりました。それ以来、彼は私にとって、困った時にいつでも駆け込める家族のような存在です。

樫本:クラウディオと僕はもっと前から知っているよね。ダヴィドフ賞を一緒に受賞した時で、僕がまだ15歳、君が少し上だった。当時の僕からしたら、クラウディオは長い黒髪をなびかせて「なんてカッコいいチェリストなんだ!」って憧れの存在だったんだよ(笑)。

ボルケス:そんな頃もあったね(笑)。大進と初めて一緒に弾いたのはクロンベルクの室内楽アカデミーで、「すごいヤツだ」とすぐに感じたよ。
優を含めたトリオとしては、2016年、2019年に続いて三度目の来日公演になります。コロナ禍などで延期になったけれど、このメンバーで久々に日本に行けるのを心待ちにしています。

PHOTOGRAPHS BY TAKEHIRO GOTO


7年ぶりとなる今回の日本ツアーのプログラムには、強いこだわりが感じられます。それぞれの作品の魅力を教えてください。

小菅:まず、《ビトゥイーン・タイズ》は武満徹さんが晩年に書かれた、私のお気に入りの1曲です。武満さんは戦時中に軍の施設にいた時、いわば「敵性音楽」のシャンソンに出会い、その美しさに衝撃を受けたそうです。この記憶が彼の人生を決定付けました。実際、自分の音楽のテーマは、「いのちへの愛、祈り、希望」だと語っています。この大切なメッセージを今の時代にこそ届けたいと思いました。曲のタイトルは「潮の満ち引き」の意味で、海だけでなく、日本庭園のイメージが反映されています。庭園の飛び石を歩き、水や木々を眺めながら景色を楽しむように、音の色合いが少しずつ変化していきます。

ボルケス:私は1995年以来、幸運なことに毎年のように日本で演奏する機会に恵まれているのですが、日本のお寺や庭園が大好きで、この曲の瞑想的な静寂にたまらなく惹かれます。音が鳴る前から始まっているようであり、演奏が終わっても決して終わらないかのような感覚……。この曲を弾き終えると、自分の中の時間のリズムがまったく違うものになっていることに気づきます。

武満を挟んで、モーツァルトのピアノ三重奏曲第6番とシューベルトの《ノットゥルノ》が演奏されますね。

小菅:はい、プログラム前半は彼らの晩年の作品で構成しました。シューベルトの《ノットゥルノ》は彼のピアノ三重奏曲の緩徐楽章として構想されたかもしれない曲で、夜の雰囲気に満ちています。

樫本武満作品によく合うと思います。静けさや、遠くを見渡すような視界……。とてもヨーロッパ的で、ウィーンらしい響きの曲ですが。

小菅モーツァルトが最後に書いたピアノ三重素曲K.564は、澄み切った曲想の逸品。第2楽章はバロック風の素晴らしい変奏曲、そして第3楽章はシチリアーノのリズムに乗って展開します。三者の間で交わされる対話が見事で、弾いていて本当に楽しい曲です。

PHOTOGRAPHS BY TAKEHIRO GOTO

ベートーヴェンの《太公トリオ》は、ピアノ三重奏曲というジャンルの頂点に位置する作品です。

ボルケス:ええ、ピアノトリオの最高峰のひとつで、記念碑的なスケールを持っています。第3楽章も、そこで提示される様々な変奏を含めて、信じられないほどの傑作。私たちの関係で面白いのは、知り合ってから長く、それぞれがソリストとして、室内楽奏者として、あるいはオーケストラで、独自の道を歩んできたということ。そして、このピアノ三重奏において、そのすべてがひとつに結集します。たった3人なのに、その響きは時としてまるでオーケストラのように重厚に聴こえることがあるかと思えば、次の瞬間にはきわめて親密なデュオやソロに変化する……。長年にわたるお互いの経験があるからこそ、リハーサルの際にも言葉を超えて理解し合えることが多々あるんです。

もうひとつのメイン演目は、メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲ニ短調です。樫本さんから見て、この曲の魅力は?

樫本:ベートーヴェンとはまったく異なる路線ですが、同じように非の打ち所がない完璧な作品で、それぞれの楽器が持つあらゆる魅力が詰まっています。何よりもあの冒頭!物語のど真ん中から突然始まるかのように、自然でありながら、聴き手を瞬時にその世界へと引き込んでしまう。第2楽章の美しさには思わずひざまずきたくなりますし、スケルツォは高度なヴィルトゥオージティが要求されます。特にピアノにとってはね(と笑いながら小菅さんを見る)。雄大な終楽章も素晴らしい。ピアノ三重奏のレパートリーは無限にあるわけではありません。魂の奥深くまで届くような音楽は限られていますが、今回のツアーではその中でもベートーヴェンとメンデルスゾーンいう最高峰の2曲を演奏します。。

PHOTOGRAPHS BY TAKEHIRO GOTO


樫本さんとボルケスさんが出演されたピアノ三重奏で、忘れられないコンサートがあります。2020年7月、ポツダムのニコライザールのロビーで、コロナ禍のロックダウンの後、聴衆はわずか80人限定ながら、初めて公開の場で行われたコンサートでした。当時、ドイツでは文化が「生活必需品」とよく言われましたよね。私たちは今、あの時とはまた異なる、不透明で不安定な時代を生きています。音楽は私たちにとってどのような意味を持つのでしょうか。

ボルケス:社会が困難な時期に直面すると、「どこで予算を削るべきか?」「何が社会維持に不可欠なのか?」という議論がよく起こります。ですが、私の信念は違います。今この時代だからこそ、音楽はより一層重要なのです。音楽は、平和に対する社会的な貢献そのものだからです。想像してみてください。異なる国籍を持つ何千人もの人々が、ホールで2時間、隣同士に穏やかに座って一緒に耳を傾けている姿を。音楽は心理的に多くの変化をもたらし、感情を呼び覚まします。それは医学的にも証明されている通り、身体にも精神にも素晴らしい薬になるのです。これは統計データや通貨で換算できる価値ではありませんが、決して過小評価してはならないものです。

樫本:人は、大切なものを失って初めてそのありがたみに気づくことが多い。コロナ禍の時はまさにそうでした。突然、一切のコンサートが消えてしまった。それから、覚えていますか?トイレットペーパーもお店から消えましたよね(笑)。あの時も、皆がその存在の大きさを痛感したはずです。ライブでの客席との相互作用、空気の振動というものは、やはりその現場でしか生まれません。あのポツダムのコンサートがまさにそうでした。聴衆の存在がどれだけ重要だったかを僕ら音楽家は感じた。おそらくお客さんの側でもそうだったでしょう。あれから6年が経ち、その必要性が忘れられつつあるように感じます。コロナ禍の最中、僕たちはオンライン配信を活用しましたが、それが本物のコンサートホール体験に取って代わることは絶対にありません。だからこその「生活必需品」、あって当たり前だという感覚は、トイレットペーパーと同じく忘れてはいけないのだと思います。文化がなければ、人生はただ味気ないものになってしまいますから。