ALEXANDRE
KANTOROW
INTERVIEW
アレクサンドル・カントロフ
インタビュー
PHOTO BY TAICHI NISHIMAKI
バッハからベートーヴェンへ、人間の本能をたどる
TEXT BY YOSHIKO IKUMA
PHOTOGRAPHS BY TAICHI NISHIMAKI, TATSUYA SHIRAISHI, YUKI TSUNESUMI
2019年チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門において、フランス人として初優勝に輝いたアレクサンドル・カントロフは、著名なヴァイオリニストのジャン=ジャック・カントロフを父に持つ。2025年の来日時にインタビューしたときは、こう語っていた。
父親がヴァイオリニストですから、最初はヴァイオリンを習いましたが、ヴァイオリンは音を出すのに忍耐力を必要としますよね。わたしは気が短かったのでそれが合わず、家にあるピアノの方が楽に弾けて楽しかったのです。それがいままで続いている理由です。

初来日リサイタルは2021年。以来、毎年のように来日し、2025年11月にはクラウス・マケラ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の来日公演のソリストを務め、ブラームスのピアノ協奏曲第1番で圧巻のピアニズムを披露し、大きな話題となった。
マケラ指揮コンセルトヘボウ管との共演は、すごい!のひとこと(笑)。初日の京都公演のリハーサルで初めて音合わせをしたのですが、オーケストラの成熟した響き、各セクションの名人芸をクラウスがバランスよく指揮し、その知的で完成形に固執せず、何事も恐れず新しいことに挑戦する姿勢にとても触発され、心地よく演奏することができました。クラウスとは年齢も近いため、とてもよく理解し合えます。彼はその瞬間瞬間に生まれた音を深みのある音楽として発信していく人です。

こう語るカントロフは、来日公演のたびにこだわりのプログラムを組み、異なった作品を披露して真のピアノ好きの心をとらえている。カントロフの演奏は、1997年生まれという年齢をまったく意識させない成熟したピアニズムで、まさに「大人の音を紡ぎ出すピアニスト」。これまで聴いたさまざまな作品は深遠で詩的で哀感に富み、諦観の念を抱かせる表現に心が震え、ここまで作曲家の心情に寄り添えることに深い感銘を覚える。余分なことはいっさいせず、淡々と弾く響きは、作曲家の魂に寄り添うものだ。そして彼は毎回異なったプログラムを組む。
プログラムはまずメインの曲を決め、そこから橋を架けるように他の作品へとつなげていきます。今回のプログラムはバッハからベートーヴェンまで、人間の本能に導かれるような、また普遍的なテーマを基本としています。リストは大好きな作曲家で、昔からいろんな作品を弾いています。ショパンも同様ですね。プログラム全体の構成を考え、今回もリストの編曲版で幕開けし、ショパンを中間部に配置しています。メトネルは、バッハやショパンの作品を自分のなかで再現して新たな作品として構築した作曲家だと考えています。メトネルを弾くと詩的で文学的な要素に歓びを抱き、刺激がもらえます。演奏される機会に恵まれず一時は忘れられた存在でしたが、より多くの人に聴いてほしい作曲家だと考えています。ベートーヴェンの最後のソナタは、黒く暗い闇のなかから最後にはパラダイスのような光が見えてくる。いかにもベートーヴェンらしい構成で、第1楽章の最後は宗教的な救いを求める感覚で、人生を考えさせる。人生において、すべての人が自分のストーリーを描けるピアノ・ソナタではないでしょうか。わたしもこのソナタを深めている最中で、解釈や奏法はいかようにも変容していくと思います。

今後はプログラムをひとつのテーマを基に構成し、それをソロ、コンチェルト、室内楽という3つの形で演奏したいという。
常にこれらを同時に行っていきたいと考えています。大好きなブラームスに関してもすべてを包括する構成で演奏したいですね。ブラームスは12歳のころにアルトゥール・ルービンシュタインが演奏するピアノ協奏曲第1番を聴き、真の覚醒を得たのです。まさに衝撃でした。わたしがいまもっとも弾きたいブラームスは《ドイツ・レクイエム》で、4手ピアノ版はあるのですが、ピアノ1台で弾けたらいいなと考えています。
これまで来日ごとに演奏を聴いてきたが、カントロフのピアノはひとつひとつの音が磨き込まれ、説得力を持つ。2024年11月の来日公演で最後に演奏したJ.S.バッハ/ブラームス編「シャコンヌ」は、左手のために編曲された作品だが、カントロフの腕にかかるとあたかも両手で演奏されるような壮大さと深遠さと劇的表現が生まれ、そのテクニックに驚愕する思いだった。この日の演奏はひとことでいうなら、「カントロフの衝撃」。サントリーホールを埋め尽くした聴衆は、スタンディングオベーションで演奏を称えた。その感動がまた訪れる。さらに深化と進化を続ける彼の底力を発揮する場となって…。
カントロフはステージ上の表情からとても気難しいタイプかと思ったが、最初に「どうしていつもあんなにたくさんのアンコールをするの?」と笑いながら聞いたものだから、「えーっ、多すぎる?」と彼も笑いながら話し、インタビューは終始にぎやかな楽しい雰囲気になった。拍手が続くと、演奏をやめられなくなるとか(笑)。今回もきっと多くのアンコールが登場するに違いない。ぜひ、盛大な拍手を!