YU KOSUGE
Special Interview

小菅 優 ロング・インタビュー
深い憧れから、自身の表現へ 《後半》

Photo by Shun Itaba

今が永遠に続いてゆくような時間の流れ、
を考えたりもします。

小菅優 ロング・インタビュー
深い憧れから、自身の表現へ
ソナタ・シリーズ最終章<黄昏>《後半》

TEXT BY TAKEHIRO YAMANO
PHOTOGRAPHS BY SHUN ITABA

ピアノが優しく(ときに激しく!)彫り磨いてゆく美しい陰翳は、〈ソナタ〉というかたちに驚くほど豊かな小宇宙を広げてみせる。──充実をいよいよ深めるピアニスト・小菅優が、〈ピアノ・ソナタ〉の多彩な魅力をユニークな視点で見直してみせるプロジェクトが、遂に最終回を迎えます。

各回ごとに「開花」「夢・幻想」などテーマを定めて、それに合わせた選曲でくり広げられてきた本シリーズ、最後のテーマは「黄昏」です。青かった空が沈みゆく陽の色に染められて、明るい橙色から刻々と夜の色へ‥‥そんなたそがれの光景は、人生の暮れ時にさしかかった作曲家たちの想いと重なり、素晴らしいソナタを生むこともあったでしょう。あるいは、(それとは知らず)生涯の早すぎる黄昏を迎えていた作曲家の、はからずも最後になってしまったソナタには、天才ならではの不思議な「別れの予感」が響いているかもしれません。

黄昏、をテーマに選ばれた3つのピアノ・ソナタ。小菅優さんにお話を伺いました。

インタビューの前半はこちら

◆今が永遠に続いてゆくような──シューベルト最後のピアノ・ソナタ

 ──リサイタルの、そしてシリーズの最後には、シューベルトが亡くなる年に書いたピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D960(1828年)をお弾きいただきます。

小菅:「シューベルトには未完成のピアノ・ソナタもたくさんあって、葛藤を続けていた人だと思うんですけど、死ぬ間際になって、この曲のような素晴らしい、それまでのすべてが見えるような作品を書けたんだなぁ、と思うと共に、〈これが最後じゃなかったら、この後にどんなソナタを書いたんだろう〉とも思います。前の2つのソナタとも全然違うし、せっかくここで新しいソナタの道が切り拓けたのに」

 ──到達点でありながら、偉大な通過点というか、扉を開けた感じはしますよね。

小菅:「シューベルトは、ずっと迷ってさすらっている人というか、ここまで〈たどり着かない人〉っているんだなぁ、って思いますよね(笑)。この最後のソナタでもそう。変ト長調からエンハーモニック[異名同音]の転調で嬰ヘ短調に行ったりする、シューベルトにしかないような転調にはっとさせられます。他にも、道に迷って行き止まりがあって、もがいてもがいて‥‥といったような信じられない転調をするんですが、どこか既に悟ったようなところもありながら、想い出を振り返り、人生のすべてを語っているような音楽だと思います。それは以前の《さすらい人幻想曲》のように、もがいているところを見せるような音楽とも違う」

 ──葛藤や記憶のすべてを大きな器に入れて、静かに耳を傾けているような,不思議な気持ちになるんですよね。客観的なのに我がことである、ような。

小菅:「自然に流れてゆく人生の歩みのなか、つねにどこかにある痛みの存在も響いていたり。第2楽章など、ここまで暗い曲があるだろうかと思うんですけど。今が永遠に続いてゆくような時間の流れ、を考えたりもします。ただ、このソナタは以前のシューベルトの作品に比べると、どこか成長したところを感じますよね。たとえば、歌曲集《美しき水車小屋の娘》では、ずっと告白できずにうじうじしている人がいる・・・その内気な情緒の中、純粋と寂しさが入り混じったような音楽が美しいのですが、このソナタではそれを超えた、もっと凛々しい勇気も垣間見せている」

 ──変わっていった先、その黄昏に凛と立つ音楽、ですね。この最後のソナタの最終楽章も、不思議な魅力に溢れた音楽です。

小菅:「いきなりG音[ソ]のオクターブだけで始まるという(笑)。その前の第3楽章には、どこか平和で純粋なところがありましたけど、この第4楽章になるとまた不気味なところがあって、やはりこの楽章でも、ずっと何かを探しているんですよね。その先に、やがて天使が救いに来るような美しさもあって‥‥」

 ──割に長い作品ですが、コンサートで良い演奏を聴いていると、あっという間に終わってしまうような、しかし長い旅路で体験したいろいろなことが、走馬燈のように響いては聴き手のなかに沁みてゆくような感覚にもなります。

小菅:「そう、あっという間に感じられますし、惹き込まれるんですよね。しかも、エンディングも〈はい、終わり〉って感じじゃない。それまでいろいろなことがあって、感動して涙を流したあとで〈ああ!〉となにかのドアを開いたところで終わる。不思議な曲ですよね」

 ──シリーズの最後にこの曲が来て、そういう終わり方をする、というのもなんかいいですね(笑)。

小菅「なにか次に繋がるような(笑)」

◆深い憧れから、自身の表現へ――小菅優との〈一期一会〉にむけて

 ──モーツァルト演奏でのヘブラーさん、ウェーバー演奏でのフライシャーさんと、小菅さんが憧れてきた名匠たちの録音についても先に伺いましたが、シューベルト演奏ではいかがでしょう。

小菅:「この曲では、いろんな素晴らしい演奏を聴いてきて、自分でも弾こうと思うまでに凄く時間がかかりました。ラドゥ・ルプー[1945~2022]の存在があまりにも大きくて‥‥彼がこの曲を弾くのをライヴで聴いた感動が忘れられませんし、今でも彼の録音を聴くと涙がとまらなくなるので、あまり聴けない(笑)。センチメンタルにならず直接的に訴えかけてくる彼のリリシズム、彼独自の音色、ハーモニーの表現の仕方‥‥」

 ──はみ出さないのに溢れている、そんな凄さを感じさせる素晴らしいピアニストでした。

小菅:「彼の演奏を聴くと、翌日まで何も手につかずにぼーっとしてしまうんですよね。他にもアルフレッド・ブレンデル[1931~2025]のシューベルトも本当に素晴らしいですし、最近聴いた中ではゲザ・アンダ[1921~76]の録音が面白かった。ベートーヴェンの《ディアベッリ変奏曲》と一緒にこの曲が入ってるんですが、燃えるような凜々しさがある中でも凄く歌っていて」

 ──小菅さんご自身が、シューベルトを弾くときに気をつけていること、など教えていただけますか。

小菅:「フォルテ[強奏]が、ベートーヴェンやブラームスのようにどっしりしたものではなく、どこかに軽さもある、声のようなフォルテなんです。すべてが内面から来る、力強さも中から来る、というのがシューベルトだと思います。さらに、メロディを歌うときにもどこか深みというか、芯をもって歌わないとふわふわしてしまいますし、彼らしい転調をするときに、どのくらい時間をかけて弾くか‥‥人によって全然違うんですよね」

 ──演奏中に、弾いてみて変わること、というのもあるのではないでしょうか。

小菅:「あります。特にシューベルトはあります。彼に限らずモーツァルトなど古典派の作曲家では、流れがはっきりありますよね。シンプルな中で〈こういう流れがあって、こういう盛り上がりをした後は、ここでもっと間をあけたい〉と思ったりと、事前に考えていた通りにはならないんです。いつもと違うところで時間をとって弾いたら、その後はもっと流れたい‥‥となりますし、そうやって全体のストーリーが変わってゆく。ピアノのタッチなど、そのとき弾く楽器にもよるんですが」

 ──シリーズの最後となる今回のコンサートでも、シューベルトでどんな一期一会を体験できるのか、わたしたちも心から楽しみにお待ちしています。ありがとうございました。