FUMINORI MARO
SHINOZAKI
INTERVIEW

篠崎史紀(N響特別コンサートマスター)
トゥガン・ソヒエフを語る

”何せ物凄く惚れ込んだ指揮者だったから”
──篠崎史紀、トゥガン・ソヒエフを語る

TEXT BY KATSUHIKO SHIBATA
PHOTOGRAPHS BY KAJIMOTO

この11月、南独の名門ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団が、引く手数多の指揮者トゥガン・ソヒエフに率いられて来日する。そこで、NHK交響楽団のコンサートマスターとしてソヒエフと度々共演してきた「マロ」こと篠崎史紀氏に話を聞いた。

ソヒエフが初めてN響を指揮した2008年10月の公演の印象はいかがでしたか?

その時は出演していないのですが、彼と会ってはいるし、本番も聴きました。演奏はとてつもなく素晴らしかった。音楽作りがとても自由で、まさに「凄いやつを見つけた」といった感じ。オーケストラの反応も良くて、「スターが生まれる瞬間に立ち会った」との思いがありました。彼は“身体から滲み出るフォースやオーラ”を持っている。しかもリハーサルの進行がスムーズなので鬼に金棒。すぐに「また呼んで」とお願いしました。 

次の客演は2013年11月。この時、またそれ以降については?

2回目はもちろん出ました。何せ物凄く惚れ込んだ指揮者だったから。この時も本当に無駄がなくて素晴らしかった。彼はオンリーワン。“この人にしか醸し出すことができない何か”を持っていると思いました。2016年以降は何度も客演し、私もずっと出ています。彼は毎回進化していて、曲の解説やアナリーゼではなく、“そこに存在しない新しい何か”を見せてくれます。ちなみに、私の団員としてのN響最後の演奏会(2023年1月。同年4月以降は特別コンサートマスター)の指揮もソヒエフ。最後の演奏会を彼が振る公演にしたかったのです。

改めてソヒエフの凄さは何だと思いますか?

彼には“見えない何か”があり、“自分たちの想像を超えた先のものを見せる”ことができる。このような指揮者は現役では他にいません、だからベルリン・フィルもウィーン・フィルも客演を望むのでしょう。しかも生み出す音楽がハッピーで、聴き手も弾き手も幸せにしてくれる。凄い人は皆そうした不思議な力を持っています。指揮者ではカルロス・クライバーやチェリビダッケ。ソヒエフもその一人だと思います。

篠崎 史紀
NHK交響楽団特別コンサートマスター、九州交響楽団ミュージック・アドバイザー、福山リーデンローズ音楽大使。1981年ウィーン市立音楽院に入学。翌年コンツェルト・ハウスでコンサート・デビューを飾る。その後ヨーロッパの主要なコンクールで数々の受賞を果たしヨーロッパを中心にソロ、室内楽と幅広く活動。「2020年度第33回ミュージック・ペンクラブ音楽賞」受賞。その他、1979年史上最年少で北九州市民文化賞、2001年福岡県文化賞、2014年有馬賞受賞。

マロさんのミュンヘン・フィルとの出会いは?

私がウィーンにいた1980年代、チェリビダッケが君臨していた全盛期です。当時一緒にカルテットを組んでいたミュンヘン・フィルの主要メンバーに誘われて、リハーサルから本番まで全部聴きましたが、本当に凄かった。その頃のミュンヘン・フィルは、ドイツの中でもカリスマ的な存在で、カラヤン/ベルリン・フィルと双璧だったし、ベルリン・フィルよりも給料が良かった。その後も何度か聴いていますが、良い意味でチェリビダッケの影響が残っているのを感じます。

ソヒエフとの相性はどうだと思いますか?

彼はどのオケでもとんでもないパフォーマンスができます。しかも(直接聞いた)ミュンヘン・フィルのメンバーの評判もいい。

── 話をN響に戻すと、ソヒエフとの1番の演奏会は?

彼は何をやってもいいので1番は挙げられません。一定の曲目が素晴らしい指揮者もいますが、彼は一段上。曲目に対してよりも音楽に対して素晴らしく、指揮者というより“音楽家”のカテゴリーにいる。一緒に食事にも行ったけど、人間性がまた凄くいい。

2019年1月には、今回のミュンヘン・フィルの演目「シェエラザード」を取り上げています。この時は出演されましたか? またその際の印象は?

出演しソロも弾きました。彼の「シェエラザード」は本当に素晴らしい、何より色で攻めてきます。リハーサルで何も言わないのに色が見える。そんな人が存在したのだ!と感心しましたよ。練習所に入ってくるだけで色を変え、本番の聴衆の反応でも色を変えられる。これは実に珍しいパターンです。これまでの「シェエラザード」の演奏で「この人とやれて良かった」と思ったのはデュトワとソヒエフですね。

「シェエラザード」の難しさは?

この曲の怖いところは個人芸が物凄く多いこと。どのパートもそう。これをどう表現するかが本当に難しい。ただ、コンマスの立場で言うと、今回青木尚佳(ミュンヘン・フィルのコンサートマスター)がソロを弾くのがとても楽しみ。彼女は、小学校1年から5年まで教えましたし、私が主宰する東京ジュニア・オーケストラでずっと弾いていたので、弟子でもあります。彼女が何より凄いのは、普通有り得ない中学1年の時に「シェエラザード」のソロを弾いたこと。これがまた素晴らしかった。彼女は端正で美しくて知的なヴァイオリニスト。今回はそこも注目点です。

もう1つのメイン、ブルックナーに関しては?

ミュンヘン・フィルのブルックナーは元々伝統があるし、チェリビダッケ指揮での強烈なインパクトが忘れ難い。当時のメンバーはほとんどいないけど、演奏伝統のようなものは残っているので、今回も超名演になるのではないかと期待しています。それに、ソヒエフの日本初のブルックナー演奏ですが、曲が何であれ、今のソヒエフを聴き逃すとこの後のクラシック音楽界を楽しめなくなると思う。

最後に今回の日本公演への期待を。

今のミュンヘン・フィルは絶対に聴くべきです。なぜなら進化した姿に接し得るかもしれないから。その進化とは伝統を重んじながら新しいものを引き出すこと。私が思う彼らの全盛期はチェリビダッケの時代。当時のメンバーがいなくなりながら伝承されたものが開花しようとする今、一番新しいコンマスの青木尚佳、そして世界中から最もアプローチが多いソヒエフと共に来日する。ならば新しい何かのスタートを体験できるはず。今回の公演を見逃すと、今後数十年のクラシックの動きを見逃すことになるかもしれません。

ミュンヘン・フィル来日公演 特別企画 
Vol.1篠崎史紀 インタビュー
(取材 : 2024年10月)