TUGAN
SOKHIEV
INTERVIEW
トゥガン・ソヒエフ
ミュンヘン・フィルとのツアーを語る
自分とともに、
唯一無二な何かを生み出すオーケストラ
──ソヒエフ、ミュンヘン・フィルとのツアーを語る
TEXT BY KAJIMOTO
PHOTOGRAPHS BY MARCO BORGGREVE / YURI MANABE
ミュンヘン・フィルを率いてまもなく来日するトゥガン・ソヒエフ。N響への毎シーズンの客演をはじめ、これまでトゥールーズ・キャピトル国立菅、ベルリン・ドイツ響、そして昨年秋はウィーン・フィルのツアーで注目され、日本でも多くのファンをもつ現代屈指の指揮者のひとり、トゥガン・ソヒエフ。来月のミュンヘン・フィルとの来日公演を前に今回のプログラムや、共演オーケストラの魅力について語ってくれた。
──今度のミュンヘン・フィルとのアジア・ツアーは、とてもコントラストの強いプログラミングです。これはマエストロのルーツに依る得意のロシア・プロと、そしてオーケストラが伝統として持つ独墺系レパートリーを“公平に”紹介したいと思ったのですか?
ロシア音楽とブルックナーという、2つの対照的なプログラムを日本公演のために組んだのは、いずれも、私自身が十二分な自信を持って指揮することのできるレパートリーであり、個人的に深い愛情を寄せているレパートリーであるからです。
私は、各地の演奏会でロシア音楽を絶えず取り上げています。いうまでもなく、ロシア音楽は私という人間の軸をなすものであり、私自身、ロシアの作曲家たちの作品を指揮する機会を常に愛いとおしんでいます。ここ数年、私はミュンヘン・フィルと緊密な関係を育んできましたが、この楽団には、もともとロシア音楽向きの素晴らしい適性やサウンドが備わっています。彼らにとってロシア作品は、私と手を取り合って切り拓き、発展させてくことができる分野の一つとなっているようです。
ブルックナーに関して言えば、周知の通りミュンヘン・フィルは、ドイツ音楽、とりわけブルックナー作品の演奏で国際的な定評を得てきましたから、彼らも私も、楽団のDNAに刻印された第8番を携えて日本に行くことを心から嬉しく思っています。
──ブルックナーの交響曲の中でも、最も広大深遠な「第8番」という音楽の中に、どんな世界を感じますか?
ブルックナーの他の交響曲と比べて、第8番は、全体として響きがやや異質な印象を受けます。その主たる要因は皆さまもお察しの通り、彼が第8番で初めてオーケストラの編成を思いきり拡大し、演奏者数を一気に増やしたからなのですが……。また第7番以前の交響曲に照らして、第8番の書法は若干、個人的・主観的であるとも私は感じています。その点において第8番は、第9番を予告しているのではないでしょうか。第8番の場合、響きだけでなく全体的な構造も極めて特異で、それがこの作品に神秘主義的とさえ言える側面を付与しているのだと思います。
──ミュンヘン・フィルはマエストロの言う通り、ブルックナー演奏で名声を得てきました。ご自身は、今回ミュンヘン・フィルと第8 番を取り上げるに当たり、どのような演奏を思い描いていらっしゃいますか?
おっしゃる通り、ミュンヘン・フィルはブルックナー演奏に関して破格に長く、秀抜な歴史を誇ります。彼らがブルックナーの交響曲の演奏史に大きな足跡を残してきたことは論をまちません。これまで私は、数多くのオーケストラとこの第8交響曲を演奏してきましたが、ミュンヘン・フィルと第8番を演奏するのは今回が初めてです。ミュンヘン・フィルが長年にわたり熟成させてきた第8番の演奏が、どのように私の作品観と合体してブレンドされるのか、私自身、興味津々ですし、胸をわくわくさせています。最終的に聴衆の皆さまが、この上なく目覚ましい成果を耳にすることになると確信しています![編注: ソヒエフ&ミュンヘン・フィルは来日に先駆け、10月末に現地ミュンヘンでの楽団定期公演にて第8番を演奏予定]
──ミュンヘン・フィルの個性とはどのようなものでしょう? 彼らとの音楽づくりのなかで、どのようなコミュニケーションを図りますか?
ミュンヘン・フィルは、何にもまして活発でエネルギッシュなオーケストラです。また彼らは、個々の作品のタイプや個々の作品が求める演奏様式に機敏に反応して順応します。私は本番中に、自発的にリハーサルとは違うことをしたり、即興的な要素を取り入れたり、何か新しいことを試みたりしたくなることがあります。もちろん、楽員たちが自分についてきてくれるという確信がなければ、それらを実際に行動に移すことはできません。反応性が高くエネルギーにも溢れるミュンヘン・フィルと演奏する際には、リハーサルでの取り決めに縛られることなく、唯一無二で特別な何かを本番の舞台上で生み出すことができます。これらの特長に加えて、濃密さ、奥深さ、重厚さを兼ねそなえた素晴らしいサウンドも、ミュンヘン・フィルの強烈な個性の一端を担っています。
──チャイコフスキー、ラフマニノフ、リムスキー=コルサコフといったロシアの音楽はどれもが、もちろん私たちが感じる“ロシア的”な要素に貫かれた音楽だと思います。特にマエストロがロシアの作曲家の音楽を指揮するとき、その歌い口、語り口、色彩感、劇性などに大きな説得力を感じますが、この「ロシア的」な要素・・・西欧の音楽と際立って違う個性というのは、どういうところにあると思いますか?
あくまで私個人の考えですが、「ロシア的」な要素の最たるもの……ロシア音楽と西ヨーロッパのクラシック音楽を決定的に分かつものは、その感情表現の背景が持つ限りない奥行きと、旋律に宿る声楽的な性質です。またロシア音楽には、しばしば、振れ幅の大きな色彩表現がみられます――その色彩は力強く濃厚で、時にどこまでも深遠で暗いのです。私の経験からすると、ロシア音楽は聞き手の心と魂を、常に直(じか)に、ただちに揺さぶります――これも「ロシア的」な要素の一つと言えるかもしれませんね。もちろん西ヨーロッパの音楽が聴衆の心を動かさないという意味ではありません。ここで申し上げているのは、ロシア音楽の旋律や和声言語に極めて特有な、「直接的」な効力についてです。
──今回は初めてピアニストの小林愛実さんと共演します。曲はマエストロの得意な曲でもあるラフマニノフ「パガニーニの主題による狂詩曲」です。
日本を代表する若手ピアニストのお一人である小林愛実さんとの共演を、今から心待ちにしています。かねてから私はライフワークとして、次代を担う才能ある演奏家たちの発掘や支援に全力を注いできました。しかも日本は、最もクラシック音楽に精通し、最もクラシック音楽に理解のある国の一つですから、日本の新進気鋭のピアニストと出会い、共演できることを、心から幸運に感じています。今回、愛実さんと共に演奏するのは「パガニーニ狂詩曲」ですが、愛実さんご本人にとっても、この名曲をドイツの優れたオーケストラと共演する絶好の機会となるでしょうし、新鮮なものを注いでくれるでしょう。私自身も、この曲に他に類をみない色彩がもたらされることを期待しています。
ミュンヘン・フィル来日公演 特別企画
Vol.1 トゥガン・ソヒエフ インタビュー
(取材 : 2024年9月)