上野通明が挑む
邦人作品・無伴奏

作曲家・藤倉大との対談


理屈抜きに日本人の血の中にあって
呼応する何かを感じてもらえたら嬉しい

TEXT BY KATSUHIKO SHIBATA
PHOTOGRAPHS BY HAYATO WATANABE

 

若手世代のチェリストの中でも屈指の実力者・上野通明が、5月にサントリーホールの大ホールで、邦人作曲家の作品による無伴奏リサイタルを行う。
 プログラムは、同分野を代表する黛敏郎の「BUNRAKU」、演奏される機会が少ない團伊玖磨の「無伴奏チェロ・ソナタ」、十七弦箏を原曲とする松村禎三の「祈祷歌」、フルートを原曲とする武満徹の「エア」に、「東京オペラシティのB→Cに出演した際、桐朋の先輩作曲家に委嘱したという森円花の「Phoenix」、そして今回の委嘱作である藤倉大の「Uzu(渦)」の世界初演と、実に意欲的だ。


上野 海外で生活しているのに日本の文化について深く考えたことがなく、ヨーロッパの人から好意を持って日本の話をされても自分はほとんど知らない。それが恥ずかしくて調べてみると、なかなか面白いんです。そこで日本人チェリストとしてまずは日本の皆さんに「こんなに素晴らしい作品がある」ことを紹介したいと考えました。

無伴奏公演を2000人規模のホールで行うのは初めてだという。

上野 今回所謂難解な曲はありません。それに僕は、背景を知り、曲を分析して初めて理解できる曲も良いですが、聴いただけで何かを感じられる曲が好きなので、そうした作品を選んでいます。そしてこういう曲から今まで感じたことがなかった、理屈抜きに日本人の血の中にあって、呼応する何かをお客様に感じてもらえたら嬉しいですね。


─ 今回の目玉といえるのが、藤倉大の新作「Uzu(渦)」。曲は既に完成している。
上野
 合計15分位で、奏者に任されている部分がとても多い曲。細かいセクションに分かれていますが、演奏するセクション数や順番が委ねられ、強弱にも自由があります。つまり曲を僕の意思で変えることができるので、とても面白く、譜読みしていても楽しい作品です。

以下、この曲や創作について上野と作曲家の藤倉大両氏に語り合ってもらった。

─ 最初に、上野さんが委嘱された経緯と、それを受けた藤倉さんの思いをお話ください。


上野
 邦人作品を色々聴いた中で、藤倉さんの曲には「これ何?」と耳を引くものがありました。しかも、曲によって異なるアプローチをされているのに、根底には藤倉さんの匂いがある。そこに魅力を感じ、僕がお願いしたらどんな曲を書いてくれるのか?と興味を持ったので、委嘱させて頂きました。

藤倉 古典作品が沢山ある楽器においては、なかなか現代曲は求められないんです。ファゴットやホルンの作品なら需要があるのですが、チェロはもうお腹一杯で、他の奏者と差別化するために3分ほどの新曲を依頼するといったケースが多い。しかし今回は、15分位のきちんとした曲を書いて欲しいと言われた。若い奏者がそう考えるのはとても勇気が要ることです。それに上野さんが委嘱しなければこの曲は生まれなかったわけです。例えば、イギリスのロイヤル・フィルハーモニック・ソサエティが委嘱しなければ、ベートーヴェンの「第九」は生まれなかった。日本であれだけ「第九」を消費しているのですから、崇められてもいいくらいです(笑)。なので、若い上野さんがこうした曲を委嘱するのは凄いことだと思います。


それから、上野さんは初見力が凄くて、譜面を送ったら初めてとは思えないような演奏を返してくれる。そのように色々とやりとりをしました。本物のソリストが弾くと、頭で考えている音楽とはパワーが違いますし、実際に弾いてもらうと各種の要素をフィットさせる按配がよくわかる。その辺を話し合えたのがよかったですね。


上野 僕の意見をオープンに聞いてくださったので、ありがたかったです。でも藤倉さんのレスポンスが速く、時間が経って「こんな感じでどうですか?」と送ると2~3分で返事が返ってくる。僕はそれにすぐ対応できなくて申し訳ないなと思いました。


藤倉 僕は書くだけですが、上野さんは形にしなければならないので当然でしょう。

─ 曲自体に関してはいかがでしょう?

藤倉 音楽には演奏する場所や時に合う形や長さがあります。そこで「複数の楽章(最終的には8つ)を作るので、どの順番でどれを弾いてもよく、一部の楽章だけでも使えるような曲はどうか?」と提案したら上野さんも喜んでくれた。この曲は、全部アタッカで繋がる形になっていますし、いかなる組み合わせも可能。どれで始めてもよいので第一印象を変えることもできます。しかもどんな形でも終われるよう6つのコーダを作りました。ただ上野さんが全体を組み合わせた演奏をまだ聴いていないので、どんな感じなのか興味があるのですが、どうですか?

上野 そのアイディア自体すごく好きで、小さい時にマグネットを組み替えるおもちゃをやった時の楽しみやワクワクを思い出しました。楽章ごとに違うキャラクターや色があり、どれも魅力的なので、組み合わせを考えるのも楽しい。でもタイトルが意外に決まらなかった(笑)。


藤倉 僕は依頼者の名前等に因むことが多いのですが、そうでないタイトルを好む奏者もいる。そこで色々話し合って「Uzu(渦)」に決めました。

上野 楽器の部位と、渦を巻いているようなモティーフの印象から「渦巻き」はどうか?という話になりましたね。それに名前と関係ない方がいいのは、この先様々な奏者に弾いてもらって、色々な解釈やバージョンを聴きたいとの思いがあったからです。自分1人で弾いてもチェロ界のレパートリーを広げたことにはならないですから。

藤倉 そうした考えの奏者の方が、後々ビッグネームになっていますよ。それに憧れて「自分も作曲家を探してやってみよう」と思う人も出てきますし、上野さんのそういう側面も皆に知ってほしいですね。

─ この曲の技術面はどうですか?

上野 難しくはありますが、曲想がしっかりしているので、それを前面に出して演奏できる曲だと思います。

藤倉 僕が憧れるのは、誰もが楽譜を買って家で弾いてみることも可能だが、上手い人が弾いたらさらに凄いと思えるような曲。ただ僕の曲は、どうしても難しくなってしまう……。

上野 でも不可能なことは1つも書かれていないので、楽器を本当に理解されているなと思いました。

藤倉 あと重要なのは、僕の曲がその奏者のベストを引き出せるかどうか。将来バッハなどの作品と一緒に僕の曲が弾かれた時に、奏者の演奏のスケールが小さく感じられると残念ですから。

上野 ところで、曲を書くときにまず頭に浮かべるのは、その人が弾いているイメージなのですか?
藤倉 そうです。それにその奏者が弾いたスマホなどの録音が物凄いインスピレーションを与えてくれますし、創作途上の録音を聴くと、その後何を書けばいいかがわかります。

上野 藤倉さんが作曲するときに何を考えているのかをお聞きしたいです。音そのものに集中されて書かれるのか? 情景や何らかの気持ちなのか?
藤倉 僕の場合は、「五感」というか、色々な感覚が音になる感じですね。食感、味、臭い、触感など。でも全ては人との関係に尽きます。音楽はコミュニケーション芸術ですからね。