YU KOSUGE
INTERVIEW

人生をたどるプロジェクト
ソナタ・シリーズ

Pianist

Yu Kosuge

©Takehiro Goto


人生をたどる新プロジェクト
シリーズ全体も、ひとつのソナタのように

TEXT BY TAKEHIRO YAMANO

花ひらく若き日々から、人生の黄昏まで・・・
作曲家の<生>の諸相を、ピアノ傑作たちでたどる

──今回、いよいよ小菅さんの新しいプロジェクト《ソナタ・シリーズ》がスタートします。古典から現代まで、さまざまな作曲家たちによる、バラエティに富んだピアノ・ソナタの数々を、各回ごとにテーマを据えて聴かせてくださるリサイタル・シリーズとなっています。‥‥まず、どうして《ソナタ・シリーズ》をやろうと思われたのですか?

小菅 以前にベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会をやって[2010~15年]、次に、それとはかけ離れた《Four Elements》シリーズで〈水・火・風・大地〉をテーマにしたリサイタルをやりました[2017~20年]。ここで、自分の原点でもあるドイツ古典派・ロマン派に戻ろうと思いました。そのうえで、今までにやっていない組み合わせで‥‥と考えたとき、やはり〈ソナタ〉というもの自体に凄く興味があった。

──ピアノを弾くかたも聴くかたも、〈ソナタ〉を抜きにピアノ音楽を考えることはできませんね。

小菅 子供の頃から、古典派のソナタを弾いてきたのですが、それ以前にもバロックのソナタがあって、現代までいろいろなかたちの〈ソナタ〉があります。

──遙か昔は、舞曲をまとめたものがソナタだったりと、「新しいかたちで鳴り響く器楽曲」ならソナタ、と大ざっぱな命名だったそうですね。時代を経てから、ソナタとは「さまざまな〈対照的な〉楽章を組み合わされた〈多楽章の〉器楽曲」になったと。

小菅 そのなかで、形式を打ち破った新しいものもつくられてきましたが、ソナタのそれぞれには〈ストーリー〉があります。ソナタの各楽章で、それぞれ全く違うことを語りながら、曲全体ではひとつのストーリーがある。‥‥特にベートーヴェンのソナタもそうですが、最初のテーマが最後で戻ってきたりと、細かいことをいろいろやりながらも、全体で統一性があったりします。

──波瀾万丈、それぞれの楽章でいろいろありながら、全体でひとつのストーリーになる、と。

小菅 今回の《ソナタ・シリーズ》も、全5回のシリーズで、作曲家の人間そのもの、その人生をたどっていこう、と考えたのです。そして、シリーズ全体も、ひとつのソナタになるようにしてみよう、と。

──なるほど‥

小菅 シリーズ全体として、作曲家の人生を追うようにしたい、と。最初の回では、若い頃は作曲家としてまだ不器用ながら、その中にどれほどの勢いがあったのか‥‥というところに焦点を当てて。最後の回では、作曲家それぞれが最晩年に書いた作品を取りあげる。という風に。


シリーズ初回は、大作曲家の〈若々しさ〉を

──最初の Vol.1《開花》では、バッハにベートーヴェン、プロコフィエフにブラームスと、時代を超えて、大作曲家たちの出発期のソナタを並べられています。

小菅 この Vol.1 で最初に決めたのは、以前から弾いてきたブラームスのピアノ・ソナタ第3番 ヘ短調 op.5[1853年]でした。これは、彼がシューマンに認められた20歳頃の作品ですが、ブラームスがその時期に書いた中でも最高傑作だと思います。

──交響曲などでブラームスをイメージされると、恰幅の良い髭の人、的な感じかも知れませんが、この若き日のピアノ・ソナタを聴くと‥‥

小菅 美青年ですよね。面白いのは、このソナタの動機の扱いなど、既にシンフォニックな書き方をしているし、若い人だからこそ新しいことをしたいと思う、その感じが出ている。よくこの若さで、こんな全5楽章もの作品を書いたのだなぁと思います。

──覇気に満ちて壮大ないい曲ですよね。

小菅 ブラームスのこのソナタは、作品のこの勢いといい、やはり若いときに弾くのがいい、とは思います。今の自分にはぎりぎり出せるところかも知れないし、自分が60歳とかになったら、やはりブラームスの晩年の作品を弾きたくなるんでしょうね。いま40歳代になって、これから自分がどのように成長したいか‥‥など考えると、やはりシューベルトの世界など挑戦したいと思うんですよ。

──シリーズにシューベルトを入れられた意味も、初回にブラームスのソナタを置かれる意味も、それぞれピアニストの確かな歩みと共に噛みしめたいと思います。それにしても、ブラームスが、ピアノ・ソナタを若い頃に書いたっきりで、その後は書かなかったのも残念ですね。

小菅 晩年はクラリネット・ソナタとか、もっとコンパクトな、無駄なく圧縮された世界に行って、若い頃よりも客観的というか、屈折してどこか諦めたようなところがありますよね。それに比べて、今回演奏するピアノ・ソナタ第3番のような若い時の作品は、もっと直接的に爆発していて、そのなかに優しさのようなものもある。けれども、同じ短調作品でも、のちのチェロ・ソナタ第1番 ホ短調 op.38[1865年]のような暗さは、まだない。

──そうですね。暗さの質が違う。

小菅 ピアノ・ソナタ第3番のほうは、よりパッションが強いですね。この《ソナタ・シリーズ》では、人間の成長、というものをたどってみたいと思っているのですが、このブラームスを演奏する Vol.1では、〈若々しさ〉とは何なのか、ということを探ってみたいと思っています。

PHOTOGRAPHS BY TAKEHIRO GOTO


ブラームスとベートーヴェン、同じ〈ヘ短調〉に聴く激しさ

──このブラームス作品、大先輩のベートーヴェン、そして尊敬する先輩シューマンとの関連もあちこちに響く曲ですね。

小菅 特に愛の詩が引用されている第2楽章には、シューマンの影響が感じられるように思いますが、既にすっかりブラームスの個性として完成されているんですよね。シューマンの夢想的なところを思わせながら、リスト的なものに反抗し、ベートーヴェンからの流れを引き継ぎたかった‥‥というところなど、よく現れていると思います。第1楽章の転調の仕方とか、既に完成されている。

──第1楽章の冒頭動機が、ソナタ全曲を大きく統一していたりと、まさに《ソナタ・シリーズ》の初回にふさわしい作品かと。

小菅 ただ、やはり初期の作品ばかりでプログラムを成り立たせるのは、なかなか難しい(笑)。私は、リサイタルのプログラム全体で、作品それぞれの調性の関係などを考えるのも好きなので、ブラームスのソナタがヘ短調なら、同じヘ短調で‥‥と他の作品も選んでみました。

──ブラームスの第3番 ヘ短調の前に弾かれる、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第1番 op.1[1909年]もヘ短調で、ベートーヴェンの初期作品《選帝侯ソナタ》第2番 WoO47-2[1782~83年頃]もヘ短調ですね。

小菅 ベートーヴェンは、ピアノ・ソナタ第1番 op.2-1もヘ短調で書いていますし、後の第23番《熱情(アパッショナータ)》op.57もヘ短調。いずれも、悲劇的というのではなく、暗いところから生まれる激しさ、というものが感じられますね。それに、若い力強さ、のようなものも感じられる。

──調性によるイメージ、があるのですね。

小菅 ただ、ブラームスのソナタ第3番でも、最後は希望を持てるように、ヘ短調からヘ長調へと向かっている。

──演奏会も希望を持って余韻を味わえると思います。ところで、ベートーヴェンは、ソナタ第1番 Op.2-1 もヘ短調の作品ですが、今回はその前に書かれた、ベートーヴェン習作期の‥‥とはいえ畏るべき《選帝侯ソナタ》第2番を選ばれたと。

小菅 もちろんop.2-1も考えたのですが、今まで取りあげてこなかった作品を弾きたいと思いました。それに、作曲家の〈未熟さ〉に焦点を当ててみたいと。この《選帝侯ソナタ》は、ベートーヴェンがまだ12歳で書いた作品です。ただ、この曲が面白いのは、第1楽章から、後の《悲愴》ソナタのようにゆっくりした導入部があったり、初期のソナタなので即興する余白もいっぱいあったりするところですね。


PHOTOGRAPHS BY TAKEHIRO GOTO

プロコフィエフ、若き日の抒情を

──Vol.1《開花》で、最後におかれたブラームスの第3番と、前半のベートーヴェン《選帝侯ソナタ》第2番のあいだに、同じヘ短調で書かれた20世紀の作品‥‥プロコフィエフのピアノ・ソナタ第1番 op.1を置かれています。

小菅 プロコフィエフといえば、のちの《戦争ソナタ》と呼ばれる作品[第2次大戦中に書かれた第6・7・8番]が有名で、そちらはピアノの打楽器的な音響なども活かしたものですが、今回弾く第1番 ヘ短調は、彼が学生時代に書かれたソナタで、ここに彼の原点が見えるように思います。

──素敵な曲ですよね。

小菅 プロコフィエフは、お母さんが家で弾くベートーヴェンのソナタを聴いて育ったり、オペラからスタートした作曲家だったり‥‥というところも、ここから見えるのではないでしょうか。とてもリリック[抒情的]な作品です。単純なメロディを歌いながらも、とても意欲的なハーモニー・リズムの変化を使っていて、とても好きな作品です。

──同じ〈若々しさ〉でも、ブラームスとプロコフィエフで全く違うあたりも面白いです。

小菅 プロコフィエフは、出版された彼の日記を読んでいると、若い時から客観的な目線でいる人で、自分の先生のことも分析しちゃったりして、ちょっと共感できない部分も・・。

──神童にして鬼才でしたから、音楽院の先生たちもやりにくかったでしょうね!

小菅 このピアノ・ソナタ第1番も、プロコフィエフ自身がとても自信を持っていた作品で、リリックなメロディにはちょっとチャイコフスキー的なところもありますし、ちょっと可愛いなぁと思う箇所もあります。ただ、和声のつくり方など、やはり凄いですよね。構成も、同じことを再現するときに工夫があって‥‥。そして、終わり方がとても好き。プロコフィエフがこうやって終わってから、休憩を挟んでブラームスのソナタへ続く、その繋がりも考えて組んでいるんです。

──ピアノ、という楽器がまるで異なる姿であらわれる、その変化と繋がりも楽しみです。小菅さんのプロコフィエフ、というのはファンのかたでも聴ける作品が限られてきましたから‥‥

小菅 プロコフィエフは《ロミオとジュリエット》ピアノ編曲版や、《束の間の幻影》など美しくて大好きなんですけど、ピアノ協奏曲は弾いていないんです。その客観性や皮肉っぽさなど、自分に合っていないような気がして。

──今回のピアノ・ソナタ第1番には若い鋭さもありつつ、むしろ詩情の美しさが印象的で‥‥ひねくれきる以前の作品ですから。

小菅 もう充分ひねくれてるかもしれませんね・・。


バッハの天才、その中にきこえるユーモア

──ベートーヴェン、プロコフィエフ、ブラームス、と初期のヘ短調作品を並べたリサイタルですが、冒頭ではちょっと珍しいといいますか、巨匠J.S.バッハの初期に書かれた、ソナタ ニ長調 BWV963を。

小菅 リサイタルの最初が、ベートーヴェンの《選帝侯ソナタ》で始まるのはどうだろう‥‥と考えて、いろいろ調べていくうちに、スヴャトスラフ・リヒテルの弾いた録音でこの曲を思いついたんです。バッハが10代で書いた、しかし素晴らしい曲ですし、シリーズの最初はやはりバッハであるべきではないだろうか、とも思いました。

──なるほど!

小菅 このソナタは、生き生きとしたニ長調の作品で、中心にはロ短調の厳格なフーガがありながら、その最後には、かっこうとにわとりの鳴き声がきこえるという。それも若々しいバッハらしさが出ていますよね。

──考えぬかれて選ばれた4曲、ホールで体験することでどのような発見、どのような感銘をうけるのか、とても楽しみにしています。

山野 雄大(音楽評論家)