PROGRAM NOTES
by Hitomi Niikura

新倉瞳チェロ・リサイタル
"The Room" 〜浪漫回想〜
プログラムノート


PROGRAM NOTES

TEXT BY HITOMI NIIKURA

サン=サーンス : 白鳥

ロマン派と言われる曲の中で、私の人生の中で一番多く演奏している曲だと思います。8歳でチェロを始め、10歳の発表会で初めて人前で演奏したのもこの曲でした。白鳥が粛々と美しく泳ぐ姿は、私自身が常に憧れている姿ですが何度演奏しても、その白鳥の姿は一度として同じ姿に留まったことがありません。とても堂々と泳いでいて美しい日もあれば、今にも消えてしまいそうに儚く美しい日もあって。
 
「ロマン派の作曲家??サン=サーンスは古典派でしょ!」と言われたり「いやいや、彼はなんといっても革命家でしょ!」とも言われたサン=サーンスですがステレオタイプではなく、様々なことに好奇心旺盛であったエピソードが尽きない人だからこそ色々と憶測で言われがちなのかなぁなんて思います。そんな彼を、私は一人の人としてとても親近感を持っています。

ベートーヴェン : チェロ・ソナタ 第5番 ニ長調 op.102-2

ベートーヴェンこそが、今まで宮廷音楽・舞踏音楽であった音楽を舞台にあげ、音楽家を「アーティスト」にしてくれた作曲家。それなのに私、正直、ベートーヴェンの作品——特にチェロ・ソナタは長年苦手意識がありました。しかしスイスで、ガット弦を張ったバロックチェロ&フォルテピアノでの演奏を聴いたことがきっかけで、ベートーヴェンの「言葉」が浮き上がって聴こえるようになり、そこから自身でもモダンではないスタイルでベートーヴェンを演奏するようになり、大好きになりました。

共演の入江さんともこのベートーヴェンの「言葉」への意識は共有出来ており、バロックチェロで弾こうがモダンチェロで弾こうが関係なくはっきりと「こう話したい!」という想いがあります。

チェロとピアノの対話がきらきらと楽しい第1楽章。心の内側に込める願い、祈りがコラールとなった第2楽章。そしてベートーヴェンの後期の作風への序章、作曲家としての頭の良さと天才さが光る(もはや凡人の私には理解出来ぬ)第3楽章…。簡単に耳で追えないフーガ、曲の締め方も、粋です。

ちなみにチェロ・ソナタ第5番は、ベートーヴェン自身が最後に作曲したチェロ作品なのですが、この曲を作曲した頃を境目とし、ベートーヴェンの作風が変化していったことを私は感じずにはいられません。


レーガー(クレンゲル編曲) : ロマンス ト長調

原曲はヴァイオリンとピアノのための作品ですが、チェロの魅力も存分に魅せてくれる曲です。レーガーは後期ロマン派を代表する作曲家、しかしベートーヴェンやブラームスほど世の中に知られておらず、僭越ながら彼の作品を是非ともご紹介したく、選びました。

私の恩師の堤剛先生…の師である齋藤秀雄先生…の師であるクレンゲル先生が編曲されていらっしゃる!ということも、私にとってこの曲がより身近に感じる要素の一つです。

ラフマニノフ : チェロ・ソナタ ト短調 op.19

「バッハの無伴奏チェロ組曲全曲演奏会は避けたい!」というチェリストも多いかもしれませんが、「ラフマニノフのチェロ・ソナタを弾くことは避けたい!!」と思うピアニストの方がもっと多いかもしれません。

というくらい「チェロ」は気持ち良く歌えるのに、「ピアノ」はひたすら音が多くて難しく、共演チェリストたちからは「ごめん、難しいのは分かるんだけど…チェロがもうちょっと映えるはずで…少し小さく弾ける…?」なぁんて言われる始末…!(※あくまでイメージです)

いえいえ、ラフマニノフは親友のチェリストのブランドゥコーフさんのためにこの曲をかき(初演はチェロはそのブランドゥコーフさんでピアノがラフマニノフ本人)、そのリスペクトがチェロを「映え」させたのではないでしょうか。私自身も、2020年の公演「往復書簡」を経て、生きているうちに生きている作曲家の皆さまから曲を書いていただき、その曲たちのお陰で自分が何倍にも輝ける、という経験をしております。

曲の冒頭のチェロの2音はドイツ語の「Warum(なぜ)?」という歌詞が隠されている説もあり、この曲が作曲された時代の背景がプロローグ的に語られ、第1楽章は不安と希望の追いかけっこが続きます。

第2楽章はラフマニノフが好んで乗っていたと言われる電車の描写&車窓から広がる壮大な美しい景色を彷彿させる(ラフマニノフ鉄ちゃん説を彷彿させる)スケルツァンド。やはり追ったり追われたり。

そして泣く子も黙れば黙っていた子も泣き出してしまうほど美しい第3楽章。全チェリストたちがチェリストでよかったと思う瞬間ベスト3に必ずランクインするくらいチェロが気持ちよく歌える楽章であり、入江さんのモスクワ仕込みのラフマニノフもご堪能頂ける楽章です。追ったり追われたりしていた感情が、肩を寄せ合い同じ方向に向かって歩み出す、そんな印象です。

涙をぬぐったら、さぁ共に幸せになろうよ第4楽章。様々な想いで辿ってきた旅路が昇華されていくような感動のフィナーレです。民謡や童謡が聴こえてくるようなあたたかさと、これがこう!とは言い切れないない悩ましさやもどかしさまでも大切にしたい感情を全て委ねられるようなラフマニノフの歌が、そこに在ります。