GEWANDHAUS
ORCHESTER
LEIPZIG
REPORT

アンドリス・ネルソンス
&ゲヴァントハウス管弦楽団
現地公演レポート


1743年創設の伝統と歴史を
音に乗せて届けてくれる
かけがえのないオーケストラ

TEXT BY MASATO NAKAMURA
PHOTOGRAPHS BY KONRAD STÖHR

 10月末から11月初頭にかけて、アンドリス・ネルソンスとライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が、日本公演に向けたプログラムの演奏会を2週連続で行った。筆者はメンデルスゾーンの交響曲第3番《スコットランド》をメインとした11月3日の演奏会を聴く機会に恵まれた。
 ゲヴァントハウス大ホールに入ると、空席がほぼ見当たらないほどの盛況だ。何しろこの楽団が自家薬籠中のレパートリーを奏でるのだから当然だろう。プログラム冊子に記載されている楽団の演奏記録がその重みを静かに物語る。
「シューマンのピアノ協奏曲:1846年1月1日(ドレスデンでの初演の約1ヶ月後)、独奏はクララ・シューマン。メンデルスゾーン《スコットランド》:1842年3月3日、作曲家自身の指揮により初演」


 冒頭に演奏されたのは、アメリカの作曲家ジュリア・アドルフによるボストン交響楽団とゲヴァントハウス管の委嘱作品《Makeshift Castle》。金管楽器と3人の打楽器奏者が活躍するなど、暴力的な荒々しさと夜のひそやかな空気が同居した、なかなか魅力的な作品だ。

 続いて、日本ツアーでもソリストを務めるピアニストのチョ・ソンジンが登場。シューマンのピアノ協奏曲の華やかな冒頭が鳴り響いた。ゲヴァントハウスの高貴な響きと一段と成熟を重ねたチョのピアノが見事に調和する。冒頭のオーボエ・ソロからすぐに感じたのは、このオケの木管セクションの魅力。味わいの濃さに加えて、音の粒立ちの良いこと。中間部のクラリネットの夢見るようなソロでは、チョが奏者に視線を向けながらアンサンブルを作り出す。


 第2楽章ではチェロがロマンティックな旋律を奏で、少しずつ形と色を変えながら音楽が揺らぐ。それによって聴き手の心があたためられていく箇所の魅力をどう表現したらいいのだろう。フィナーレでは、アルゲリッチが弾くときのようなスリリングさという点では後退するかもしれないが、チョによるピアノソロはこの作曲家の才能のほとばしりと「フモレスケ」の精神が横溢した見事なものだった。

 そして、後半のメンデルスゾーン《スコットランド》。筆者は2018年2月、ネルソンスがゲヴァントハウス管のカペルマイスターに就任した際の記念演奏会でこの曲を聴いているが、その後両者はメンデルスゾーンの交響曲ツィクルスやオラトリオ《エリヤ》《聖パウロ》といった大作に取り組み、これらを経た後の成熟度は就任当時とは比較にならないほどだ。対向配置のオーケストラから聞こえてくる陰影豊かな響きと自然なフレージング。特に、中央に位置するチェロ・セクションが後ろのソロ・フルートと重なり合うときの後光が差すような感覚は忘れがたい。そして、妖精が飛び回るようなスケルツォでの木管の妙技!


 目をクリクリさせて無我夢中で指揮するデビュー当時のネルソンスを知る者としては、じっくり構えた音楽作りをするようになった姿に感慨を覚えるが、これも成熟と見るべきだろう。第3楽章の深い安らぎや第4楽章のコーダで味わった感動は、経験を重ねたネルソンスならではのものだった。

 終演後、ゲヴァントハウスで聴いた音楽の余韻に浸りながら、コンサート前に聖トーマス教会で参加したモテットの夕べを思い出した。そこでは当然のようにバッハやメンデルスゾーンのモテットが聖トーマス教会合唱団によって歌われ、平和を願う信徒共同体の歌を参加者全員で合唱した。

 ふと思う。ゲヴァントハウス管弦楽団が活動の拠点とするホールと向かいの歌劇場、そしてバッハ縁の聖トーマス教会と聖ニコライ教会との間は数百メートルも離れていない。彼らはこの間を日常的に行き来し、定期的に演奏しながらバッハやメンデルスゾーン、シューマン、あるいはこの街に生まれたワーグナーといった作曲家の精神をいまに伝えているのだと。1743年創設の伝統と歴史を音に乗せて私たちに届けてくれる、かけがえのないオーケストラである。

中村真人(音楽ジャーナリスト/在ベルリン)