FABIO LUISI
INTERVIEW

ファビオ・ルイージに聞く
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の
素晴らしき魅力

Conductor

FABIO LUISI

ファビオ・ルイージに聞く
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の
素晴らしき魅力

TEXT BY TAKEHIRO YAMANO
PHOTOGRAPHS BY YURI MANABE

最高峰の〈深みある輝き〉──ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のサウンドこそ、オーケストラ芸術を堪能させる極上のひとつと言える。

名指揮者たちの薫陶を受けて、じっくりと育てられてきたその響きは、ほかの名門楽団とも、またひと味ことなる美しさだ。味わうほどに深く、しかし重厚さにも上品な華やかさを薫らせ、強くもしなやかな確かさを感じさせるサウンド‥‥。コンサートホールの豊かな余韻と共に、生演奏で味わいたいオーケストラの筆頭だろう。薫りと輝きを響かせるべく、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が今秋の日本ツアーで指揮台に迎えるマエストロが、ファビオ・ルイージだ。

彼はドレスデン国立歌劇場、メトロポリタン・オペラ、チューリヒ歌劇場‥‥と世界の名だたるオペラハウスで音楽総監督や首席指揮者を歴任し、オペラでの活躍も絶賛を浴びてきた。そして、名門オーケストラの数々を指揮してきた成果もまた著しい。名だたる名門楽団への客演だけでなく、デンマーク国立交響楽団の首席指揮者を務め(先日、ニールセンの交響曲全集録音で実に見事な成果をあげたばかり!)、ダラス交響楽団の音楽監督を兼任するほか、2022年9月からはNHK交響楽団の首席指揮者に着任。さっそく力感溢れる共演を繰り広げて、日本でもすっかりおなじみとなっているところだが‥‥そのタイミングで、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とルイージとの共演を実際に体感できるのは、まさに絶好のチャンスと言わねばならない。

─コンセルトヘボウ管弦楽団ならではの伝統 ─
美しきフレキシビリティ

ファビオ・ルイージ(指揮者)
Fabio Luisi, Conductor

現代を代表する指揮者の一人。ドレスデン国立歌劇場の音楽監督やMETの首席指揮者、ウィーン響の首席指揮者を経て、現在はダラス響とチューリヒ歌劇場の音楽監督、そして2022年9月からはN響の首席指揮者を務める。コンセルトヘボウ管、ロンドン響、ミュンヘン・フィル、フィラデルフィア管、サイトウ・キネン・オーケストラなどに客演し、ザルツブルク音楽祭でもオペラを指揮。録音も多く、シュターツカペレ・ドレスデンとのR.シュトラウスの交響詩や、METでの《ジークフリート》《神々の黄昏》は数々の国際的な賞を受賞している。

コンセルトヘボウ管の持つ伝統というものは、ドイツ系のオーケストラとは違います

と、ルイージは優しくも真摯なまなざしで語る。

違うのは、特にフレージングですね。これは初期の指揮者たちの時代から受け継がれてきた、とても古い伝統だと思うのですが‥‥それに、私が特に素晴らしいと感じるのは、その柔軟性です。皆さんご存知のように、ドイツ系のオーケストラは必ずしもしなやかさを得意とはしておりません(笑)。しかし、そのフレキシビリティこそが、コンセルトヘボウ管弦楽団なのです

ルイージ自身が、若い頃に初めてこの楽団の音楽に触れたのは、「とても古い、メンゲルベルクのレコーディングでした」と言う。1895年から1945年まで、半世紀にわたって首席指揮者を務めたウィレム・メンゲルベルク ─「彼はあらゆる点で特別な存在でした。メンゲルベルクが抱いていたファンタジーは、今でもオーケストラに受け継がれているのです」と言う。

そして、私はベルナルト・ハイティンクがコンセルトヘボウ管弦楽団を指揮したLPレコードをたくさん聴いていました。私が若い頃は、ハイティンクが楽団の首席指揮者を務めていた時代でしたが[註:1961~88年]、彼の時代にもコンセルトヘボウ管弦楽団の良き伝統は受け継がれていたのです


─ルイージとコンセルトヘボウ管弦楽団 ─
敢えて王道をゆくプログラム

そのコンセルトヘボウ管弦楽団とも幾度となく共演を重ねてきたルイージ、今回の日本ツアーでは。チャイコフスキーの交響曲第5番[Aプログラム]、ドヴォルザークの交響曲第9番[Bプログラム]と、敢えて王道の人気曲をメインに据えて日本を巡る。

こうした傑作たちは、私たちが学んできた音楽を形づくるものでもあり、深くリスペクトしなければいけない作品でもありますとルイージは強調する。

今回、交響曲と併せて演奏する序曲や協奏曲も、すべてのオーケストラにとって〈スタンダードなレパートリー〉にあたります。コンセルトヘボウ管弦楽団も頻繁に演奏して熟知している傑作ばかりですから、〈指揮者が望むことをすべて満足させてくれる演奏〉というものが実現して、聴き手の皆さんにも満足していただけるのです

たとえば‥‥とルイージはAプログラムの選曲を例に挙げる。

ウェーバーのオペラ《オベロン》序曲は、オーケストラのヴィルトゥオジティを存分に発揮する作品ですね。今回も間違いなくパーフェクトでしょう。そして、後半で演奏するチャイコフスキーの交響曲第5番も、この曲で皆さんがこれまでお聴きになった演奏でもベスト、と言えるものになるはずです。こういう、とても有名な作品ばかりを集めたプログラムで、最高のまたとない演奏をお届けできるというのも、ツアーならではのものじゃないですか



─まさに〈アーティスト〉 ─
名ピアニスト・ブロンフマンとの共演

Aプログラムではチャイコフスキーの前に、名匠イェフィム・ブロンフマンがリストのピアノ協奏曲第2番を共演する。オーケストラではチェロ独奏も活躍するなど、幻想美に溢れた名コンチェルトだ。

私もこの曲を愛しているんです。リスト自身がファンタスティックなピアニストだったこともあり、膨大な数のピアノ曲を残し、素晴らしいピアノ協奏曲も2作書いていますが、今回お届けするこの第2番、実はあまり演奏されないんですね

だからこそ、名匠たちと名門楽団の共演で聴けるチャンスは逃すべきではないわけだが、

というのも、ショパンやベートーヴェン、ブラームスのピアノ協奏曲とは違って、単一楽章の作品です[約20分]。凄いヴィルトゥオジティを要求されるわりに、ちょっと短い(笑)。それで、普通のレパートリーからちょっと外れた位置づけにされているんです。しかしながら、フィマ[ブロンフマンの愛称]が今回、この作品を提案して下さったのはとても幸せに思います。というのも、かつて1988年にフィマと私が初めて共演した作品が、まさにこのリストの第2番だったんです

長く共演を重ねてきた〈フィマ〉ブロンフマンについて伺うと、「ワンダフル!」と即答した上で、「とても良い人で、愉しくて、大らかで、いい意味でちょっとクレイジーでもあり(笑)、ピアノのこと、ピアノを弾くことについて考え続けている。彼こそはまさに〈ピアニスト〉であり、まさに〈アーティスト〉。偉大な存在であり、本当に大好きです」と、盟友への賛辞も尽きない。

─ドヴォルザークの正統を、まっすぐに深く追求する─

Bプログラムでは、ビゼーの交響曲ハ長調(バレエ化もされたほど、溌剌とした躍動感と清澄な歌心とが素晴らしく、オーケストラの真髄を魅せる傑作!)にくわえて、誰もが知るドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》‥‥という、楽団の実力をとことんまで味わえる選曲。名曲2つながら、実は通好みでもあるという、こちらも楽しみなプログラムだ。

ドヴォルザークの《新世界より》では、チェコの偉大な指揮者たちの録音にも残されている、チェコ・フィルが伝統的に用いてきた楽譜の修正をベースに演奏します。ドヴォルザーク自身から伝わる、最もオーセンティックな解釈として尊重されるべきものですからね。というのも、この曲では、出版された各種の楽譜を見比べると、ところどころで明らかに和声的におかしな記譜の間違いと思われるところがあるのですが、私はチェコ・フィルの演奏伝統に従いたいと思います。なにしろ作品を熟知している人たちですからね

コンセルトヘボウ管弦楽団も、豊かな演奏伝統を積み重ねてきたオーケストラであるからこそ、ドヴォルザークの演奏にあたっても、その王道たるチェコの伝統に深いリスペクトを捧げながらの演奏となるわけだ。


―優れた名技性と柔軟性―
すべてのパートが豊かに触発しあう、最高峰のオーケストラ!

コンセルトヘボウ管弦楽団からもその力量に信頼を寄せられ、長らく客演を続けてきたルイージ。オーケストラの長く豊かな伝統から、彼は今、どのような新しい響きを引き出すのか――

いやぁ、分かりません!とマエストロは愉しそうに笑う。

お聴きになって、感じたことをぜひ教えてほしいと思うんですが(笑)、私もこのオーケストラと数々の経験を重ねてきましたが、楽員が皆さんとてもポジティブで、全てのパートが互いに豊かに触発しあっている。サウンドの高いクオリティ、オーケストラ全体の優れたヴィルトゥオジティ(名技性)や柔軟性といった全ての点において傑出した‥‥やはり世界で最も優れたオーケストラのひとつと言わねばなりません。今回のツアーを通して、楽団が誇るそうした美点を引き出すことが私に求められていると思いますし、クラシック音楽に深い興味を持って、非常に水準の高い聴き手の皆さんが揃っているこの国を巡ることは、私たちにとっても非常に重要な機会として、誇りに感じています

と、ひと息おいてルイージは、

そして、私自身にも個性というものがありましてといたずらっぽく笑いながら、

このオーケストラに、明らかに他と異なる個性を持ち込むことになりますが、私とコンセルトヘボウ管弦楽団との共演はこれまでずっと、素晴らしくポジティブなものでしたし、今回のツアーもとても愉しめると思いますよ!

(取材 : 2023年5月)