LONDON
SYMPHONY
ORCHESTRA
OPERA
BLUEBEARD’S
CASTLE
ロンドン交響楽団
バルトーク:オペラ《青ひげ公の城》
プログラムノート
バルトーク:オペラ《青ひげ公の城》
楽曲解説
TEXT BY HIDEKUNI MAEJIMA
概要
《管弦楽のための協奏曲》をはじめとする名作の作曲に加え、ヨーロッパから北アフリカに至る地域の民謡採集・研究によって、20世紀音楽全体に絶大な影響を与えた作曲家ベラ・バルトーク(1881-1945)。その彼が生涯に唯一残したオペラ《青ひげ公の城》は、演奏時間約1時間の1幕形式、歌唱パートを持つ登場人物も青ひげ公とその新妻ユディットの2人だけという切り詰めた構成ながら、人間の深層心理を象徴的に表現した台本と圧倒的な音楽によって、20世紀オペラを代表する傑作のひとつとなった作品である。
台本に用いられた原作戯曲を執筆したのは、バルトークの盟友ゾルタン・コダーイの学生時代のルームメイトであり、のちに映画理論家/脚本家としても活躍するようになったハンガリーの詩人ベラ・バラージュ。1910年、バラージュはプロローグの前口上(本演奏では青ひげ公役のジェラルド・フィンリーが英訳を朗読している)をハンガリーの演劇雑誌に発表した後、2ヶ月後に戯曲全体を同じ雑誌に掲載した。これに関心を示したバルトークがオペラ化に着手し、オペラ作曲コンクールの締切に間に合わせるべく1911年9月に作曲を終了したが、落選。翌1912年、別のコンクールに応募するため改訂を施したが、同様に落選した。その後、バルトークとベラージュのコンビ第2作にあたるバレエ《かかし王子》(1917年初演)が大成功を収めたことから上演の目処が立ち、作曲から7年を経た1918年5月24日にようやくブダペストで初演された。
青ひげ伝説とバラージュの台本について
物語のベースとなった青ひげ伝説は、中世からヨーロッパ各地に伝わる連続殺人犯(シリアルキラー)に関する伝説で、モデルとなった人物には諸説があり、現在も確定していない。青ひげ伝説は、シャルル・ペローが1697年に執筆した童話によって広く知られるようになり、その後、無数のヴァリアントが生み出された。これらのヴァリアントには、おおまかに(1)青ひげが妻に迎えた若い女性たちを次々に殺害する、(2)人里離れた青ひげの居城(館)には秘密の部屋が存在する、(3)ひとりの女性が好奇心から部屋を開けてしまう、といった共通点が見られる。
バラージュが創作の参考にしたのは、ペローの童話ではなく、彼が偶然読んだモーリス・メーテルリンクの『アリアーヌと青ひげ』(ポール・デュカスが1907年にオペラ化している)と、青ひげ伝説に酷似した内容を持つハンガリーの民俗詩『アンナ・モルナール』(1936年にコダーイが混声合唱曲として作曲している)である。城内に7つの扉があり、前妻たちが生きたまま幽閉されている、という《青ひげ公の城》の設定はメーテルリンクを踏襲しているが、バラージュは青ひげ伝説特有の猟奇性を最小限に抑え、7つの扉を人間の“心の扉”の象徴とすることで、男女の愛の不毛、あるいは人間の相互理解の困難といった普遍的なテーマを前面に押し出している。
また、本作のヒロインの名前ユディットは、バラージュが学生時代に研究していたドイツの劇作家フリードリヒ・ヘッベルの処女作『ユーディット』に由来する可能性が高い。ヘッベルが基にした旧約聖書外伝『ユディト記』では、故郷を守るためにユディトがアッシリア軍の将軍を誘惑し、彼を斬首するエピソードが描かれている。そうした視点を踏まえてバラージュの台本を読み直すと、ユディットが何らかの理由で青ひげを殺害するために送り込まれた刺客と解釈することも可能である(実際、そのような設定に基づいて演出された上演も存在する)。
バルトークの音楽について
音楽的に見ると、この作品の真の主役は2人の登場人物ではなく、青ひげ公の城(と7つの部屋)そのものである。その情景と雰囲気を迫真的に描くため、バルトークはオルガンを含む4管編成の巨大なオーケストラを用い、ほとんど表現主義に近いスタイルの音楽を書き上げた。それに対し、主人公2人はアリアや二重唱のような“見せ場”を持たず、ハンガリー語の抑揚とリズムに基づいた朗唱を歌いながら、対話劇のようなスタイルで心理的な葛藤のドラマを表現していく。
Karen Cargill, Mezzo-Soprano
スコットランド生まれ。故郷の王立音楽院で学び、2002年には由緒あるK.フェリアー賞を受賞。英ロイヤル・オペラやMETなどの主要歌劇場で《トリスタンとイゾルデ》のブランゲーネやプーランク《カルメル会修道女の対話》のマザー・マリーなどを歌い、またコンサートでも超一流の指揮者、オーケストラと共演するメゾ・ソプラノ。録音も数多い。Photo: Nadine Boyd Photography
冒頭に登場する五音音階をはじめ、バルトークは民謡収集を通じて得た民俗音楽の知識を作曲に応用しているが、それだけでなく、明確な調性設計を用いることで、文字通り巨大な城のような構造を音楽全体に与えている。すなわち、嬰ヘ調の暗い響きで始まる音楽は、ユディットが扉が開くたびに調が変化し、色合いと明るさが変化していく。全曲のほぼ中央にあたる第5の扉の部分(青ひげ公が絶大な権力者であることが明かされる)に到達すると、音楽は(嬰へ調から最も遠い)ハ調の輝かしい響きに達するが、さらにユディットが扉を開けていくと調が変わり、最後の第7の扉の部分で嬰ヘ調に戻ることで、物語が永遠に繰り返されていく可能性を暗示している。このように、闇を象徴する嬰へ調を両端に配置し、光を象徴するハ調を中央に配置することで、バルトークは音楽全体にアーチのような構造をもたせているが、そうした作曲手法は、彼が後年作曲することになる管弦楽曲や弦楽四重奏曲などにも共通して見られる特徴である。初演を見たコダーイが「並行する台本と音楽が生み出す2つの巨大な虹」と評したのは、それゆえ、きわめて正確かつ本質的な説明と言えるだろう。
London Symphony Orchestra
1904年創設。「多くの人々に素晴らしい音楽を届けたい」という起業家精神のもと楽団員により運営される、英国最高にして世界屈指のオーケストラ。伝統的サウンドをもち、各時代の一級の演奏家たちと名演を繰り広げている。2017年からラトルが音楽監督を務め、より演奏活動に密度が増した。本拠地ロンドンで年間約70公演、また世界各地でも毎年50を超える公演を行っている。自主レーベル「LSOライヴ」は大成功で、教育、メディアにも深く関わる。「スターウォーズ」などの映画音楽でも有名。
さらに、短2度の音程に基づく“血のモティーフ”が全曲を統一する役割を果たし、ユディットが血を目撃するたびに、このモティーフが印象深く登場する。
本演奏の編曲について
本動画で演奏されているのは、近年ワーグナーやベルクなどの名作オペラの室内オーケストラ版編曲を手掛けているドイツ人指揮者/作曲家のエバーハルト・クローケが、《青ひげ公の城》初演100周年にあたる2018年に編曲した室内オーケストラ用のヴァージョン。原曲の4管編成をほぼ2管まで縮小し、16型を要する弦5部を2・2・2・2・1まで縮小(本演奏ではほぼ10型)することで、舞台上/脇/裏での伴奏を可能とし、オーケストラピットを必要としない(あるいは用意できない)上演形態にも対応できる編曲となっている(原曲にない楽器としてアルトフルート、アルトサックス、コントラバスフルートを使用。原曲のオルガンパートはシンセサイザーで代用)。原曲に慣れ親しんだリスナーならば、この小編成でバルトーク独特の音色と響きを可能な限り再現したクローケの編曲の手腕に驚くはずである。
今秋来日を予定しておりましたサー・サイモン・ラトル&ロンドン交響楽団(LSO)。残念ながら来日はキャンセルとなりましたが、ご来場を予定されていたお客様や、長きにわたりLSOを応援してくださっている日本のファンの皆様に感謝の気持ちを込めて、今回の日本ツアーで披露する予定でありましたバルトークのオペラ《青ひげ公の城》(コンサート形式)を、LSOの本拠地のひとつであるロンドンSt.Luke’sで収録し、お届けします。
日本先行配信です!KAJIMOTOのYouTubeチャンネルにて2日間限定でご視聴いただけますので、どうぞお見逃しなく。