AYANA TSUJI
meets
Osaka
Philharmonic
Orchestra

辻彩奈 × 福山修(大阪フィルハーモニー交響楽団 事務局長)
特別インタビュー対談

Violin

AYANA TSUJI

辻彩奈、新たな境地へ
“代役“で挑む難曲。
大阪フィル、コロナ禍における
オーケストラの現在

辻彩奈 × 福山修(大阪フィルハーモニー交響楽団 事務局長)
特別インタビュー対談

TEXT BY HIROYUKI KOMIBUCHI
PHOTOGRAPHS BY KAZUNARI TAMURA

ヴァイオリニストの辻彩奈が20世紀イギリスを代表するベンジャミン・ブリテンのヴァイオリン協奏曲を弾くことになった。9月24日、25日に行われる大阪フィルハーモニー交響楽団の第551回定期演奏会で、オーストリアのヴァイオリニスト、ベンヤミン・シュミットが新型コロナウイルスの感染拡大による渡航規制で来日出来なくなったことによる代役だ。その意気込み、コロナ禍の現在の心境などを辻に聞くと共に、辻を高く評価する大阪フィルの事務局長・福山修氏に辻との共演にかける想いを聞いた。

──今回の辻彩奈さんの場合のように、今の新型コロナウイルスが感染拡大する状況で外国人演奏家が来られないことも多いわけですが、代役、もちろんポジティブな意味でですが、どういう観点から決めているのでしょうか。

福山 できるだけ演奏会の内容は変えたくないので、予定曲目を得意とする奏者、または聴いてみたいと思う奏者を考えます。ブリテンの《ヴァイオリン協奏曲》は大阪フィルでもなかなか演奏しない曲ですが、この作品には感性がとても大事だと思うんです。辻彩奈さんは昨年2月の定期で弾いていただいたプロコフィエフの《ヴァイオリン協奏曲第2番》 ※1 が我々にとって、とても鮮烈で新鮮だったので是非とお願いしました。

辻彩奈(ヴァイオリン)
Ayana Tsuji, Violin

1997年岐阜県生まれ。東京音楽大学卒業。2016年モントリオール国際音楽コンクール第1位、併せて5つの特別賞を受賞。モントリオール交響楽団、スイス・ロマンド管弦楽団、NHK交響楽団、読売日本交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団などと共演。第28回出光音楽賞受賞。これまでに小林健次、矢口十詩子、中澤きみ子、小栗まち絵、原田幸一郎、レジス・パスキエの各氏に師事。2019年、ジョナサン・ノット指揮/スイス・ロマンド管弦楽団とツアーを実施し、その艶やかな音色と表現により各方面より高い評価を得た。使用楽器は、NPO法人イエローエンジェルより貸与されているJoannes Baptista Guadagnini 1748。

──という突然のオファーを受けられてどんな風に思われましたか?

 大阪フィルの定期演奏会に出るというのは一つの大きな目標で、初めて去年の2月に出させていただいて、またこうして指名をしていただいてとても嬉しかったです。ブリテンのコンチェルトは初めてなんですが、ぜひ挑戦したいなと思いました。

──こういう場合は、予想もしない作品を手がけられることになるんですね。

 そうですね。ブリテンか!とびっくりしましたね。自分のレパートリーではないわけですし。

──そこに取り組む意気込みを聞かせてください。

 自分の今まで演奏してきたものとは違った内面的な、精神的に緊張感の高い音楽であることと、技術的にも求められるものが高い作品なので、自分にとっても新しいステップになるのかなと、頑張ろうと思います。

──こう言っていただけると、辻さんを選んだ醍醐味もありますね。

福山 そうですね。ワクワクします。辻さんが弾くヴァイオリンの音の質感や情感に他にない非凡なものを感じています。ブリテンは色々な要素が含まれた作品ですので、それを辻さんがどういう感性で音にしてくださるのか楽しみです。

福山修(大阪フィルハーモニー交響楽団 事務局長)
Osamu Fukuyama, 

──辻さんと大阪フィルの初共演はいつだったのでしょうか?

福山 2017年11月に音楽監督の尾高忠明の指揮でメンデルスゾーンの《ヴァイオリン協奏曲》を弾いていただいたのが初めてでした。今回で4回目になります。

──これまで共演を重ねてこられて、大阪フィルの印象を教えてください。

 メンデルスゾーンとチャイコフスキーとプロコフィエフをご一緒したんですが、楽員さんが温かく接してくださって、特にプロコフィエフの時はそれぞれの楽器の方とのアンサンブルが重要な曲だったので、独奏ヴァイオリンのことを気にしてくださった上で、言葉でもそうですけど、音楽での対話がとても楽しかったのが印象的でした。事務局の方もとても温かくて、大阪っぽいっていうか、面白くて、親しみやすく迎えてくださって、いつも大阪に来るのも、そしてこの大フィル会館に来るのも、緊張しますけど楽しみです。

福山 辻さんは岐阜県出身ですけど、大阪には縁はないんですか?

 高校で東京に行きましたから。でも、原田幸一郎先生のレッスンに肥後橋 ※2 に通っていたこともありました。大阪好きですよ!ボケたらちゃんと突っ込んで欲しいし(笑)。

──福山さん、改めて昨年2月の辻さんがプロコフィエフの《ヴァイオリン協奏曲第2番》を弾いた時の印象を教えてください。

福山 やっぱりあの曲は、まず技巧的に難しい曲ですよね。なのでどうしてもテクニックが前面に出てきます。ですが辻さんの演奏では音が印象に残りました。それって考えてできることじゃないと思うんですよね。無意識に出ていると思うので、その前のメンデルスゾーンとチャイコフスキーもそうだったのですが、これは特別なヴァイオリニストだなと感じました。できるだけ近い将来に再び共演したいと考えていました。

──その共演が2020年2月だったということは、直後からコロナ禍の状況に突入していったということになりますね。

福山 3月の定期演奏会は無観客で配信のみで実施しなければならなくなりました。その後は3ヶ月間にわたって活動が停止して、6月の定期演奏会から再開ということになりましたが、奏者間の距離を取らなければならなくなり、その影響は現在まで続いています。

──この新型コロナウイルスの感染拡大という事態は、音楽家にとって誰もが、その影響を受けることになったと思うのですが、辻さんご自身はどんな一年を過ごしてきましたか。

 私も2月の大フィルの演奏会を最後に、キャンセルや延期が6月、7月ぐらいまで続きました。6月に配信のコンサートがあって、8月になってようやくお客様の前で演奏することができました。半年間何も見えない中でという事態は私だけではなくて、誰もが初めてのことだったのですが、無観客で演奏するという経験をしてみて、改めてお客様がいらしてくださることのありがたさを痛感しました。目の前にいらっしゃってこそ会場の空気感が生まれたり、反応を感じられるのであって、当たり前だったことが突然なくなってしまって寂しかったです。インターネットを通して何人もの方が観てくださっているのはわかっていても、お互いの意識の差は感じてしまいます。私も3月の大フィルの無観客配信を観ていたのですが、演奏者とお客様で共有するものこそが演奏会の楽しみなんだなとわかりました。

──福山さん、オーケストラにとっても同じことですよね。

福山 無観客公演をやってみて思ったんですが、音が鳴っている瞬間だけじゃなくて、音が消えた時、音と音の間の静寂の中にある会場の空気ってとても大事で、メンバーもその時間に聴衆がどう受け止めているかを感じようとしているんですよね。それがまったくないというのは、次にどういう音を創っていくのかとなった時に、戸惑う様子を聴いていても感じました。

──今もいつも通りとはいかないわけですが、そんな中、演奏活動を続けていく過程で感じていることはありますか。

 少しずつ戻りつつある中ですが、自分にとって何もなかった半年間というのは先が見えない中で不安もありました。けれども、時間ができた分、新しいレパートリーを手がけたり、精神的に自分を見つめ直して、蓄える時間になったので、逆に必要な時間だったのかもしれないと思っています。そしてこうして色々な演奏の機会をいただいて、初めての作品にも取り組むことができて、この状況だったからこそ挑戦する幅が拡がったという実感があります。

──福山さん、オーケストラとしてもこの事態は大変厳しいもので、さらに組織を維持しなければならないという苦労があったと思いますが。

福山 去年予定していた演奏会の半分がキャンセルになりましたから、経営、運営としては大きな打撃でした。その一方でたくさんの寄付を個人や企業の方からいただくことができ、なんとか一年を乗り切ることができました。演奏活動を再開していく中で、足を運んでくださるお客様がいらっしゃって、そして会場には来られなくても寄付してくださる方もいらっしゃいます。見えないところでも我々を支えていただいていると感じました。だからこそ、聴いていただけるお客様に感動を届けることに集中して、そして必ずこのコロナ禍が明けたら、オーケストラを守ってきてくださったお客様が戻ってくると信じて、不安を顔に出さずにやっていくことを心がけています。

──以前のように心配なく演奏会場に足を運べる状況ではない中で、実際にお客様と接してどのような感触を持っていますか。

福山 クラシック音楽の聴衆は高齢の方が多いので、どうしてもご自身で不安があって来られなかったり、家族に止められて自粛しているという方もおられます。ですが、実際に来ていただいた方には、会場の感染防止対策を目の当たりにして、ここまできちんとやっていただければと安心して聴いていただいています。これまでクラシック音楽のコンサートホールで集団感染は起こっていません。引き続き、足を運んでいただける方には安心して楽しんでいただけるよう努めたいと思います。

──辻さん、我々聴き手の側も、コンサートホールで場を共有することの掛け替えのなさというものがよくわかったように思うのですが、そんな中でお客様とのエピソードはありますか。

 昨年の秋でしたが、医療従事者の方を対象に演奏会をしたことがあって、大変な中で頑張ってくださっている方々に音楽で癒された、元気をもらったと言ってもらえると、演奏者が感じているよりも音楽の力って大きいんだなと改めて思いました。

──福山さんはいかがですか。

福山 こんな時だからこそ、我々にできるのは音楽を届けることであって、もちろん医学的、科学的な配慮をしつつも、我々は演奏活動を続けていくことで、みなさまの力になることができる。そう信じてやっています。

──せっかくですから、ここからは、どうぞ、福山さんと辻さんに自由に語りあってもらいましょう。

福山 初めてだというブリテンをお願いしたわけですけど、どんな印象を持ちましたか。

 第一印象は技巧的に難しそうだなというのがありました。

福山 それはヴァイオリン奏者の観点から弾く上での難しさを度外視しているのか、それとも奏法を踏まえて書いてるのか、どちらでしょう。

 無茶苦茶なことが書かれているわけじゃないんですけど、分かった上で、重音だっり、ハーモニクスだったり、ピッツィカートだったり、色々な技術が出てくるので、これは頑張らないとなと思いました。

福山 辻さんは、練習に取り組まれる時に、まずどういうことから始めるのですか?

 昔はまず音源を聴いてやってたんですが、やっぱり音源を聴いてしまうと先入観ができてしまうので、そこで弾いてる奏者の解釈を聞いちゃうんじゃないかなと思って、最近は音源を聴かないで、まず楽譜をきちんと読もうとしています。

福山 演奏しながらお客様がどういう風に感じているかは、キャッチしながら演奏していますか。それとも自分の中に入っている感じですか。

 入っている時もありますけど、カデンツァなんかは、シーンという空気感というか、『間』というものを結構客観的に聴いてますね。

福山 自分がどんどん、どんどん入っていってエネルギーが音に充満していく感覚ってありますよね。それを感じながら弾いているアーティストなのか、そうじゃないのかは、客席でもわかるんですよ。そこがつながっていると、どんどん会場の中の温度が上がっていく、それが最高潮にきて、お客さんの空気に応える演奏をしてやろううという音に対するエネルギーがあるから、何度も聴いている曲でも感動できるんですよ。ただ単に大きい音で弾くんじゃなくて、求められるテンションに持っていけるというのが大事だと思うんです。

──オーケストラと共演する時は、指揮者の存在が大きくなると思うんですが、辻さんにとって指揮者とはどんな風に感じていらっしゃいますか?

 指揮者の方って色々なタイプの方がいらっしゃるじゃないですか。『好きなように弾いていいよ。僕たちはついていくから』みたいな方と、『なんで遅く弾いてるの???』みたいな方と…。自分の性格的に『いいよ、いいよ』よりも『もっと来いよ!』みたいなタイプの方が向かって行きやすいところはあります。どういう風に弾いてもつけてくださる方は、ほんとにそうしてくださいますし、多種多様な指揮者の方がいらっしゃって、それぞれ色々な経験ができて面白いです。

福山 でも、くやしい時もあるでしょ。指揮者から言われた時に『わかってるけど、自分はこうやりたいんだ』とか。

 そうですね。どうしても、ここだけはってところもありますが、でも、とりあえずやってみて考えます。ぜんぜん違う観点のことを言ってくださると、参考になることもたくさんあります。オーケストラで怖いって思う瞬間って、自分だけが孤立した時なんです。あんまり経験はないんですけど。

──自分の中で、無伴奏、ピアノとのデュオ、室内楽、オーケストラとの協奏曲というそれぞれの活動は、これからどういう風に取り組んでいきますか。

 無伴奏は2019年の1月にバッハの無伴奏全曲をやりました。色々な作品を通してバッハのスタイルや和声の感じ方は自分の中で変わってくるんだろうなと思っています。自分の人生の中で、また10年後には挑戦したいなとその時は考えました。ピアノとのデュオや室内楽も好きなんですけど、私が一番好きなのはコンチェルトで、たくさんの楽器がいて、大人数で作り上げるところに喜びを感じられます。コンチェルトを弾く中で、どこまで歩み寄れるかですね。ピアノとだと一対一で、どうにでも動けるんですけど、オーケストラって、実際に言葉で「こうしてして欲しい、ああして欲しい」というリハーサルはあまりしないので、自分がどういう風に弾きたいというのを持っていった上で、色々な感性の方が集まっているわけですから、どういう風に来るのかです。スコアをリハーサルの前に見て、ここはどの楽器と一緒に動いているかとか、どの楽器が何をしているのかを勉強しているんですけど、例えばオーボエだったら、私を聴いて返してくれた時に、言葉じゃないコミュニケーションができて、それが本番で全然変わることもあって、そのことがいつも幸せです。いろいろなコンチェルトを勉強して、たくさんの経験をしていきたいなと思います。

※1 大阪フィル第535回定期演奏会において秋山和慶指揮で演奏。
※2 大阪メトロ(地下鉄)で、大阪駅近接の梅田駅から四ツ橋線で1駅先が肥後橋駅。フェスティバルホールの最寄り駅でもある。

大阪フィルハーモニー交響楽団 第551回定期演奏会
日時:2021年9月24日(金)19:00/9月25日(土)15:00
会場:フェスティバルホール(大阪府大阪市北区中之島2-3-18
指揮:松本宗利音
ヴァイオリン:辻彩奈
※指揮者・ソリストともに出演者変更
・アーノルド:序曲「ピータールー」
・ブリテン:ヴァイオリン協奏曲
・チャイコフスキー:交響曲第5番
公式ウェブサイト:
https://www.osaka-phil.com/schedule/detail.php?d=20210924
主催 : 公益社団法人 大阪フィルハーモニー協会