BLUOOM X SEP 2020
アフターレポート
With/Afterコロナ時代の
オンラインフェスだからこその、
堅苦しくないクラシック音楽の楽しみ
BLUOOM X SEP 2020 レポート
TEXT BY TAKAYUKI KOMURO
PHOTOGRAPHS BY KOSUKE KOBAYASHI
「333円」
いきなりお金の話から始めるのも、なんなのだが、値付けが間違っているんじゃないかと思うような価格なのだから、触れないわけにはいかない。
今のうちに青田買いしておきたい世界的な活躍が期待される若き天才たちのキレッキレのパフォーマンスから、日本の音楽界を牽引するベテラン勢ならではの芸術性とエンターテインメント性を両立した円熟のパフォーマンスまで……。計12組のライヴが、配信期間のあいだ繰り返し聴けて4000円──つまり1組あたり333円というワンコイン以下の価格設定は、いくらなんでも採算度外視すぎるのではないか?
そんな余計な心配をしてしまうほどに破格のオンラインフェスBLUOOM X SEP 2020(ブリューム・バイ・セップ2020)は、配信ならではの新しい音楽の可能性を感じさせてくれるという意味でも、必見の内容だ。
映像も音も最高品質なのだが、それもそのはず。映像監督はフジロックの公式ムービーの制作などをしている藤井大輔、音響はブルーノート東京の元サウンドエンジニアである伊藤文善が務めている。出演者のみならず、スタッフも一流どころが揃った万全の布陣で臨んだ、およそ8時間にわたるオンラインフェスの魅力について、3つにポイントを絞って迫ろう。
これぞ「フェス」と呼ぶに相応しい、新たなライジングスターに出会える場
どんな音楽ジャンルであっても、新たなスターの誕生がシーンを活況づけるのは言うまでもない。このフェスでは、そんな次世代のスターたち(New Generations!)がド頭から7組連続で登場していく。キャッチーな有名曲を羅列するのではなく、全員が本気の勝負曲を披露するので、どれもこれもが手に汗握るパフォーマンスばかり。当人たちにその意識はないのかもしれないが、まるで競い合って(バトルして)いるかのようで、聴き入ってしまうと観客側も汗ばんでくるほどの熱量なのだ。これぞ「フェス」と呼ぶに相応しい!

しかも、どのパフォーマンスも単にテクニックが優れているだけでなく、クラシックに普段馴染みのない人々さえ、思わず惹きつけられてしまうであろう磁力を感じさせてくれる。集中力ひとつとっても、尋常ならざる雰囲気がビシビシ伝わってくるのは、さすがというほかない。
良い意味でトップバッターの重責を感じさせず、いきなりトップギアではじまる外村理紗(ヴァイオリン)と小林愛実(ピアノ)によるグリーグのヴァイオリン・ソナタ第3番から、人気YouTuberとしての顔ももつ角野隼斗(ピアノ)の天衣無縫な即興演奏と表現力豊かなショパンまで……。配信であることを忘れそうになるぐらい、エキサイティングな瞬間が3時間半のあいだに何度となく訪れる。
もちろん時間が許せば、全てを集中して鑑賞するのもオススメしたいが、まずはBGM代わりに聴き流してみて、自分の心に強く響いたパフォーマンスをプレイバックするという聴き方でも楽しめること間違いなし。期間中(2020年10月22日(木)23:59まで)聴き放題となる配信ならではの贅沢な味わい方だ。
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贅沢ここに極まれり、お酒を片手に「ラウンジ」感覚でも楽しめるベテラン勢の貫禄
一方、夜の部とでもいうべきセクションでは5組の管楽器──特に金管楽器のベテラン勢(Super Brass Stars!)を中心にした味わい深い音楽が楽しめる。熱量の高さで勝負する若手とは異なる、力みのないツボをおさえたパフォーマンスは長く活動してきたからこそのもの。お酒を飲んだりしながら、リラックスして楽しむのにうってつけの音楽を聴かせてくれる。

また、収録場所に観客がいない状況だからこそ、より普段の姿に近い演奏家たちの素顔がこぼれ出てしまっているのも楽しいポイントだ。例えば、結成20年になる古部賢一(オーボエ)と鈴木大介(ギター)のデュオは、密を避けるためにフェス前日の事前収録だったにもかかわらず、演奏時のトラブルを編集でカットすることなく、そのまま配信。普段のクラシックのコンサートではなかなかお目にかかれない、こういう“隙”を垣間見ると、音楽だけではなく人間的にもファンになってしまう……そんなニヤリとする瞬間が多々あるのが実に魅力的である。
ただ、ひとつ例外となるのは夜の部2組目に登場する齊藤健太(サクソフォーン)とAKI マツモト(ピアノ)によるデュオ。彼らは、昼の部の次世代のスターたち(New Generations)の延長線となるような手に汗握る勝負曲を披露している。
そしてトリを飾る中川英二郎(トロンボーン)を中心としたパフォーマンスが、今回ならではの企画。前半の演奏は日本を代表するジャズミュージシャンのひとり、本田雅人(サクソフォーン)とのデュオ(!?)で、確かにジャズではあるのだが、同時にバッハを思い起こさせるように旋律を絡ませあう。これがもう実に刺激的! 後半にはエリック・ミヤシロ(トランペット)も加わり、デュオで「G線上のアリア」(!?)、そして最後はフュージョンのあの名曲を、たった3人(3声!)で燃え上がってしまうのだ。これには驚かされるほかない。コロナ禍だからこそ生まれたクラシック風のジャズとでもいうべき新たな可能性は、絶対にお聴き逃しなく!

豪華メンバーによるトークセッションは、クラシックに留まらない音楽の未来を考えるヒントに!
若手の昼の部と、ベテランの夜の部の間には、いくつものトークセッションが開催された。テーマは「ライブエンタテイメント」と「音楽体験」の現在、そして未来を考える……というもので、「ライブエンタテイメントの現在、そして未来」の方はPerfumeらとのコラボレーションで知られるRhizomatiksの真鍋大度に、ロック・ポップス系の音楽ジャーナリストとして、いま一番信頼を寄せられている柴那典が登壇。「音楽体験の現在、そして未来」の方は数々の名盤に携わってきた録音エンジニアでアーティストのオノ セイゲン、ソニーミュージックのプロデューサー杉田元一、クラシックや現代音楽の枠を超えて世界的な活躍をみせる作曲家の藤倉大が登壇した。

トークの概要については別レポートをご参照いただこう。こうした業界の最前線で活躍するフロントランナーたちがWith/Afterコロナの時代をどう考えているのか? 同業者ならずとも、音楽ファンにとっても気になるところ。トークの温度感も含めて、是非ともじっくりお聴きいただきたい。
繰り返しとなってしまうが、これだけ充実したコンテンツが期間中見放題で4000円というのは、破格といわずしてなんといおう。週末にまとめ見をするも良し、平日夜に1組ずつ楽しむも良し。楽しみ方は自由だ。
コロナ禍以降、生の音楽に触れる機会が劇的に減ってしまったのは確かだが、代わりにオンラインコンテンツの充実ぶりは目をみはるものがある。かえって音楽の楽しみ方の選択肢が広がってしまった「新しい生活様式」のなかで、我々はライヴ感のある音楽をどのように生活のなかへ取り入れていけばいいのか? BLUOOM X SEP 2020(ブリューム・バイ・セップ2020)を観れば、今後の音楽との向き合い方について、きっと多くの発見があるはずだ。
