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会社の歴史

1951~19741975~19911992~2000|2001~2008|2009~20202021~

2001~2008

21世紀に入り、2001年には会社創立50周年を迎えた。 この年は、チケット販売のオンライン化(カジモト・イープラスの展開)や、ヨーロッパへの進出とローカル・マネジメントの脱却のためパリにオフィスを開くなど、ますます積極的な動きを始めた年である。 2002年には現代最高のピアニスト、ポリーニが企画し、世界で行っていた壮大な「ポリーニ・プロジェクト」を、東京において最大規模で行った。 そして、パリ・オフィスを設立したことで見出し、日本でも実現した「ラ・フォル・ジュルネ音楽祭」、東京で3本のオペラを毎年上演した「パリ・シャトレ座プロジェクト」(2004~06年)など、これまでにはなかった斬新な内容をもつプロジェクトを展開、梶本音楽事務所にとって大きな飛躍を遂げた時代と言えるだろう。

2001年

海外アーティストのマネジメント強化を図り、初の外国でのオフィスをパリに開設。

インターネットによるシステムに移行。クラシック・コンサート専用のチケット販売サービス「カジモト・イープラス」を開始。

梶本眞秀がフランス政府より、フランス共和国芸術文化勲章オフィシェを受章

世界中で尊敬を受ける老巨匠、ギュンター・ヴァントの率いるハンブルク北ドイツ放送交響楽団の来日公演を実現する。会場は東京オペラシティ。シューベルト「未完成」とブルックナー「第9交響曲」のプログラム による3夜連続のコンサートは、発売から2時間で完売。演奏は峻厳さを極め、満員のホールは異様な集中と熱気に包まれた。ヴァント最後の来日となったこの伝説のコンサートはライヴ収録され、BMG(現在はソニー)からCDが発売されている。

創立50周年を記念し、梶本尚靖による回想録『音と人と―回想の五十年』出版。

NHK交響楽団(指揮:シャルル・デュトワ、笙:宮田まゆみ、ピアノ:マルタ・アルゲリッチ)のヨーロッパ・ツアー

札幌交響楽団(指揮:尾髙忠明、ヴァイオリン:竹澤恭子、ピアノ:ジョン・リル)のイギリス・ツアー

2002年

“完璧の体現者”である現代最高のピアニスト、マウリツィオ・ポリーニとともに、ルネサンス期から現代まで人類の音楽遺産を体験する「ポリーニ・プロジェクト2002in東京」を主催。ポリーニ・プロジェクトはザルツブルク、ミラノ、ローマ、ニューヨークでも行われている。

米国よりウィントン・マルサリス率いるリンカーンセンター・ジャズ・オーケストラを招く。

2004年

ドイツから大植英次指揮ハノーファー北ドイツ放送交響楽団を招聘。

フランス国立管弦楽団の日本ツアーを実現。指揮はクルト・マズア。

パリ室内管弦楽団の日本ツアーを実現。指揮はジョン・ネルソン。

名古屋フィルハーモニー交響楽団(指揮: 沼尻竜典、ピアノ: 児玉桃)のヨーロッパ・ツアー

パリ・シャトレ座を招く。シャトレ座は通常のオペラ・ハウスと異なり、専属のオーケストラや合唱団を持たず、指揮者、オーケストラから歌手、演出家までを、それぞれの演目ごとに編成して、他では見られないクリエイティヴな舞台を制作する。この鮮やかな「伝統と革新」の精神を伝えるべく、「パリ・シャトレ座プロジェクト」を3年連続で東京で主催した。

偉大なソプラノ、ジェシー・ノーマンによるシェーンベルク:モノ・オペラ「期待」とプーランク:モノ・ドラマ「声」のダブル・ビル。濃密な一人舞台が、会場を緊張感で一杯にした。

2005年

ヴァイオリンの諏訪内晶子が、ヨーロッパ室内管弦楽団、フランソワ・ルルー(オーボエ)らとともに、「J.S.バッハ・プロジェクト」を全国で行う。

「パリ・シャトレ座プロジェクト」第2弾として、ベルリン州立歌劇場、シャトレ座との共同制作による『武満徹〜マイ・ウェイ・オブ・ライフ』を上演(演出:ベータ―・ムスバッハ、指揮:ケント・ナガノ、管弦楽:ベルリン・ドイツ交響楽団)。

偉大なソプラノ、ジェシー・ノーマンによるシェーンベルク:モノ・オペラ「期待」とプーランク:モノ・ドラマ「声」のダブル・ビル。濃密な一人舞台が、会場を緊張感で一杯にした。

アジアの拠点として上海オフィスを開設。(2012年には北京オフィスを開設。)

フランスのルネ・マルタン(アーティスティック・ディレクター)がフランス・ナント市で創設し、東京国際フォーラムが主催した音楽祭、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 熱狂の日」音楽祭の招聘・制作を行う。以降、毎年継続している。

大植英次が《トリスタンとイゾルデ》で日本人として初めてバイロイト音楽祭で指揮。

映像界の鬼才、ブリュノ・モンサンジョンの作品上映とトークによる「モンサンジョンとの3日間 in Tokyo」を開催。

音楽監督・大野和士率いるヨーロッパ随一の歌劇場、ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)を初めて日本に招聘し、モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』を主催・上演。

2006年

一転して愉快、軽快なバロック・オペラ、ラモー「レ・パラダン」を上演。古楽界最高のアンサンブル、クリスティ指揮レザール・フロリサンの演奏と、モンタルヴォ&エルヴュによるヒップ・ホップとCG、という異質なものが見事に融合した驚異の舞台で上演。
演奏の質の高さといい、ポップな色使いの視覚的効果といい、痛快無比で、シャトレ座の鮮やかなセンスの白眉を示す公演となった。

古楽の巨匠ニコラウス・アーノンクールの26年ぶりの来日公演が実現し、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスとウィーン・フィルを指揮。かつて異端と扱われていた鬼才は、その先駆的な信念を貫徹し、長い時間をかけて評価と名声を上昇させ、今や誰も異論をはさまない世界の大巨匠となった。来日交渉は長期間にわたり、かなりの苦労があったが、それが遂に成就したことは我々にも大きな喜びを与えてくれた。
迫真の演奏は深い感動を呼び、2010年にはコンツェントゥス・ムジクスと共に、アーノンクール自ら最後と決めた日本公演を行った。

梶本眞秀が駐日イタリア大使より「イタリア連帯の星」勲章の中でも最高位「グランデ・ウッフィチャーレ章」を受章。

「ネスカフェ・ゴールドブレンド・プレゼンツ ルツェルン・フェスティバル・イン・東京 2006」を開催。スイス最大、世界屈指の音楽祭、ルツェルン・フェスティバルとは弊社企画の鑑賞ツアー「カジモト・ムジークライゼ」などを通し、関係を深めてきた。
音楽祭の看板であるクラウディオ・アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団(一流のソリストや室内楽奏者、世界の著名オーケストラの首席奏者たちで構成されている)のコンサートを中心に、そのメンバーたちとマウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)らの室内楽、リサイタルなど10公演をサントリーホールで行った。

2年目を迎えた「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」は「モーツァルトと仲間たち」をテーマに70万人の来場者数を記録。

ニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの26年ぶりの日本ツアーを実現。

2007年

3年目の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のテーマは「民族のハーモニー」。来場者数100万人を突破する。

「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクト」(日比谷公会堂)のマネジメントを行う(出演:井上道義ほか)。

堤剛がサントリーホール館長に就任。

ハーディング指揮ロンドン交響楽団、エッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団など一流オーケストラをはじめ、ピアノのアンドレ・ワッツ、バリトンのマチティアス・ゲルネなど多くの著名アーティストを招聘する。

梶本眞秀がイタリア政府より、「イタリア連帯の星」勲章の中でも最高位「グランデ・ウッフィチャーレ章」を受章。

2008年

メシアン生誕100年を記念し、ピアニストの児玉桃がピアノを中心にした5回にわたる「メシアン・プロジェクト」を開催。数々の賞を受賞。

ベネズエラからグスターボ・ドゥダメル指揮シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ(現シモン・ボリバル交響楽団)を招く。

4年目の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のテーマは「シューベルトとウィーン」。前年に続き来場者数は100万人を越えた。

「ラ・フォル・ジュルネ金沢」がスタート。

ソプラノの名花キリ・テ・カナワの北京・NCPA(国家大劇院)での公演のマネジメントを行う。

ピアノの名匠、アンドラーシュ・シフを9年ぶりに招聘。

テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルク・フィルによるチャイコフスキーの主要交響曲、主要協奏曲、バレエ曲などを集中的に演奏する「チャイコフスキー・フェスティバル」を開催。

ゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団による、プロコフィエフの交響曲全曲と主要管弦楽曲、協奏曲を集中して演奏する《プロコフィエフ・チクルス》を開催。

ルネ・マルタンのプロデュースによる、ショパンのピアノ作品をその生涯に沿って全曲網羅する《ル・ジュルナル・ド・ショパン(ショパンの音楽日記)》を開催。

児玉桃の「メシアン・プロジェクト」(オリヴィエ・メシアン生誕100年/共演:カプソン兄弟ほか/全5公演)のマネジメントを行う。