ORCHESTRE
PHILHARMONIQUE
ROYAL DE LIÈGE

クリスティアン・アルミンク指揮
ベルギー王立
リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団
来日公演2019

Guitar

DAISUKE SUZUKI

新しい音楽と、新しいギターの響き。
2019年の鈴木大介を聞く

ギタリスト・鈴木大介インタビュー

TEXT BY RYUICHI YAMAZAKI
PHOTOGRAPHS BY KAORI NISHIDA

写真の撮影に使ったのは、日本を代表するルシアー、今井勇一氏の手によるギター。サイドとバックにメープルを使っていて、構えたときにちらっと見える杢目がこのうえなく美しい。

「今まで、多くの演奏会や録音で弾いてきましたけれど、これを使うと何かしらいいことがある。僕にとって験のいいギターなんですよ。このほかにも今井さんには何本か異なる材を使ったギターを作ってもらっていて、求める音によって使い分けています」

皆をあっと言わせる斬新なレパートリー。そしてそれらを確実に形にし、歌心をもって聴衆に届ける比類なきテクニック。そして明確かつ確固としたビジョン。ギタリスト鈴木大介は、何を聞いても、分かりやすい言葉で当意即妙に答えてくれる。それは明晰な分析力と、深い思考のなせる業なのだろう。 今回は、6月に来日するベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団(指揮:クリスティアン・アルミンク)にソリストとして参加するタン・ドゥンのギター協奏曲『Yi2』について、そして自身がめざすアーティストとしての理想の姿について話を伺った。

コスモポリタン的な空気に包まれたタン・ドゥンのギター・コンチェルト

中国出身の作曲家タン・ドゥンは民族色豊かな楽曲で知られ、映画『グリーン・ディスティニー』の音楽を手掛けてグラミー賞も受賞している。『Yi2』は1996年、アメリカの女性ギター奏者シャロン・イスビンのために作られたコンチェルトで、フラメンコのリズムと中国の伝統音楽を思わせる響きが交錯するリズミカルで幻想的な作品だ。「Yi」という名は古代中国の書物『易経(Yì Jīng)』からとられていて、このほかいくつかのコンチェルトがシリーズで作られている。

『Yi2』は、この公演が日本での初演となる。まず、この曲についての印象を聞いてみた。

鈴木大介(ギター)
Daisuke Suzuki, Guitar

武満徹から「今までに聴いたことがないようなギタリスト」と評された。美音、斬新なレパートリー、新鮮な解釈によるアルバム制作はいずれも高い評価を受け、05年にはアルバム「カタロニア讃歌~鳥の歌/禁じられた遊び~」が芸術祭優秀賞受賞。ほかに、平成17年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第10回出光音楽賞受賞。洗足学園音楽大学客員教授。横浜生まれ。

「当時、タン・ドゥンさんはオーケストラの新しいサウンドを世界に向けて積極的に発信している時期で、とてもとんがったサウンドですよね。だけど、全体的には大地の香りがする。中国の田舎の感じというか、懐かしさを感じるんです。現代音楽という感じはそれほどしないですね。聴いていて楽しいと思いますよ。特にバルトークやストラヴィンスキーが好きな人にとっては大好物でしょう(笑)。演奏していてもとても楽しいですし、非常にやりがいがあります。名曲ですね」

ギターに関しては、琵琶(ピパ)の奏法がふんだんに取り入れられているのが大きな特色だ。

「部分として見ていくと、ピパの度合いが高いところとフラメンコ色が強いところ、それぞれあるのですが、作品全体として見渡すと両者の世界が見事に融合している。どこの国の音楽ともいえなくて、コスモポリタン的な感覚が全体を包み込んでいるというか。とてもダイナミックでスケールの大きな作品だと思います」

ところで、ピパの奏法とは、一体どのようなものなのだろう。

「例えばトレモロでいうと、普通は指を内側に向けて弾くのですが、ピパの場合は外側に向かって弾いていくんです。そうすることによって、音に激しさや太さが増すんですよね。この曲では息の長いトレモロを紡ぎだしている部分もあるので、この動きを取り入れて、土臭くてワイルドな感じが出せたら、と考えています」

加えて、以前タン・ドゥンに会った時の会話が、さらなるヒントをくれたという。

「彼は『この作品には激しく弾くイメージはありません』とおっしゃるんです。『私はしなやかに、優美に弾く演奏が好きです』って。だから、軽やかで無重力な感じも表現できたら、と思っています。例えば映画『グリーン・ディスティニー』の、まるで空を飛ぶようなアクションシーンのような……。そうすることで土臭さとのコントラストも出てきますし。ダンス・ミュージックのように演奏できたらと思いますね」

タン・ドゥン作品ならではのパッションとグレースを聴いてほしい

「中国には『気』という考え方があるでしょう? 万物に宿る気、エネルギーの流れに対する意識、そして自然や宇宙とのつながり……。そんな哲学的なものをこの作品には感じるんです」と鈴木は言う。「それを西洋のフォーマットで表現するのが面白いですよね」とも。では、東洋的な要素は、楽譜の上ではどのように表されているのだろうか。

「これは武満さんの曲にも同じものを感じるのですが、スコアはかなり緻密にできているんです。聴いていてファジーに感じるところでも、実はかなり練りこまれていて。拍子の作り方、リズムの周期もヨーロッパナイズされているし、緩急の移り変わりにも数学的な整合性がある。もう誤解の余地がないくらい論理的に書かれているので、アンサンブルも成立しやすいんですよね」

オーケストラや演奏者の個性は、歌いまわしや空間の感じ方に、より顕著に表れるのだという。「この曲はノリがいい。今回リエージュ・フィルとは初の共演となりますが、果たしてどんなアプローチになるか。作品が作られた当時とはまた違う、リフレッシュされた姿が現れるんじゃないかと楽しみにしています」。

指揮を務めるアルミンクは2011年以降リエージュ・フィルの音楽監督としてオーケストラと良好な関係を築いている。そして『Yi2』は過去に幾度かシャロン・イスビンをソリストとして演奏しているという。

「そんな彼がこの曲を提案してくれて嬉しいですね」と鈴木は今から楽しみを隠せない。「この作品は本当にエンターテインメント性が高いので、観ても楽しめると思います。僕としては、タン・ドゥンさんの音楽ならではのパッション、そしてグレースを表現し尽せるように頑張ります。皆さんもぜひ期待してください」

「これが日本のギター・ミュージック」といえるものを作りたい

日本ならではの特徴あるギター・ミュージックを提示する──。これは鈴木がデビューして以来、ずっと掲げているコンセプトで、いわばライフワークといえるもの。

「ギターという楽器は、国の数だけ弾き方やリズムがあると思うんですよ。ブラジルなんて、ボサノヴァ、サンバ、ショーロと、同じコード進行でもリズムの違いによってそれぞれ3つの異なるスタイルの音楽になるんです。もちろんスペインにはフラメンコがありますし、中南米にはフォルクローレ。国ごとに違ったスタイルがある、というのが僕の持論です」

そして、日本人にはギターを好きになる血が流れている、とも。

「例えば、琵琶や箏の音楽を譜面化するとしますよね。するとギターでも違和感なく弾けるものが多いんです。民俗音楽の中に、ミラレソシミというギターの6本の弦から出る音が自然に存在している。そこに日本人がギター好きな理由があると思います。本当に、これは間違いないですね。だから、この西洋から伝わったギターという楽器を使って、日本ならではの音楽を作っていくことは僕の中でいちばんのテーマなんです」

1990年代、自らのことを「今までに聴いたことがないようなギタリスト」と評した武満徹の作品を弾くことから、その試みはスタートした。その後も映画音楽をはじめとして斬新なレパートリーを次々と開拓し、ギター新世代の旗手として常にシーンをリードしてきた印象があるが、しかし本人的にはつらい思いをする時期もあったのだという。

「自分のやっていることが、実際には現代音楽だと思われてしまったり、なかなか聴いてもらえない時期もありました。だけど、オルタナティブな音楽をやっている人たちといえばいいでしょうか、中島ノブユキさんに代表されるような、映画やドラマの音楽を作って演奏活動も行っているようなミュージシャンたちと交流を重ねていくことで、例えば武満さんの作品でもクラシックのファンとはまた違う感覚で、新鮮な音楽として捉えてくれる聴衆がいることに気づいたんですよね。異なるジャンルのミュージシャンでも、僕が武満さんの曲を演奏したCDを持ってます、なんていう方とお会いすることが多くなってきました。徐々に、自分の考える『日本のギター音楽』を披露するための筋道というか、下地が出来上がってきたのかな、という気がします」

次の時代のギター・サウンドを目指して

もうひとつ、鈴木がギタリストとして追い求めているものがある。それは技術やサウンドに関することだ。

「現在、ヨーロッパのクラシックギター界で、若い世代を中心にトレンドになっているのは、とにかく緻密な演奏。音はあまり大きく出さずに、マイクで拾うのが前提なんです。僕は『ギターという楽器は大きな音を遠くに飛ばすもの』という、20世紀の伝統的なギターの教育を受けてきた世代なので、どちらを支持するかといえばもちろん後者です。だけど、僕がひとり若い方たちの中に入ったとして、違和感が生じるようではいけないですよね。だから、その中間というか、どちらにも行けるようなスタイルを作ろうとしているんです」

世の中、とかく二元論に走りがちなもの。「あなたはどっちの側なのか?」と。しかし、どちらかに凝り固まっているようでは前に進めない、というわけだ。「結局、どちらもいいんだと思います」と鈴木は言う。「その中で音楽家も聴衆も体験を重ねていって、価値観を磨いていけたらいいんです」とも。

「最近は、そういう僕のスタンスも周囲に理解してもらえるようになってきたし、技術的にも身についてきたのがうれしいですね。あと、先日、管楽器奏者の方と共演するコンサートがあって、そこでは生音で弾いたのですが、たまたま観に来ていたヨーロッパの一流ピアニストが『君のギターの音は大きくていいね』と褒めてくださって。現在の新しいメソッドが必ずしも全面的に歓迎されているわけではないことに確信が持てたのに加えて、自分の信じるやり方に対してお褒めの言葉をいただけたのが本当にうれしかった。自信につながりましたね」

ギターの歴史はまだ浅く、日々進化していくもの。今後、さらに新しい技術も出てくるだろうし、失われたものもいつ復活するか分からない。

「だけど必ず、次の時代のためのギター・サウンドは生まれるんです。それに向けて、日々研究と努力を重ねていくしかないですね」

2019年はひとつの集大成になる

「まずメロディという線と、ハーモニーという色彩があって。そして願わくば構図もある。そんな音楽が好きですね。現代音楽にしても、まずしっかりとしたデッサンがあって、いちど構築をしたうえで、それを分解して何だかよく分からないものが出来上がる、そういうものならいいですけれど。そういう、作品を作るうえでの手間暇が、現代の音楽界にはもっと必要な気がしますね」

現代音楽で抽象的な音楽を作っていても、きちんと歌を描ける人が好きだという。そういう面で、武満徹はやはりひとつの理想形なのだろう。

「武満さんみたいにジャズのハーモニーを理解している方が僕は好きですし、僕が関わっているポピュラーやジャズのミュージシャンたちでも、武満さんが好きな人はメロディやハーモニーはもちろん、コードが変わるときの色合いの変化も緻密に聴き取れる人が多い。そういう人たちがグッとくる音楽を作り続けないといけないな、と思うんです」

2019年は、これまで自分が演奏してきたり、編曲を手掛けた楽曲を集めたベスト・アルバム『Daisuke Suzuki the Best 2019』(ベストと銘打っているがすべて新録。そしてまさに鈴木の歌心が存分に発揮された好盤である)を発表し、6月にはリエージュ・フィルとの共演、そして12月には自身が初演した(あるいは今回が初演となる)作品を集めたコンサートが東京文化会館・小ホールで予定されている。いろんな意味で集大成の年だといえるだろう。

「アルバムのほうは、新しいリスナーさんに自分のこれまでの軌跡を知ってもらうのに役立てば、と考えて作りました。そして12月のコンサートは、先ほど申しあげた、僕が考える日本のギター音楽を皆さまに提示できるプログラムになりますよ。曲はすべて日本人の手による作品です。池辺晋一郎先生や酒井健治さん、そして現在、西村朗先生と渡辺香津美さんに新たな曲を書いていただいていて、香津美さんには演奏でも参加していただきます。これまでにないような、新しいクラシックギターの響きをお届けできると思いますので、こちらもぜひ期待してください」

半歩より、もうちょっとだけ先に進んだ音楽を

以前は、新しい聴衆を獲得するために、世界中のギター音楽のトレンドを調べまくっていた時期もあるというが、現在は自然と「自分が研究していきたいことと、いただくお話の内容が一致してきた」のだという。まさにこれから、鈴木のアーティストとしての本領が発揮されていくのだろう。

「日本のギター・ミュージック、そして21世紀の新しいクラシックギターのありかた。新しいといっても、聴衆がまったく理解できないものを発信しても意味がない。だから僕が目指しているのは、半歩よりも、もうちょっとだけ先、いわば3/4歩ぐらい進んだ音楽なんです。アートの世界と同じように、そのぐらいの新しいものを探してる音楽ファンはたくさんいると思うんですよね」

そうやって自身が提案する音楽が「今すぐに広がらなくても、いずれ若い世代に選んでいただけるようになったら」というのが鈴木の願い。

「もちろん、日本だけじゃなく、世界中のギター音楽をこれからもお届けし続けるので楽しんでほしいですね。世界のいろいろな音楽を知れば知るほど、日本の特徴や良さも分かると思いますので。聴いてくださる方がクラシックギターの可能性を感じ取ってくれたらうれしいです」