| ●クラリネットとフルート、それぞれの楽器について |
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─ 最初に、おふたりの楽器について、ご紹介ください。 |
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| ライスター: |
フルート、オーボエ、ファゴットに比べると、クラリネットは300年位しか歴史がない、いわば「ヤングガール」です。モーツァルトが最初に楽器の色や可能性を理解し、素晴らしい曲を残してくれました。 |
| 工藤: |
フルートはオーボエと並んで最も古い楽器のひとつ。インド、中国の民族楽器や日本の篠笛など、どこにでも発見できる、原始的な楽器です。何しろ筒だけで鳴りますから。ライスターさんのお話に出たモーツァルトはフルート嫌いと言われていますが、それは嘘です(笑)。その証拠に、彼の管楽器作品の中では、フルートの曲が一番多いですよ。
加えて、管楽器奏者の立場を、オーケストラに関して言えば、我々は一人一声部をもっています。弦楽器は皆で一声部ですから、責任感が大分違います。それに木管の首席4人がちょうど指揮者の正面に位置しているのも、重要性を物語っているのではないでしょうか。
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| ─ では、楽器や奏法について、お2人に語り合って頂きましょう。ライスターさんはドイツ、工藤さんはフランスを拠点に長年ご活躍ですが、いわゆるドイツ流、フランス流というのはあるのでしょうか?まずはこの辺についてのお考えをライスターさんから。 |
| ライスター: |
クラリネットは、シャリュモーという1枚リードの楽器が発達したもので、ドイツ製は300年前、フランス製は150年前に生まれました。クラリネットには、フランス、ドイツ、オーストリア、スイス製がありますが、シューマン、ブラームスなどはドイツ製クラリネットのために作曲したのです。ただし現在、ドイツではドイツ製の楽器がまだ使用されていますが、他の国ではフランス製が多く用いられています。以前はロシアやアメリカでもドイツ製が使用されていました。しかし第一次世界大戦後、フランス製が大勢を占めるようになりました。 |
| 工藤: |
フランス製が多く使用されるようになったのはどうしてなのでしょう?
ライスター:おそらくフランス製は工場で大量生産されるようになったからでしょう。クラリネット奏者が増えるに従い、ハンドメイドで作られていたドイツ製クラリネットの製造が追いつかなくなったのではないでしょうか。また、別の可能性として、フランス式奏法、いわゆる「ベーム式」が生まれたからかもしれません。我々はフランス製クラリネットを「ベーム・クラリネット」と呼ぶこともあります。 |
| 工藤: |
あなたの楽器は「ベーム・クラリネット」ではないですよね?
ライスター:私のはドイツ製ですし、ドイツ式奏法を使います。フランス製とはボア(楽器の胴体の部分)が違うのでテクニックも違ってきますし、指使いやキーも違います。 |
| 工藤: |
フランス製クラリネットで演奏することはできますか? |
| ライスター: |
すごくゆっくりならね(笑)。 |
| 工藤: |
ライスターさんが、フランス式に変えようと思わなかったのはなぜでしょうか? ライスター:私はこの楽器の「良き伝統」を残したかったのです。フランス製のクラリネットを演奏する人たちにとって、ドイツ製で奏でられるまた違った音を聴くことは、非常に意義があると思いますよ。 |
| 工藤: |
あなたの奏でる音色は素晴らしいですものね!素晴らしい音を奏でる、唯一のクラリネット奏者だと言っても過言ではないでしょう。音が全然違う! |
| ライスター: |
それはいわゆる「伝統的な音」なんです。私はただその伝統をできるだけ長い間守っていきたいだけです。確かにモダン音楽にはフランス式が多く使用されます。フランス音楽をはじめ、多くの作曲家はフランス式クラリネットのために作曲しています。そういった楽曲をドイツ式で演奏するのは難しい。しかし、ブラームスやシューマンといった作曲家の作品を吹くにあたっては、ドイツ式を使用する方が随分簡単に演奏できるのです。指使いなどは特に簡単に、かつ論理的に演奏できます。それに私は、ドイツ式によって奏でられるこの素晴らしい音を失いたくはないし、また、皆が同じ音を奏でるようになって欲しくはないのです。 |
| 工藤: |
ライスターさんが、そうした伝統を守っていきたいというのは、よく分かります。 |
| ライスター: |
それに私は「違ったもの」が好きなのです。
工藤:なぜ皆伝統を変えようとするのでしょうか?
ライスター:伝統も、世代が変わるにつれて徐々に変化していくものです。私がクラリネットを先生から習い始めた時、ドイツ式を使って、すごく重い音(ペザンテ)を奏でていました。しかし私は、レッジェーロ(「軽く」を意味するイタリア語。主にオペラの声質などで用いられる)のようなフランス式とドイツ式の間というか、その二つを合わせるというか、その二つの良いところをそれぞれ用いた演奏を目指したかったのです。私はただ単に「ペザンテ」で吹こうとは思っていません。もしかしたら、この考えがあるからこそ、(フランス流の)工藤さんと私がオーケストラなどで共演した際に、いつも良いアンサンブルを奏でることができるのかもしれませんね。 |
| 工藤: |
まさしくそうでしょうね。 |
| ライスター: |
我々はお互いに何かを学びとってもいるのですよ。ところで、フルートの世界はどうです? |
| 工藤: |
フルートはもう例外なく、世界中全部がフレンチスタイル。ドイツ式の楽器はないです。みんなフレンチモデルで、これがスタンダードになりました。ただ、奏法に関しては違うところがあります。ドイツの奏者はやはりライスターさんも言われているように、重い音、厚い音を好みますね。フランス流はもっと軽い音。カラフルで、色合いがあって、肌に触った時に感じる温もり、風がふわっと吹いた時の爽やかさなどがあります。フルートだけでなく、ピアノやヴァイオリンもそうです。これはフランス独特のもので、香水、ネクタイ…などにも通じますよね。 |
| ライスター: |
なるほど。しかしフランス式のクラリネット奏者も、かつてはビブラートを用いて演奏していましたが、今日においてはビブラートを弱く、もしくはビブラート無しで演奏します。言ってみれば、ドイツ式に近づいてきたのでしょうね。また、フランス式の奏者の音も、昔に比べると随分変わり、「私の音」に似た音になってきていると思います。50年ほど前、フランス式クラリネットの音はもっと軽かったのですが、今日では随分変わってきています。 |
| 工藤: |
皆が「ドイツ側」に近づいてきているということですか?
ライスター:「ドイツ側」と言い切ることもできないでしょうね。だって、ドイツ人奏者が皆、音に対して私と同じ考えを持っているとは限らないですから。それに「音」というのは、とてもパーソナルなものだと思います。音は人それぞれのオリジナル。誰かの音色からアイディアを得ることはあっても、コピーすることはできないのです。それは素晴らしいことですよね。個々にサウンドを得て、天国にそのサウンドを持っていくのですから。 |
| 工藤: |
確かにその通りですね。素晴らしい。 |
| ライスター: |
カウザックというフランスのクラリネット奏者の録音(彼は72歳の時にヒンデミットの協奏曲を録音しました)を聴いた時、私の音に近いと感じました。彼は古いフランスの奏者ですが、その後フランスのクラリネット奏者の音はより軽いものになっていきました。時代が進むにつれて、フランスでは彼のような素晴らしい音が忘れられてしまったのです。ただ先ほど申し上げたように、今この傾向は変わってきています。 |
| 工藤: |
フランスでは、「伝統」も常に変化していますからね。フランスのフルート奏者においても同じことが言えますよ。モイーズはとてもコンパクトな良い音で、ランパルは軽くカラフルな音でしたが、現在はパユのような深い音に変わってきています。 |
| ライスター: |
パユはフルートで歌っているようだねえ。まるで歌手のようだ。我々クラリネット奏者も、人が歌っているかのような演奏を心がけていますよ。 |
| 工藤: |
そう。パユの演奏は他のフルート奏者とは全く違う。そこからも分かるように、フランスでは伝統を守らない傾向にあるようにもみえます。クラリネットでもランスロはまた違いますでしょう? |
| ライスター: |
ランスロは随分違う。デュディクリースはもっと違います。そう、面白い例があります。私が20歳でミュンヘン国際コンクールに出場した時の話です。私はモーツァルトやブラームスなどのクラリネット曲を演奏しました。その時審査員だったデュディクリースが、演奏後、私の元にやってきて「素晴らしい!なんて良い演奏家だ!でも、不思議な音(curious sound)を奏でるね…」と言いました。そこで私は「僕はその不思議な音が好きなんです」と答えましたよ。 |
| 工藤: |
彼にそう言われて、あなたはその「音」を変えることにしたのですか? |
| ライスター: |
もちろん変えませんでした。自分の音への考えは変えるべきではない。それが自分にとっては重要だったのです。いつも自分の理想の音に近づけるように努力しているのですよ。ところで工藤さん、フルートにおける現在のフランスの伝統を形成したのは? |
| 工藤: |
もちろん、絶大な影響を与えたのはジャン=ピエール・ランパルでしょう。しかし、彼が亡くなった時点でその「伝統」は途絶え、今はパユが新たな伝統を作っているのかもしれません。 |
| ライスター: |
パユの音は、ほとんどのフルート奏者のどれとも似ていませんね。 |
| 工藤: |
そうです。彼の音はとても深い。 |
| ライスター: |
そう。そして「色」がある。素晴らしい。私は彼をすごく支持します。なぜなら、彼は他の人とは違った音のアイディアを持っているからです。 |
| 工藤: |
しかしフルートの音に関しては、いつか、伝統なんてなくなってしまうのではないかと思うほど、様々な種類が溢れてきています。これはこれで危険なことかもしれません。例えば、モーツァルトの協奏曲やバッハのソナタを演奏する時、規範になるものがなくなってしまいますから。 |
| ライスター: |
楽器の構造や素材の変化も影響しているのでしょうね。オーケストラのサイズも大きくなっていますし…。ベートーヴェンが交響曲第1番を初演した頃とは随分違います。そう言えば、カラヤン時代のベルリン・フィルでは、この東京文化会館でもベートーヴェンを演奏しましたね。カラヤンはオケを大きくしすぎていましたけど…(笑)。
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| ●今秋のリサイタルについて |
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─ それでは今回のリサイタルのプログラムの内容や聴きどころを、順にお話ください。まずはライスターさんから。 |
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| ライスター: |
R.シュトラウスの「ロマンス」は、彼が19歳の時に作曲した、クラリネットとオーケストラのための作品です。シューベルトは、クラリネットとピアノのためにアレンジされた15曲の歌曲から選びました。編曲者はカール・ベールマン。カールは有名なクラリネット奏者ハインリッヒ・ベールマンの息子で、ウェーバーは彼のクラリネット協奏曲を全てハインリッヒに捧げています。ベートーヴェンの編曲者はイーヴァン・ミュラー。ウィーンに住むロシアのクラリネット奏者です。彼はベートーヴェンと個人的な交流があったと思います。この編曲はとても良く出来ていて、特に装飾音符やカデンツァなどが素晴らしい。「アデライーデ」はベートーヴェンの一番有名な恋愛の歌。中間部分などベートーヴェンならではのドラマティックさに溢れています。この曲は、「歌手のように歌いたい」と願うクラリネット奏者の良い例となるでしょう。私は、クラリネットの音は人の声のように演奏することが可能だと信じています。4オクターヴもの音域があり、低音では重く深い音を奏で、高音では太陽のように輝く音を奏でる。後半のブラームスの五重奏曲では、この両方を聴くことができます。同曲で使用される音域は4オクターヴ近くにもなりますし、さまざまな色を表現しています。 |
| ─ なぜ今回のリサイタルでは編曲ものを多く取り入れたのですか? |
| ライスター: |
私は、40年間も日本でリサイタルを行い、ブラームスのソナタをはじめとする有名曲を何回も演奏してきました。なので、この記念コンサートは、ソナタ等でなく、編曲ものと室内楽を中心に趣向を凝らしてみました。私は最近、ソプラノとピアノのための作品などを収めた「ドイツ・リーダー」というCDをリリースしたのですが、今回の前半はそうした重くない曲を集め、後半はブラームスを演奏することにしました。良い音楽を聴いて頂くためにも、私はこのプログラムに大変満足しています。
ロマン派はクラリネットの名曲の宝庫です。フルートはロマン派の時代に重要な曲がほとんどないでしょう(笑)。クラリネットはいわば「秋の紅葉 (Trees in the Autumn)」。秋にはさまざまな葉の色が見られるように、クラリネットも様々な色を表現します。それに、レーガー、モーツァルト、ブラームス、フォーレ、プーランク、サン=サーンスといった様々な作曲家の「後期」の作品にクラリネットのための楽曲が多くみられるのも特徴的です。 |
| 工藤: |
おそらく、クラリネットは「大人のための楽器」なのでしょうね。 |
| ライスター: |
いや、クラリネットは「死の天使(Angel of Death)」なんですよ(笑)。
あと今秋の日本ツアーでは、西村朗さんのクラリネット協奏曲を演奏します。作曲意欲を失っていたブラームスがミュールフェルトのクラリネットの演奏に感銘を受けて、三重奏曲、五重奏曲、2つのソナタを作曲したように、西村さんが私の演奏を聴いた後、「是非あなたのためにクラリネット協奏曲をつくりたい!」と言ってくれたのです。この曲は2005年にドイツで初演し、録音もしました。日本初演は2006年4月に東京オペラシティで行いましたが、作品はとても素晴らしく、聴衆も大満足でした。今回のツアーでも、この協奏曲を高崎と東京で演奏する予定です。また、西村さんはクラリネット五重奏曲も私のために作曲してくれました。ちょうどそのクラリネットのパートを受け取ったところです。このように、作曲家と演奏家がお互いに影響し合うのはとても素晴らしいことですね。 |
| ─ 工藤さんのプログラムは? |
| 工藤: |
ライスターさんは先ほど、ロマン派の時代には、フルートに関してほとんど重要なものがないと言われましたが、残念ながらこれは本当のことです。しかし音楽的には熟したこの時代の作品を、僕らは常に求めています。ドップラーの「愛の歌」はロマン派の中では貴重なフルートのオリジナル曲ですが、ウェーバーとシューマンの「ソナタ」の原曲は、ヴァイオリン・ソナタです。「音楽が一番熟した19世紀のドイツで、もし作曲家がフルートのために作品を書いていたら、一体どのような響きなのか?」が今回前半のテーマ。我々はいつも作品を求めてこうしたトライをしています。後半のベートーヴェンの「主題と変奏曲
作品107」は、彼が、フルートとピアノのために書いたオリジナル曲です。もうひとつ作品105(同じく「主題と変奏曲」)も含めて、ベートーヴェンがフルートのソロ曲を書いていることを、一般の方は意外とご存じないですよね。ベートーヴェンは初期に、フルート2本のためのデュオ、フルート、ファゴット、ピアノのための三重奏曲、フルート、ヴァイオリン、ヴィオラのためのセレナーデなどを作り、耳の状態が悪化した後期に、またフルートの曲を書いている。この点が非常に面白いと思うのです。この曲はほとんど聴く機会がないんじゃないでしょうか。内容は、ロシア、チロル、アイルランドなど、当時流行の、皆が町で口ずさんでいたヨーロッパ各地の民謡をテーマにした変奏曲です。長大な作品ながら、シンプルな主題を使って、ベートーヴェン後期の複雑な響きを作り出しています。とても珍しい作品ですが、僕の先生のランパルはよくやっていました。ストラヴィンスキーの「ディヴェルティメント」は、「妖精の口づけ」というバレエの中の音楽。以前エキストラで演奏したパリ管で、「牧神の午後への前奏曲」や「ペトルーシュカ」-これはビシュコフ指揮でCDにも録音しました-などと共に演奏した時に素晴らしい曲だと思い、そのヴァイオリンとピアノ用の編曲版の存在を知りました。ラシキンというロシアのヴァイオリニストの編曲です。これをヴァイオリニストたちは結構やるらしい。ではそれをさらにフルートとピアノで演奏しようということになったのです。今回、ポピュラーな曲は入っていないかもしれません。でも音楽好きの人たちは、興味をもって聴いてくれるんじゃないでしょうか。曲自体は内容のある素晴らしいものばかりですから、ぜひ聴いて頂けたら嬉しいですね。フルートのコンサートはどこでも似たようなプログラムになりがちです。こうしてレパートリーを拡大し、フルートとフルート音楽が発展していくきっかけになればと願っています。ちなみに最近、モーツァルトの2台のピアノや4手のためのピアノ・ソナタをフルート2本とピアノで録音しました。このCDは出たばかりですが、とても評判がいいんですよ。ピアノ2台だと音が混ざるのに対して、フルート2本ではメロディが明確に聴こえます。
ライスターさんが言われた「人間の声に近い音」というのは、どの楽器の奏者も皆言いますし、皆それを目指しています。「歌のように吹きたい」、これが最終的な目標です。他の楽器の影響を受けながら、お互いに各々が発展してきたのだと思いますし、「いい音楽をどれだけ自分たちの楽器で演奏できるか」というのが皆の目標ではないでしょうか。
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