2011.10.12(Wed)
◆ラン・ランが仙台を訪問
震災からちょうど7ヶ月が経った昨日11日、ラン・ランが仙台を訪問いたしました。
仙台は、ラン・ランが10代の頃からご縁がある地です。というのも、彼は1995年にこの地で開催された「若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクール」で優勝し、ピアニストとしての第一歩を踏み出したのでした。
朝一番に訪れたのは荒浜地区。浜辺まで行きましたが、ラン・ランもスタッフもその光景に言葉を失いました。また海に面した住宅街も見学させていただきましたが、まるで地平線のように本当に何も残されておらず、ラン・ランは胸が痛いと何度も口にしておりました。
今回の訪問では、仙台国際コンクールの事務局の二瓶氏に大変お世話になりましたが、二瓶氏の実家はこの地にあり、その家に住んでいた従兄弟ご夫婦は亡くなられたそうです。ラン・ランは二瓶氏のご案内で、この家の跡地も訪れました。

仙台の子供たちに会いたいというラン・ランの強い想いで、今回は、宮城学院の幼稚園にて演奏させていただききました。「愛の夢」や「黒鍵のエチュード」を披露し、「雨降り母さんの歌」をラン・ランのピアノに合わせて園児の皆さんが元気に歌ってくださいました。(この曲、歌の最後の歌詞が「ランランラン!」なのです)
ミニ・コンサート終了、とお伝えしたところ、「もう一個弾いて~!」と可愛らしい声が上がったため、ラン・ランは「熊蜂の飛行」でその超絶技巧を披露。園児の皆さんも、「は、はやーい!」と大声で反応し、とても興奮していました。

この日は、宮城学院女子大学の講堂と常盤木学園でも1時間のミニトーク&コンサートをさせていただきました。
この二つの学校は、彼がかつて仙台にてコンクールを受けた時に、個人練習のため通っていた思い出深い場所です。とりわけ宮城学院女子大学は、ラン・ランが昔、練習に訪れた時から建物が全く変わっておらず、ラン・ランは楽屋で「コンクールの時の緊張感がよみがえってきた・・・」と過去を思い返していました。
一般公募での募集と学校の生徒さんたちが、合計で1350名集まってくださり、リストやショパン、シューマンの演奏を届けました。

あたたかく迎えてくださった仙台の皆さま、また今回の仙台訪問の実現にご尽力してくださった皆さまに、心より御礼申し上げます。
→ ラン・ラン プロフィール
仙台は、ラン・ランが10代の頃からご縁がある地です。というのも、彼は1995年にこの地で開催された「若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクール」で優勝し、ピアニストとしての第一歩を踏み出したのでした。
朝一番に訪れたのは荒浜地区。浜辺まで行きましたが、ラン・ランもスタッフもその光景に言葉を失いました。また海に面した住宅街も見学させていただきましたが、まるで地平線のように本当に何も残されておらず、ラン・ランは胸が痛いと何度も口にしておりました。
今回の訪問では、仙台国際コンクールの事務局の二瓶氏に大変お世話になりましたが、二瓶氏の実家はこの地にあり、その家に住んでいた従兄弟ご夫婦は亡くなられたそうです。ラン・ランは二瓶氏のご案内で、この家の跡地も訪れました。

仙台の子供たちに会いたいというラン・ランの強い想いで、今回は、宮城学院の幼稚園にて演奏させていただききました。「愛の夢」や「黒鍵のエチュード」を披露し、「雨降り母さんの歌」をラン・ランのピアノに合わせて園児の皆さんが元気に歌ってくださいました。(この曲、歌の最後の歌詞が「ランランラン!」なのです)
ミニ・コンサート終了、とお伝えしたところ、「もう一個弾いて~!」と可愛らしい声が上がったため、ラン・ランは「熊蜂の飛行」でその超絶技巧を披露。園児の皆さんも、「は、はやーい!」と大声で反応し、とても興奮していました。

この日は、宮城学院女子大学の講堂と常盤木学園でも1時間のミニトーク&コンサートをさせていただきました。
この二つの学校は、彼がかつて仙台にてコンクールを受けた時に、個人練習のため通っていた思い出深い場所です。とりわけ宮城学院女子大学は、ラン・ランが昔、練習に訪れた時から建物が全く変わっておらず、ラン・ランは楽屋で「コンクールの時の緊張感がよみがえってきた・・・」と過去を思い返していました。
一般公募での募集と学校の生徒さんたちが、合計で1350名集まってくださり、リストやショパン、シューマンの演奏を届けました。

あたたかく迎えてくださった仙台の皆さま、また今回の仙台訪問の実現にご尽力してくださった皆さまに、心より御礼申し上げます。
→ ラン・ラン プロフィール










