2010.4. 8(Thu)


●フィラデルフィア管 来日迫る! ―― デュトワは語る Vol.1


皆さんはお花見をしましたか?
桜は咲いたものの、ちょっと気候が安定せず残念ですね。季節はずれの寒さで風邪をひかれた方はいらっしゃいませんか?

ところで先日、ビートたけし=北野武監督がフランスの芸術文化勲章コマンドールを受章したニュースを見ながら、「コマンドールって誰か身近なところで受賞している人がいたよなあ。誰だっけ?」と思っていたら、そう、デュトワでした


さて、そのシャルル・デュトワ指揮フィラデルフィア管弦楽団の来日が近づいてきました。
ストラヴィンスキーの2大バレエ曲に、
ラヴェルベルリオーズラフマニノフという
デュトワ+フィラデルフィア管の真骨頂が存分に発揮するだろう両プロ。
いや、楽しみですね。





実は昨年末、NHK交響楽団の定期公演を指揮するために来日していたデュトワにインタビューをし、私も同席していたのですが、
その折、今まで抱いていた彼とはちょっと違う、(・・・と言うと何だか失礼ながら)
シリアスで真剣な、世の行く末を案じながら自分の役目を語ろうとする名匠の心を感じることができました。
そのインタビュー記事は、演奏会当日の公演プログラムで全文を掲載致しますが、
一部を公演に先駆け、2回に分けてここにアップしようと思います。

まずは「ストラヴィンスキーのこと」

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「私は実際にストラヴィンスキーに会っているんですよ。 1959年、飛行機で偶然隣り合わせたデュティユーから『これからニューヨークへストラヴィンスキーの自作自演を聴きに行くんだ』と聞いて、矢も盾もたまらず一緒について行ったんです。曲は4台のピアノを必要とするバレエ音楽《結婚》でした。そのときピアニストを務めた顔ぶれがバーバー、コープランド、フォス、セッションズという錚々たる4人の作曲家で、そしてストラヴィンスキーが指揮を務めたんです!
練習は非公開でしたが、フォスが私の作曲の先生だったので挨拶をしに行くと、『おお、じゃあキミ、譜めくりやってくれるかな?』と言われて(笑)、結局10日あまりの練習期間と本番、録音までを全部間近で体験することができたのです。」

「ストラヴィンスキーとはその時自由に話しましたが、第1次世界大戦の間、彼はスイスのモルジュに滞在して《兵士の物語》などを作曲しています。そこが私の生まれた村でもあったものだから話は尽きませんでした。その頃ストラヴィンスキーが住んでいた家には、アンセルメやピカソ、ディアギレフ、ニジンスキーといった伝説的な人物がよく集っていたそうです。私の宝石のような思い出のひとつですね。」

「指揮者エルネスト・アンセルメから受けた影響は計り知れません(彼はストラヴィンスキーの交流し、いくつかの作品を初演している)。私は3年間ジュネーヴ音楽院で学びましたが、彼の指揮するリハーサルと本番をできる限り見学して、何でも吸収してやろうと努めたものです。音楽だけでなく哲学や科学、そして人生のことまで助言をもらうことができました。
私がフィラデルフィア管と「バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)」にまつわる演奏会シリーズを始めたのも、それと無関係ではないでしょう。1910-13年の間のパリ音楽界はディアギレフの黄金時代で、《火の鳥》《ペトルーシュカ》《春の祭典》《ダフニスとクロエ》など音楽史に残る傑作が誕生しました。それから約100年が経過した今の時期に、改めて偉大な作品の真価を見直そうと考えたのです。」

(聞きて:吉村 溪)



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フィラデルフィア管 来日迫る! ―― デュトワは語る Vol.2


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Thursday April 8, 2010