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2019/03/07 | KAJIMOTO音楽日記

●祝!創立100年。来日直前のスイス・ロマンド管をめぐって(1)―― アンセルメと共に歩んだ初期




音楽監督のジョナサン・ノット率いるスイス・ロマンド管弦楽団の来日公演まで、あと1か月。
そしてこの名門オーケストラは、今シーズンで創立100年の節目を迎えました。

私たちスタッフもこの機に、過去の来日プログラム冊子その他を取り出して、改めてスイス・ロマンド管弦楽団のこれまでを振り返ってみました。



スイスにはフランス語圏、ドイツ語圏、イタリア語圏の3つの地域があり、フランス語を用いるジュネーヴ一帯を「スイス・ロマンド」と呼びます。
スイス・ロマンド管弦楽団は1918年、指揮者エルネスト・アンセルメによって創設されました。

創立時、
弦楽器はイタリア、ベルギー、スイス人を中心に
木管楽器はフランス人を中心に
金管楽器はドイツ、オーストリア系の人たちを中心に
構成され、当初からグローバルに音楽へ対応しようとする姿勢がありました。




数学も専攻していて、教師も務めていたルーツをもつアンセルメは1912年に指揮デビュー。非凡な才能を認められ、当時パリを席巻していたカリスマ興行師セルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)の指揮者となって、15年間彼と共に仕事をします。ストラヴィンスキーとも親友となり、「バレエ音楽の神様」「オーケストラの魔術師」という異名も。
アンセルメはこの時期にスイス・ロマンド管を創設し、彼らはバレエ・リュスとともに、パリ発の一大文化ムーブメントの中心ともなったのです。


アンセルメはこう言いました。「音の分析は数学の原理で解釈する」
こういう指揮者のもとでスイス・ロマンド管が明晰・クリアを身上とするオーケストラに育ったのは当然の帰結。まさにストラヴィンスキーやフランス近代作品の演奏にはうってつけでした。
アンセルメが初演した主な作品には・・・

ストラヴィンスキー 「兵士の物語」「プルチネルラ」「きつね」「うぐいす」「結婚」
ファリャ 「三角帽子」
プロコフィエフ 「道化師」
サティ 「パラード」
ほか、ミヨーやオネゲル、F.マルタンの作品など枚挙に暇がありません。

それらの作品を後世に残すスイス・ロマンド管とのレコーディングを含め、アンセルメは近現代音楽の誕生になくてはならない存在でした。


ところでアンセルメ&スイス・ロマンド管は、音楽ファンの多くにはイギリスのデッカ・レーベルによる、当時の最先端をいくハイ・クォリティの録音が有名です。(もちろん当時はLPですが、その後CDにリマスタリングされた際、その時代によくこれだけの録音が!と再びファンを驚かせました)
1940年代から四半世紀にわたる膨大な録音は、先に書いたスイス・ロマンド管のキャラクターを含め、音楽作品のレファレンスにするに足ると認められていたからこそ。それもまた、このオーケストラの質の証明です。

(続く)



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