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2018/11/12 | KAJIMOTO音楽日記

●ゲルギエフ&ミュンヘン・フィル、来日を前にVol.2 ―― 創立125年のミュンヘン・フィルを振り返る


来日公演まであと2週間少し。
先日はワレリー・ゲルギエフ&ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団が先日現地ミュンヘンで行った創立125周年記念公演のレポートをお届けしましたが、今回はこのオーケストラのこれまでを振り返ってみます。

音楽評論家の満津岡信育さんに、その歴史の要点や注目する部分を簡潔にお書き頂きましたので、ぜひお読みください。





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創立125周年を迎えたミュンヘン・フィル―― その豊かな伝統をふり返って

 バイエルン王国の首都であったミュンヘンに、カイム管弦楽団という新しいオーケストラが誕生したのは、1893年のこと。その後、コンツェルトフェライン管弦楽団という名を経て、1928年にミュンヘン市のオーケストラになったのに伴い、新たな名称に改めることになる。それが、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団だ。なお、カイムという名称は、私財を投じて新たなオーケストラを創設したフランツ・カイム(1856~1935)の名に由来する。
 19世紀末の時点で、ミュンヘンには、その歴史を16世紀半ばにまで遡ることができるバイエルン宮廷歌劇場のオーケストラが存在していたが、カイム管弦楽団は、古豪楽団との差別化を意識して、意欲的な演目を積極的に取り上げたことが知られている。なにしろ、マーラー自身の指揮により、交響曲第4番と同第8番の世界初演を行い、マーラーの没後に、ブルーノ・ワルターの指揮で《大地の歌》の世界初演を行っているのだ。
歴代の指揮者([ ]内は在任年)も、ブルックナーの取り巻きの一人で、交響曲の総譜を改訂してしまったことで名を残しているフェルディナント・レーヴェ[1897/98&1908~14]をはじめ、フェリックス・ワインガルトナー[1898~1905]、シベリウスの使徒であるイェオリ・シュネーヴォイクト[1905~08]、作曲家として著名なハンス・プフィッツナー[1919/20]といった錚々たる名が並んでいる。さらに、ブルックナーの交響曲第9番の原典版を初演したジークムント・フォン・ハウゼッガー[1920~38]、オズヴァルト・カバスタ[1938~44]といったブルックナーのスペシャリストたちの名を見出すことができる。
 現ミュンヘン・フィルで、指揮者としてデビューした名匠といえば、1906年にフルトヴェングラーがブルックナーの第9番を振り、1926年にはヨッフムが同第7番を取り上げているのも、このオーケストラであったからこそ、可能であったのだ。

 ミュンヘン・フィルといえば、セルジュ・チェリビダッケ[1979~96]の名と切り離して語ることができないのは事実である。1986年、1990年、1992年、1993年に、彼がミュンヘン・フィルと行った来日公演は、語り草となっている。今でこそ、このコンビのレコーディングは、マーケットに普通に流通しているが、チェリビダッケは、“レコーディングは行わない”というポリシーの持ち主であったため、実演では透徹した凄味を発揮したコンビなのに、ディスクがまるでないという状態が、長らく続いていたことは、今は昔の話である。それにしても、チェリビダッケが指揮したミュンヘン・フィルの演奏は、それが指揮者の持論に基づくものとはいえ、テンポ設定がきわめて遅く、細部まで磨き抜いた上で、独自の美しさを放射していたのが印象的であった。終演後にオーケストラの奏者を立たせ、客席を睥睨しつつ、あまり頭を垂れようとしないチェリビダッケ独特のステージ・マナーも懐かしい限りだ。

 以後、ミュンヘン・フィルは、ジェイムズ・レヴァイン[1999~2004]、クリスティアン・ティーレマン[2004~11]、ロリン・マゼール[2012~14]が首席指揮者を務め、2015年からはワレリー・ゲルギエフが、その座を引き継いでいる(楽団はゲルギエフを音楽監督と表記)。南ドイツを代表するオーケストラとしての存在感は、揺るぎのないものがあるとはいえ、レヴァインからマゼールまでの首席指揮者に関しては、比較的短い在任期間で終わってしまったのが残念だ。2013年には、多忙きわまりないゲルギエフが、音楽監督に就任すると発表され、「ええっ?」と驚いた音楽ファンの方も多かったと思う。ゲルギエフは、2015年に音楽監督に就任するや否や、早速、レコーディングに乗り出し、ブルックナーに関しては、作曲者ゆかり
のリンツ聖フローリアン修道院でもライヴ録音を行うなど、精力的な動きを見せているのが心強い。2015年に続いて、3年ぶりとなる今回の来日公演では、ブルックナーの第9番やマーラーの第1番「巨人」、ブラームスの第1番など、ドイツ・オーストリア音楽の王道を往く名曲が並んでおり、予定調和には終わらない何かを、ミュンヘン・フィルから引き出してくれるに違いない。

 さて、ここで、時計の針を巻き戻そう。チェリビダッケが就任する以前も、ミュンヘン・フィルは、南ドイツを代表するオーケストラのひとつとして、日本の音楽ファンに愛されてきたことを忘れてはならないだろう。なかでも、クナッパーツブッシュが、1962年と翌63年に米ウェストミンスター・レーベルに録音した「ワーグナー/管弦楽曲集」とブルックナーの交響曲第8番[改訂版]は、飾り気こそないが、スケールの大きな名演として著名である。また、ケンペ[1967~76]が指揮した一連のレコーディングも高く評価され、ベートーヴェンの交響曲全集は、1975年度「レコード・アカデミー賞」を受賞した。そこに刻み込まれている響きは、温かみに満ちており、いい意味での南ドイツ的なローカル色を湛えているのが特徴だ。
 日本では、CD時代に入ってから耳にすることができるようになったハウゼッガーとカバスタに
よるブルックナーの録音には、戦前・戦中のミュンヘン・フィルのサウンドが刻み込れている。特に、前者が1938年に指揮したブルックナーの第9番[原典版]の世界初録音は、速めのテンポ設定を基調に、金管が豪快に咆吼し、弦がポルタメントをかけて艶やかに歌い上げる一方で、テンポが激しく伸縮するなど、20世紀後半によしとされたアプローチと真逆になっているのが興味深い。演奏スタイルが、伝言ゲームのように伝承されていく中で、源泉に近いハウゼッガーとミュンヘン・フィルの解釈は、ブルックナーの演奏史を考える上ではかり知れない価値を備えているのである。

 ミュンヘン・フィルは、2018年に創立125年という節目の年を迎えた。「125」という数字は、日本人の感覚では、いささか中途半端ととられかねないが、キリスト教文化圏では、旧約聖書『レビ記』のヨベルの年に基づく50年が英語ではジュビリーにあたり、25年はシルヴァー・ジュビリーにあたるため、25年の周期で行われる記念年の区切りにあたる「125年」は、大きな意義を持っているのである。その創設125年を記念したボックス・セット(CD17枚組)には、まさにお宝がざくざくと詰まっている。クナッパーツブッシュ指揮のベートーヴェンの《英雄》やブラームスの交響曲第2番のように、アンサンブルは雑然としているが、豊かな呼吸感と自在な即興性に満ちたものから、シュタイン指揮のプフィッツナーのカンタータ《ドイツ精神について》やヴァント指揮のモーツァルトの第40番やシューベルトの第5番、さらには、ミュンヘンのもう一方の雄であるバイエルン放送響を創設時から率いたヨッフム指揮のレーガーの作品も収録されている。もちろん、リーガー[1949~66]、チェリビダッケ、レヴァイン、ティーレマン、マゼール、そして、ゲルギエフといった歴代の首席指揮者や音楽監督の録音も入っている。
 この17枚のディスクを通じて、ミュンヘン・フィルというオーケストラが、ドイツ・オーストリアの作品を演奏する上で、豊かな伝統を備え、各指揮者の要求に誠実に応えていることを実感することができた。しかも、伝統に安住することなく、チェリビダッケやゲルギエフを迎えて、オーケストラとして、さらなる高みを目指していることがよく理解できた。今回のゲルギエフとの来日公演も、大いに期待したいと思う。


満津岡 信育(音楽評論家)


(このエッセイは演奏会場で販売される公演プログラムにも掲載致します)


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