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2016/12/15 | KAJIMOTO音楽日記

●武満徹没後20年―― 12/21映画音楽コンサートの前に「思い出」話を Vol.1:青山真治(映画監督)


今年は日本を代表する国際的作曲家、武満徹が亡くなってから20年。
12月21日には、Bunkamuraオーチャードホールで、鈴木大介、coba、渡辺香津美、ヤヒロトモヒロ、そしてスペシャル・ゲストにカルメン・マキ、という豪華アーティストたちによる映画音楽コンサートを行いますが、
弊社では、今年の様々な公演における販売プログラム冊子でも、7回にわたる連載「〇〇meets Takemitsu」を掲載。武満さんと出会った色々な方々にそこで思い出を語っていただきました。




12/21の映画音楽コンサートの前に、その連載から、3回をピックアップしてご紹介したいと思います。
最初は、映画監督の青山真治さんです。
(11月バンベルク交響楽団プログラムに掲載)

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「実際的、ということ」

 武満徹という名前とダニエル・シュミットという名前が頭のなかでセットになっているのは、助監督をやった『書かれた顔』という、日本で撮影されたシュミットの作品のロケ終了後、撮影監督のレナート・ベルタがシェフとなって料理を振舞うフェアウェル・パーティの席に、その翌年にダニエルとオペラを作る計画が進行していた武満氏も招待されていたからで、そのとき子供のときから母親に、いま日本でいちばんえらいひと、と教え込まれていたひとに、助監督の分際でお会いできるとは思いもよらず、ご本人を目の前に内心打ち震えていたのだった。
 母がそんなことを吹きこんだのは、中学の音楽教師をやっていてそれなりの幅で音楽を探求していたからで、彼女によればガーシュウィンの《ラプソディ・イン・ブルー》と並ぶ20世紀最大の音楽である武満氏の《ノヴェンバー・ステップス》が、しばしば我が家の日曜の昼下がりにレコードで流れていた。
 どちらかといえば、へたくそながら自分もいじるギターのための曲が好きで、高校時代はもっぱらそちらを聴いていたが、大学に入って音楽から遠のき、年間何百本かの映画を見るようになると、柳町光男監督の『火まつり』や吉田喜重監督の『嵐が丘』で慣れ親しんだ武満音楽に再会し、その何百本のさなかに出会った成瀬巴喜男監督の遺作『乱れ雲』の哀切きわまるメロディーが、その演出や物語とともにこちらの胸を激しく打ち、一挙に武満氏は「日本最強の映画音楽家」ということになってしまった。

 そうこうしているうちにいつのまにか助監督になり、またふとした縁でダニエル・シュミット組に入り、その仕事の終わりに突如、憧れのひとが目の前に降臨したのである。
 なるべく遠巻きにそのお姿を拝見するに留めようと、離れた席に座ろうとすると、ダニエルに、お前はここに座れ、と氏の斜向かいの席に押し込まれた。ダニエル・シュミットという監督は、ひとが隠している願望や欲望を見抜く天才で、なおかつそのためならなんでもしてやろうというサービスのひとなので、何ぴとたりと彼のサービス=命令に背くことはできない。そうしてダニエルは、氏に私を紹介した。緊張のせいでそのときのことはほぼ記憶にない。その前後に氏はフィリップ・カウフマン監督の『ライジング・サン』を手掛けていたはずで、もしやそのお話をこちらから切り出したかどうか、やはり記憶は曖昧だが、公開当時評判の悪かったこの作品の冒頭の太鼓の乱れ打ちを含め音楽が大好きで、これが遺作となったアメリカの天才サウンドデザイナー、アラン・スプリットのエロティックな音響効果とともに耳が忘れない作品になった。

 それはそうと、その席でひとつだけ明瞭に記憶していることがある。ダニエルが助監督を評して武満氏になにか言ったのを、氏はうんうんと肯いたあと、かれはあなたが「実際的」だと言っている、この「実際的」ということは大変重要なことだよ、と解説してくださった。思いもよらぬ言葉におそらく顔は真赤だったのではないか。どんな高邁な理想を掲げようとそれが机の上にあるかぎり、どうにも動かしようがない。作業の現場に持ち出してそれが機能するに最適な方法を見つけ、それをかたちとして運営する必要がある。これが「実際的」ということだろう。音楽の現場だってどこだってそうだよ、「実際的」であることではじめてものが作れる、と氏は付け加えた。
 以来、どのような場であろうと、その言葉に盲従すべく「実際的」であろうとしつづけている。氏の提言どおり、それではじめて円滑に作業が進むし、あるいはそのなかにもものづくりのヒントが隠されていることだってあることを、身をもって経験してきた。ダニエルとのオペラ作りが未完に終わったことはいまだ無念でならない(実は、あわよくばその現場にも「実際的」助監督としてちゃっかり潜りこもうとしていたことはべつとして)が、いま氏の精神の一端なりを継承していたれるとしたら本望だ。

 数年前に映画音楽全集の発表にあわせて対談をするため、そのすべてを聴いた。まさに百花繚乱、ありとあらゆる現在の音楽がそこには詰まっている。なおかつ扉は開かれていて、いつでも武満徹の映画音楽の世界は迎え入れてくれる。あのとき助監督に声をかけてくださったように。そういうやさしさこそ、私にとって武満徹氏の「実際」である。


青山 真治(映画監督)


(サイトウ・キネン・フェスティバル松本 2010年公式プログラムより転載)

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