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2016/06/04 | KAJIMOTO音楽日記

●ネゼ=セガン&フィラデルフィア管6/3公演レポ―― 「美は善」


フィラデルフィア管の音楽監督任期延長(~2025/26年シーズンまで)と、NYのメトロポリタン歌劇場(MET)新音楽監督就任(2020/21年シーズン~)の電撃ニュースが昨夜駆け巡り、一晩明けて今日は、その当のヤニック・ネゼ=セガンによるフィラデルフィア管弦楽団のサントリーホールでの演奏会。

前半のシベリウス「フィンランディア」の16型大編成によるスケール豊かなドラマ溢れる演奏、そして強い集中力をもったソリスト五嶋龍とともに静謐な時間・空間を描き切った武満徹「ノスタルジア」も、両方とてもよかったのですが、後半のブルックナー「第4交響曲・ロマンティック」はそれらをはるかに上回る出来―― 現在のネゼ=セガンとフィラデルフィア管の充実を如実に示すものとなり、客席にいる私は(仕事でいるにも関わらず)、どうにも心打たれてしまいました。



もっとも終演後、色々な声がありました。「ドイツのオーケストラのやるブルックナーと違って随分さっぱりしてるな」「チェリビダッケやヴァントはもっと深々としたブルックナーを指揮したもんだ」等など。
わかります。“精神性”というのでしょうか、確かにそういったものの色濃さ、祈りや鬱屈した悲壮感に貫かれたかつてのブルックナー演奏とはタイプが全然違います。

が。

ここで響いていたのは、とにかく美しい音とイントネーション、なめらかなフレージングで(テンポは概して速め)丁寧に紡がれたブルックナー。「美」と「歌」で築き上げられたブルックナー。

ネゼ=セガンはとても若いころからブルックナーを好み、他の色々なオーケストラで指揮していたことは知っていましたが(録音もいくつかあります)、こうまで身体すみずみまで血肉としていたとは、恥ずかしながら全然知らなかったです。
まず暗譜でしたし。

彼らしくものすごくよく動いてエネルギーを発散するときと、逆に全然動かずじーっと音を聴いているときがあり、この曲の開始の“はるかなる弦のトレモロ”は後者。
いつのまにか精妙な弦楽器群のさざめくトレモロが始まり、女性首席ホルンがこの名門にして当然とはいえ、まったく危なげなくきれいにソロを吹く。
そう、それ以降も印象的なことは2つありました。

まずこのピアニッシモ部分での名手集団によるまったく音程のブレない、従ってハーモニーが濁らない、深い静けさをたたえた弱音。ブルックナー特有の対位法的にからむ音がきれいに聴こえ、くどいくらい(ワーグナーのように)頻繁に起こる転調も局面がくっきりわかる。そしてそれがそのまま大きくふくらんでフォルティッシモになっても、楽器間のこの均衡、バランスはまったく崩れません。このオケ自慢の華やかな金管群も全体に溶け合わすことを知った響かせ方をし、弦楽器だってその力と拮抗がとれています。(これが超一流オーケストラたちに共通する特徴のひとつ。コンセルトヘボウ管でもウィーン・フィルでも)
どんな小さな部分でも、彼らは完全な確信、力強い確信をもって弾くのがありありとわかります。

もう一つは、これは前回の来日時からとても強く思っていたことですが、ネゼ=セガンが“拍”ではなく、“流れ”“呼吸”を主体に指揮をすること。そうして、ただでさえ美しい音のフィラデルフィア管から豊かな「歌」を引き出し、いつしか自在な流れ――恐らく振らなくても自由にのびのび呼吸するフレーズを生み、さらにそこから“ドラマ”を生み出すこと。
(オペラを得意とする指揮者の真骨頂!METにはきっとそこを買われたのだと)

これら2つが一緒になった結果、このブルックナー「第4」の終楽章は凄いことになりました。モニュメンタルなくらい壮麗にそびえ立つ、そして感傷的ではないのに聴き手の胸をうつヒロイックな音楽が出現したのです。現在の、指揮者とオーケストラの長所が手をとった結果がここに!
・・・ここで思い出したのですが、ネゼ=セガン、容姿もタイプも全然違いますが、あの高貴で偉大な、音楽にすべてを捧げた巨匠カルロ・マリア・ジュリーニの弟子だったのですよね。
(ところで蛇足ですが、フィナーレのコーダでの弦の刻み音型に、かつてチェリビダッケがミュンヘン・フィルと、この同じホールで演奏したときにやっていたアクセントを加えていたのが興味深かったです)

もっとも最初のシベリウス「フィンランディア」でもそういうところはありました。途中の勇壮なマーチが終わり、全体がすーっとディミヌエンドしてから出て来る木管のコラールの敬虔な息づかい・・・。

最高の美は大いなる善、ということを感じないではいられませんでした。
たくさんのお客様の胸をうったと思いますし、実際に客席は大変な盛り上がりでした。そして何度も呼び出されるネゼ=セガンは、オーケストラの団員からも大きな祝福を受けていました。
この愛され方!だからこその2025年シーズンまでの任期延長なのでしょう。

***

ところで、帰りがけ、先のブルックナーの話以外にも、お客様の何人かが、「昔のフィラデルフィア管の響きとは何か違うな。メロウって感じがうすかった」と言っていて、それは確かにそうかもしれません。「艶出しワックスをかけたような・・・」からはちょっと変わって、豊かで美しく、分厚い響きはそのままながら、少しさらりとした感触を受けたことも本当です。時代の移り変わりと一緒なのか・・・。しかしオーボエの超ベテラン、ウッドハムズやクラリネットのモラレス、ファゴットのダニエル・マツカワの妙技、ティンパニのドン・リウッツィの地の底まで届きそうな轟音は健在。

この、今夜のブルックナーからすると、6/5(日)のブラームス「第2交響曲」もなかなか聴けない「音」と「歌」が織りなすものとなりそう。そして、それ以上に、明日6/4(土)のリムスキー=コルサコフ「シェエラザード」では、ネゼ=セガンのオペラ指揮者の面が強力に働いて、素晴らしい一遍のドラマになりそうな気がします。(それに、フィラデルフィア管にとっては、なにせ過去6度もレコーディングした十八番中の十八番)


勝手な感想を長々綴ってしまいましたが、どうかご期待いただいて来場くだされば幸いです。


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