1988年よりサンクトペテルブルク・フィルの音楽監督兼首席指揮者として、各国へのツアーやレコーディングを行っている。そのほか、デンマーク放送交響楽団首席客演指揮者、ボリショイ劇場首席客演指揮者、ボルティモア交響楽団名誉指揮者を務めている。
コーカサス地方ナールチク市生まれ。9歳で音楽の勉強を始め、13歳でレニングラード特別音楽学校に入学、ヴァイオリンとヴィオラの勉強を続けた。卒業後レニングラード音楽院に進学し、その後音楽院大学院に再入学、指揮を学び1965年に卒業した。翌年には格式高い全ソビエト指揮者コンクールに優勝、キリル・コンドラシンにモスクワ・フィルの欧米ツアーへ招かれ、伝説的ヴァイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフと共演した。
1967年初頭、サンクトペテルブルク・フィルの前身であるレニングラード・フィルにデビュー、その後エフゲニー・ムラヴィンスキーのもとでレニングラード・フィルのアシスタント・コンダクターを務めた。1968年レニングラード響(現サンクトペテルブルク響)の首席指揮者に就任、1976年キーロフ・オペラ・バレエ劇場(現マリインスキー劇場)の音楽監督に任命されるまでこの地位にあった。この間、コンサートだけでなく、チャイコフスキーのオペラ「スペードの女王」「エフゲニ・オネーギン」を指揮、この2作品はキーロフ・オペラのレパートリーとして定着し今も演奏されている。
アフガン戦争終結による米ソの文化関係が修復された後、米国内で演奏を許された初のロシア人アーティストとなった。同様の栄誉はボルティモア響にも与えられ、1987年、11年ぶりにソ連ツアーを行った初のアメリカのオーケストラとなった。同響はこの時、モスクワとレニングラードで演奏を披露している。テミルカーノフはその後、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、シュターツカペレ・ドレスデン、ロンドン・フィル、ロンドン響、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、ローマ・サンタ・チェチーリア管、ローマ歌劇場管、スカラ・フィルなどと共演を重ねている。
1977年のロイヤル・フィルを指揮してロンドン・デビューした後、同オーケストラの首席客演指揮者に就任、1992年には首席指揮者となり、その任は1998年桂冠指揮者となるまで続いた。1992年から1997年には、ドレスデン・フィル首席客演指揮者、1998年からはデンマーク国立放送響首席客演指揮者を務めている。
アメリカにも定期的に訪れ、ニューヨーク、フィラデルフィア、ボストン、シカゴ、クリーヴランド、サンフランシスコ、ロサンジェルスの主要オーケストラと共演。2000年から2006年には、ボルティモア響の音楽監督を務めた。
サンクトペテルブルク・フィル、ニューヨーク・フィル、デンマーク国立放送響などと多くのレコーディングを行い、ロイヤル・フィルとはストラヴィンスキーのバレエ全集や、チャイコフスキーの交響曲全集のCDをリリースしている。
そのほか、10年以上にわたり、サンクトペテルブルクで毎年クリスマスの時期に“芸術広場音楽祭”(インターナショナル・ウィンター・フェスティバル・アーツ・スクエア)を主催、多くの世界の著名な演奏家たちを招いている。
2003年プーチン大統領によるプレジデント賞受賞をはじめ、これまでにロシアで数多くの賞を受賞。イタリアでは2002年アッビアーティ賞のほか、2003年の「コンダクター・オブ・ザ・イヤー」に選ばれ、近年、サンタ・チェチーリア音楽院の名誉会員となっている。
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